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  作者: K
24/26

黒い沼

爽の意識が、爽にゆっくり戻ってきた。

目の焦点が、徐々にあってくる。

そして、目の前に斧田がいた。

斧田は、爽が、斧田の人生の一部を垣間見たことを知っていた。

「斧田さん、貴方は…死んだんですね。」

目の前にいる斧田は、生霊ではなかった。

「死なない限り、僕に救いはないんだ…。でも、死んでも…」

斧田の両手両足は、底なし沼のような黒いものにからめとられていた。

「僕を助けてください。」

斧田は、必死だった。

「お願いします。」

死霊になった斧田は、爽の目を見て、必死に訴える。

おそらく、こんなにはっきりと、人を見て、自分の言いたいことをはっきり伝えたのは、生まれて初めてだったんじゃないだろうか?

「僕は、もうすぐこの中に引きずり込まれます。この生命を持った殺意に。もし、僕がこの中に取り込まれて、自我を失ったら、多分、この塊は、生きている人達に、必ず憑りつきます。多くの人が、殺されてしまいます。」

「…」

「この中には、江藤医師もいます。志筑くんに執着していた医師です。そして、僕も…」

生きていたときの記憶で、巧に憑りつきでもしたら、巧がどんなことになるかわからない。

斧田の心配する状況を、爽は理解できた。

「お願いします。僕を浄化してください。僕さえいなくなれば、この塊は、居場所をなくします。単体としてばらければ、こんなに大きなエネルギーにはならないはずです。もともと協調できる魂じゃないんです。僕さえいなければ…」

生霊を消すことはできない。

けれども、死霊なら、浄化できる。

斧田には、どういうわけか、そんなことがわかっていたようだ。

斧田の記憶が流れこんだときに、爽にも、斧田の考えがわかった。

その斧田が、いきなり黒い沼に首まで引っ張られる。

「!!」

「早く!」

斧田が、悲鳴をあげる。

黒い沼というのは、斧田のイメージだ。

悪霊に支配された感情の塊を斧田は黒い沼だとイメージしている。

そして、その沼が、斧田を引きずり込もうとしている。

意識を保っている斧田の意図に気づき、爽が浄化する前に、斧田を取り込もうとしていた。

そして、次の瞬間、見えていた頭もその沼に消えた。

家中にラップ音が響き、家の中の電球が、次々に破裂する。

時間がない。

爽は、焦りつつも、意識を集中させた。

斧田の意識を必死で探す。

生から切り離された斧田の意識のエネルギーは、まだかろうじて個のままだった、その意識を保てる時間は、少なかった。

急速に消えようとする斧田の意識を、沼は、同化しようとしている。

爽は、更に、意識を集中させる。

沼の中に、仄かな光を見つける。

それは、暗闇の中の小さな蛍の光のようだった。

爽は、その光を捕まえるイメージを強化する。

そして、そのぼんやりした小さな光を引きずり出す。

ラップ音が更に激しくなり、家の中のものが飛び始めた。

爽に向かって、ものが飛んでくる。

何かが爽に激しくぶつかってきたが、爽は耐えた。

両手で庇いながら、爽は、斧田を捕まえた。

そして、その意識を思い切り引き揚げ、静かに上に送り出した。

何かに委ねるように、爽は、斧田に光があたるようイメージする。

斧田の意識は、闇に溶け込むのではなく、光の方向に静かに霧散していった。

その瞬間に、部屋の中のものが一斉に回りだした。

電化製品が火花を散らす。

爽は動じず、静かに全てのものに光をあてる。

斧田という器を失った悪霊たちは、個々の存在に戻り、あるものは浄化され、あるものは光に脅えて逃げ出した。

これだけの意識を全て浄化させることはできない。

それだけ、斧田の持つ器は大きかった。

爽は、集中できる限りイメージを固める。

斧田と同じ場所に、できるだけ多くの捕まえた魂を上に送り出そうと試みる。

そして、あまりに大きな負荷に、爽は意識を失った。


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