殺意
斧田が江藤に対する殺意を静かに育ませている間、斧田の束縛を離れていた志筑は、復調していた。
その日は、遅刻しそうになり、体調が悪くなってから、ずっと控えていたバイクで通勤してきていた。
バイクで走るのが好きなんだと平に笑って言う志筑の笑顔は、華やかだった。
早番で先に帰る志筑のその笑顔を、斧田は久しぶりに見てしまった。
斧田の中で、志筑に対する執着が、その笑顔で一瞬ぶり返した。
志筑を見たいという気持ちが、急速に膨れ上がった。
見たい、見たい、見たい。
斧田は、自分の欲求に当惑した。
元々、感情的になる自分ではない。
けれども、志筑を見たいと言う気持ちは、いったん感じはじめると、どんどん膨れ上がってくる。
ただ、見たいだけだ。
斧田は、耐えきれなくなって志筑をのぞいた。
その瞬間、斧田は総毛だった。
斧田の意識と一緒に、何か得体のしれないものが、流れ出すのを感じたのだ。
何が?
思うのと、志筑の姿をとらえるのが一緒だった。
同時に、志筑の車体がぐらりとゆらいだ。
めまいだ、斧田はハッとする。
その瞬間は、斧田にとって、スローモーションのようにゆっくり感じた。
対向車が、志筑のバイクめがけて突っ込んでくる。
ドライバーの意識はない。
まっすぐ突っ込んでくる車に気が付いた志筑は、ゆらぎかけたバイクをたてなおし、すぐさまブレーキをかけて、ハンドルを大きく切る。
しかし、突っ込む車は逃げる志筑のバイクの後輪をひっかける。
バイクごと激しく倒れる志筑。
斧田は、ハッと顔をあげた。
ここは薬局だった。
斧田の本体は薬局にある。
けれども、自分は見た。
志筑が事故にあった。
斧田は、肩が震えた。
僕のせいかもしれない。
斧田が、志筑を見たいという欲求が抑えきれず、志筑をフォーカスしたとき、一緒に流れこんできたものには意志があった。
そもそも、斧田に激しい欲求などなかったのだ。
斧田の背後にいた悪霊は、バラバラの状態で、ただそこにいるだけだった。
しかし、勝にシンクロしてしまったせいで、そのバラバラの意識が、急速に一つの意識に固まりつつあった。
それは殺意だった。
斧田の背後に大きな力を持って存在する意識は、殺意という確実な目的を持った集団になりつつあったのだ。
それが、斧田の意識と一緒に流れてきた。
斧田は、志筑を恨んでなどいない。
けれども、彼と一緒に流れた意識は、志筑をフォーカスしたとたん、形を持った。
僕の意思を無視して…
斧田は、震えた。
自分の背後のものは、志筑を殺そうとしたのだ。
車線をはみだした対向車は、一直線に志筑に向かっていた。
ドライバーの意識はなかった。
ドライバーを操っていたのは、斧田の背後にいた殺意だった。
まだ、完璧じゃない。
だから、後輪をひっかけただけですんだ。事故にあいたくないという志筑の意識と行動の方が強かった。
けれども、怪我はしたはずだ。
自分のせいで、志筑は事故にあった。
斧田は、その自覚があった。
平と白川が志筑の事故を聞き、様子を見に行くと言う。
斧田は、胸が騒いだ。
つい、白川と目を合わしてしまった。
人と目など合わせることがほとんどない斧田に、正面から見据えられて、白川は、面食らったようだ。
まさか、行く気はないだろうと、たかをくくって、つい声をかけてしまったらしい。
斧田が行く気になっているのを知って、声をかけた当の白川が当惑していた。
平に話すと、平も驚いていたが、江藤の担当が変わったという経緯もあるからと、勝手に解釈してくれた。
まさか、誰も、志筑の事故に斧田が関与しているなんて思わない。
3人で、とりあえず、駆けつけた。
思ったより、志筑は元気だった。
斧田はほっとした。
思わず笑みの出た斧田の顔を、じっと見ている男が病室にいた。
最初に挨拶をした、志筑の弟だった。
穏やかな雰囲気の青年で、人を見る目も優しい。
志筑が平や白川と話している間、ちょっと離れた窓辺から、面白そうにみんなを見ていた。
志筑と同じパーツを持つこの弟を斧田は知っていた。
志筑について、マンションをのぞいた時、彼は、その部屋にいた。
穏やかで温かい光のようなオーラを持つ男。
自分とは真逆の明るい力を持つ男。
斧田は、目を伏せていても、その弟がどこにいるのかわかる。
それくらい、異質な力を彼から感じた。
その弟の視線を感じる。
彼は、マンションでも、自分を見ていたような気がする。
志筑ではなく、自分を。
斧田が彼を観たように、彼も斧田を見ていたのだろうか?
彼には特殊な力がある。
斧田を感知している。
それは、何となくわかる。
彼なら、自分のことを、わかってくれるかもしれない。
斧田は、何故か、そう思った。




