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  作者: K
19/26

離脱

そして、斧田は、江藤のいじめから解放された。

江藤が電話をかけてくると、志筑は、大きくため息をつきながら、病院に向かい、帰ってくるなり、わめきながら、平の部屋に駆け込んでくる。

「唇さわられた!!」

「胸をなでやがった!!」

そのたびに、平と白川が、まあまあとなだめる。

静かに耐えてる斧田に降りかかった不幸を見て見ぬふりをすることに比べて、上司としての平も、同僚としての白川も、あけすけに怒りをぶつける志筑への対応の方が、ずっと気持ちが楽だったようだ。

巧のことを、あれだけうざがっていた白川が、志筑が江藤の担当になって、飲みに行った日から、彼の親友になった。

真面目なだけが取り柄の平も、笑うことが多くなった。

斧田は、驚いていた。

自分で、環境を変えることは、とうにあきらめていた。

期待しても、無駄だと思っていた。

それが、思いがけない成り行きで、地獄から解放された。

そして、人から肩を抱かれたその感触が今も残っている。

あんな至近距離で囁かれたあの声が、顔が、いつまでも斧田の脳裏から離れない。

「俺達二人で完全犯罪の計画たててあいつをぶっ殺しましょうよ。」

と言った、志筑の言葉が、何度も何度も頭の中でリフレインしていた。

斧田は、知らず知らず、志筑の動向を気にするようになっていた。

目を向けて見ているわけじゃない。

下を向いていても、資料を見ていても、耳で、感じで、彼の声を、彼の動きを追うようになっていた。

それは、何故なのか、斧田にはわからなかった。

肩を抱かれ、顔を覗き込まれてびっくりした。

二重のくっきりした綺麗な瞳をまともに見た。

その美しさに、怒りをあけすけに表現する素直さに、怒るのが当然だと感じている自己評価に、そして、彼の愛され体質に、斧田は、静かに魅せられていた。

嫉妬や羨望を感じていいところだ。

しかし、斧田には、その感じがわからない。

小さい頃から、自分を守るため、自分の感情をとことん殺してきた。

そのため、自分が今、本当は何を感じ、何を求めているのか、自分で自分がわからなくなっていた。

自分が、何故、ここまで志筑が気になるのか、わからないままに、背後で動く志筑の動きに、全神経を集中する。

ところが、そうするうちに、おかしなことに気が付いた。

斧田が、意識を集中すると、見るともなしに、視界に入ってくる志筑が、

頭を振ったり、眉をしかめたり、難しそうな顔をする。

「どうした?」

と白川に聞かれると、

「何か、くらくらする。」

と頭を押さえる。

斧田が、意識を切ると

「治った。」

とケロッとする。

もしかして、自分が意識を向けると、相手に影響を与えるのか?

現実には、斧田は、相変わらず、影のように生きている。

誰にも、注目されることなく、誰からも好かれることなく、誰に何の影響を与えることもなく。

それが、自分が意識を向けることで、何かが起こっている。

どうしてだか、斧田は、あの志筑に影響を与えている自分にわくわくした。

志筑にとっては、迷惑きわまりない状態であると思うものの、見えない世界で、自分の発信する何かが、人に何かを与えているという事実に、斧田は、胸が高鳴った。

何がおこっているのかはわからない。

斧田は、更に意識を集中してみた。

すると、おぼろげながら、志筑の周りの景色が見えてくる。

デスクにいる自分が、デスクの机の上のペンや資料を見ながら、志筑が患者に説明している薬が、薬剤情報が、見えている。

目を開けながら、夢をみているようだった。

患者がいなくなると、志筑は、ぐったりしたように、デスクに戻ってくる。

「体調悪いのか?」

平が心配して、声をかける。

「病院に行って、江藤に診てもらえ。」

白川が笑いながら言うと、

「死んでも嫌だ。」

と、志筑は白川を睨み付ける。

斧田は、自分の意識がどんどん集中力を保ちはじめていることに気が付いた。

自分が、集中したいと思うだけ、集中できる。

自宅に帰る志筑を集中すると、その帰路がわかる。

彼の家まで、一緒に帰ることができるのだ。

斧田は、夢中になった。

一方の志筑は、体調が思わしくないと、白川との食事も断って、自宅のマンションに、一人で帰る。

夢なのか、幻なのかと思いつつも、そのリアルさに、斧田は、見ているものが現実だと確信しつつあった。

志筑は、自宅にもどると、薬局から購入した頭痛薬を飲み、ソファに倒れこんだ。

食欲も落ちていた。

けれども、斧田はやめられない。

めまいや頭痛に苦しんでいるらしい志筑を気遣う余裕がなかったのだ。

志筑と一緒に志筑の時間を共有できているという実感が、麻薬のように斧田を虜にしていた。

「風邪でもひいた?」

彼には、一緒に暮らしている大学生の弟がいた。

買ってきた惣菜に手をつけない志筑を弟が心配してる。

「そうかもな。」

志筑は、惣菜をそのままにして、だるそうに、自分の部屋に戻ろうとした。

志筑の弟は、残された惣菜を片づけながら、志筑の背中を心配そうに見つめている。

けれども、その目は、志筑じゃなくて、斧田を見ているような気がした。

志筑の弟からは、普通の人間とは違う、何か特殊なものを感じていた。



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