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  作者: K
16/26

失踪

あれから、巧の背後に斧田の姿は見えない。

爽は、少し安心していた。

もしかしたら、斧田の身に、何か、好転するようなことがあったのかもしれない。

斧田自身が、何か、気づいてくれたのかもしれない。

このまま、何事もなく過ぎていくなら、それが一番いい。

そして、巧の退院する日が、明後日に決まった。

「パラダイスもおしまいか。」

そう言いながらも、いい加減、退屈していたらしい巧は嬉しそうだった。

母の麻由美は、あれきり来ていない。

「退院のときは、どうする?」

巧は、チラリと爽を見る。

麻由美が来るなら、爽は、バイトを口実に、遠慮するつもりだった。

「お前に頼むわ。」

巧は、あっさり爽を指名する。

あごをしゃくる先には、お見舞いの花やらお菓子、白川が持ってきた嫌がらせのぬいぐるみなどが出窓に並んでいる。

「荷物持ち?」

「俺は松葉杖だからな。」

荷物は持てないと口をとがらす巧に、爽への気遣いを感じた。そして、

「いいかげん、テレビも飽きてきた。」

リモコンをぽんと投げ出しながら、巧は、何か言いたげに爽を見た。

「?」

巧は、少し溜息をついて、面倒臭そうに口を開いた。

「ほおっておけと言ったのは俺だけどさ、斧田さんの生霊って、まだ、俺の近くにまとわりつんてんの?」

危機感がある感じではない。

「それが…」

爽と喫茶店で、実際に会った日が、最後だった。

「体調は?」

「すこぶる快調。」

「いないよ。僕と会った時から、斧田さんの姿は全然見えないよ。」

「ふうん。」

巧は、少し考える。

「どうして?」

「斧田さんが、3日前から無断欠勤してるんだと。」

「無断欠勤?」

「人と交わることはなかったけど、遅刻や欠勤をする人じゃなかったからな。」

「平さんは、何て?」

「今日、白川に、マンションを訪ねさせたらしいけど、留守だったって。大家さんに鍵を開けてもらったけど、いなかったらしい。お前がくるちょっと前まで、斧田さんの家に行った帰りに、白川がここに寄ってきたんだ。」

「…」

何だか、胸騒ぎがした。

「兄貴。」

「ん?」

「もし、斧田さんと接触することがあったら、実物でもいいし、その…」

「生霊?俺には見えないぞ。」

巧が、面白そうに笑う。

「わかってる。眩暈とか頭痛とか、体調が悪かったって言ってたろ? そういう感じになった時でもいい。僕に連絡してくれないか?」

「別にいいけど。どうするつもりだ?」

「心配なんだ。彼は、本当に特殊な人間なんだ。そして、可哀想な人だ。」

巧は呆れたように、大きな息をついた。

「もし、彼自身が来たら、僕が来るまで引き留めて。そして、生霊が来たなら、僕に知らせて。」

「知らせてどうなる?」

「もしかしたら、会話ができるかもしれない。」

巧は口笛を鳴らした。

「生霊とコミニュケーション?」

爽は、首を振った。

「したことないけど…、できる気がする。」

「何でもありだな。」

笑い出す巧だったが、その目は少し心配そうだった。


そして、その夜、巧から電話があった。

「兄貴?」

「それが…」

巧が、めずらしく口ごもる。

「さっき、久々にひどい頭痛がして…」

「斧田さん?」

爽は、慌てた。

「今から行く。」

爽は、財布を取り、上着を羽織った。

「待て。」

巧の制止が聞こえた時に、爽は、目の前に斧田の姿を見た。

「斧田さん?」

白衣は来ていない。

やつれて、力のない目をしている。

思わず、下ろした携帯から、巧の声が聞こえたが、

「あとからかける。」

と言って、爽は巧との電話を一方的に切った。

斧田は、爽の前にいた。

巧に憑りついていた時とは、何かが違う。

生霊じゃない?

「斧田さん?」

もう一度、声をかけてみる。

斧田は、ゆっくり顔をあげた・

その顔は青白く、目にはクマでき、憔悴しきった顔は、いつにも増して醜悪だった。

「助けてください。」

斧田は、爽に向かって、囁くような声で言った。

「僕に?」

斧田は、悲しそうな目をして、爽を見た。

「あなたなら、僕を救える。」

「救えるって、貴方はもう…。一体、何があったんです?」

斧田は、自嘲気味に笑い、そして、

「あなたなら、見えるはずだ。」

と言った。


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