自殺
翌日、江藤医師の自殺の詳細が明らかになった。
丁度、巧の着替えを持ってきたときに、喪服姿の白川が、病室にたち寄ったのだ。
「病院に喪服なんて、縁起が悪いだろ」
文句を言う巧をスルーして、白川は、爽に軽く手をあげて挨拶し、ベッドの下から椅子を引っ張り出して、巧の前にどっかと座った。
「江藤の通夜に行ってきた。」
そして、電話で約束していた詳細を語りはじめた。
江藤は、若くして結婚したが、妻とは一年で離婚している。
子どもは男の子が一人いたが、江藤は、息子を手放さなかった。
子どもが幼い頃は、江藤の両親も健在で、息子は優等生のボンボンとして育つ。
しかし、その両親も相次いで他界し、大学入試を4度失敗した自慢の息子が、ニート状態になった。
江藤は、毎日、息子を罵っていたらしい。
ついに息子が切れて、家庭内で暴れだしたのが今月の初め。
江藤は、たまりかねて、息子を殺し、自らも自宅の屋上から飛び降りて自殺したのだ。
彼の自宅は、悲惨な状態であったという。
「相変わらずの情報網だな。真由ちゃん経由?」
「おう。ナースはやたら情報通だからね。」
どうやら、白川は、江藤の病院のナースと付き合っているらしい。
普通なら知りえないプライベートもナースの恰好の噂のネタになっているようだ。
「ただ…」
と白川の話は続く。
「自殺の線ってのは、流れ的に不自然じゃないんだけど、どうやら、背中から落ちてるらしんだよね。」
白川は、腕組みしながら首を傾げる。
「背中?」
「自殺する奴って、まあ、頭からなんだけど、前向きに飛んで落ちるのが、普通じゃね?。最後の最後で、怖かったのかもしれないけど、後ろ向きだったらしいんだよね。それと、声を聞いた奴がいる。」
「声?」
「叫び声のようなものを聞いた奴が近所に何人かいてさ。自殺するときに叫ぶ奴っているのかな?」
「気合?」
「さあ。」
「な、もんで、一応って言いながら、刑事がうちにも来たぞ。それでさ」
と白川が含み笑いする。
「お前、一番最初に江藤のところに行かされて帰ってきたとき、江藤のこと、ぶっ殺すって、薬局で、騒いだろ? それを、聞いてた患者さんが、多分チクったんだぜ。」
「え?」
「薬剤師の志筑さんはいますか? って名指しだったぞ。」
「俺が容疑者?」
兄貴は、何か楽しそうに笑ってる。
「ぶっ殺すと言っていたのを聞いた人がいるってさ。平さんが、足骨折して入院してるって説明聞いて、納得してたけど、ここにも来るかもしれないな。」
「わお、事情聴取か、一回されてみたかった。」
楽しそうな兄貴を睨んで、爽は、白川に聞いてみる。
「他の人は、事情聴取されなかったのですか?」
「いや、ひと通り、みんなから。」
「斧田さんも?」
「斧田さん?」
白川は、不思議そうに爽を見る。
そして、巧を見て、思い出すように言った。
「そういや、斧田さんにも、殺人動機はあるな。こいつが担当になる前は、ターゲットだったから。」
でも、と、白川は、僕に、安心するように言った。
「多分、自殺で片はつくと思うよ。」