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  作者: K
13/26

尾行

爽は、斧田さんに会ってみることにした。

巧に対する気持ちがどういう感情なのか、まずそれを確かめるべきだと思った。

会って、何も変えることができなければ、復帰した巧の立場が困ることになるかもしれないが、巧をこれ以上傷つけられるよりましだと思った。

何もせずに、指をくわえているだけなんて、爽にはできなかった。

焦燥感にかられて、爽は、バイトを休み、巧の就職先の薬局のそばにある喫茶店で、斧田の帰りを待ってみた。

通常勤務のほか、夜勤が月に数度入るシフトがあると、巧からは聞いていたが、幸い、今日の斧田は通常勤務であったらしい。

薬局の裏口から出て、バスの停留所に向かう斧田のあとを、爽はつけた。

バスがすぐにやってきたので、慌てて、爽もそのバスに乗り込む。

斧田は、1人座席で疲れたように窓ガラスにもたれ、目を閉じていた。

彼の周りは、何故か暗い。

その暗い空間に、爽は、意識を集中させてみる。

反対色を見るときのような感じで、一度見え始めると、今度は、現実世界では見えないものが、よりクリアに見えてくる。

斧田の周りの黒いものは、斧田自身を覆いつくしている。

まるで黒いオーラをまとっているようだ。

それは、彼に近づくものに、無意識の嫌悪感と危機感を感じさせているらしい。

空いているとはいえないバスの中で、彼の周りだけは、人がいなかった。

ぽっかりと、空間があいていた。

彼の思いに関わらず、彼に憑りつくものたちは、大量で、悪意を放っている。

無意識の嫌悪感は、彼自身によるものではない。

けれども、人の第六感は、彼に近づく危険を察知しているらしい。


斧田の自宅は、それほど遠くはなかったようだ。

20分ほどで、バスを降り、爽もあわてて、それに続いた。

けれども、そのあと、作戦があるわけではなかった。

これから、どうしたら?

若干の焦燥感にかられて、声をかけるタイミングをはかっていると、唐突に斧田が振り返った。

突然のことに、準備のできてなかった爽は、内心慌てる。

「あ、あの…」

斧田は、爽を覚えていた。

「貴方は、志筑くんの…」

「お、弟です。志筑爽です。」

斧田は、すぐに目を伏せた。

「貴方のことは、わかります。」

「?」

爽は、とっさに、目のはしに捕えた、あまり人の入りそうにない古い喫茶店を見つけて、斧田を誘ってみる。

「兄貴について、聞きたいことがあるんですけど、お時間、ありますか?」

「?」

斧田は、驚いて爽を見つめ、すぐ目をそらして、そして、多分笑った。

「僕と喫茶店に?」

「お時間があるなら…」

爽は、答えない斧田を、半ば強引に、その喫茶店に連れて行く。

連れて行きながら、爽は、脳内で、質問をシュミレーションする。

斧田の分と自分の珈琲を注文し、爽は、改めて、斧田を前にした。

斧田は、目をあわせない。

「実は、僕達、兄弟は、地元から離れて、二人で暮らしているんですが、最近、兄貴の体調が悪いんです。母に知らせると、職場で何かあるんじゃないかって、すごく心配してしまって…。兄は、家では、ほとんど仕事のことを話さないんで、もし、機会があれば、誰かに様子を聞いた方がいいと思ってたとこに、斧田さんを見かけたんで、つい、ついてきてしまいました。すみません。なかなか、声をかけそびれてしまって…」

立て板に水のようなセリフ。あからさますぎる口実だった。

「兄は、仕事をちゃんとしているんでしょうか?」

斧田は、爽の早口言葉のようなセリフを聞いていたのか、いないのか、納得したのか、してないのか、巧が言ったように、聞きとりにくい声で

「やってます。」

と一言だけ言った。

沈黙。

気を取り直して、もう一度聞く。

「最近の兄に何か変わったことはなかったですか?」

向かい合わせの僕とは目を合わせないままで、彼は答える。

「別に。」

「…。」

会話は続かない。

「あんな兄だ、本人の自覚なしに、迷惑をかけているかもしれません。何か、しでかしませんでしたか?」

斧田は、少し顔をあげて、僕と目があうと、あわてて伏せた。

「ちゃんと仕事はしています。」

少し驚いた。

これは褒めているのか?

これが、斧田の本気なのか、演技なのか、さっぱりわからない。

「生意気なんで、よく反感を持たれるんですよ。斧田さんは兄のこと、嫌いじゃないですか?」

斧田は、驚いたように、顔をあげた。

「志筑君を嫌う人なんて、いませんよ。」

「え?」

爽は、彼の言葉を反芻する。

巧を恨んでいるわけではなさそうだった。

演技ができるほど器用でもない。

けれども、あまりに感情表現が下手くそで、あまりに対人関係が下手くそで、彼が何を考えているのかがわからない。

「兄のこと、どう思っていますか?」

単刀直入だったが、彼には、ストレートに伝えないと、言葉が伝わらないような気がした。

「明るい…。」

「明るい?」

「志筑君が入社してきて、薬局が明るくなったって、平さんが、喜んでました。」

「斧田さんに、迷惑はかけてませんか?」

「…」

斧田は、口を歪めた。

多分、笑ってる。

笑い顔が、親近感を感じさせるどころか、嫌悪感を感じさせる。

彼の特異な雰囲気に、爽は、同情した。

「志筑君は、大丈夫です。」

「?」

どういう意味だかはかりかねた。

「心配してくれる弟さんがいて、いいですね。」

「たった一人の兄弟なんで…」

「僕は、羨ましいです。」

そう言うと、斧田は、また黙った。

沈黙の時間が大半を占める喫茶店での話は、斧田が巧に対して、恨みや憎しみを抱いているわけじゃないということを確認しただけだった。

別れ際に彼は

「こんな感じで喫茶店に入るのは、はじめてでした。」

と、目を伏せたまま爽に言った。

「え?」

聞き返そうとする爽を見ることもなく、彼はそのまま踵を返し、自分の家に向かって帰っていった。

「貴方のことはわかります」と言った斧田の言葉だけが、耳に残った。



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