表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: K
12/26

説得

勇気を振り絞って、爽は、巧に話をした。

けれども、話の全てを聞き終わったあと、巧は呆れたように言った。

「それで?」

「え?」

「それで、俺は、どうしたらいいんだ?」

「話し合いだよ。」

「斧田さんと?」

「そう。」

「斧田さんの生霊が、俺に悪さをするから、あちこち行かないよう、自己管理してくれって?」

「そんなこと言っても、通じないよ。ほとんどの人は、生霊をとばしてることすら気が付かないんだから。」

そう言いながら、爽は、マンションで、彼の姿を見た時に、確かに目があったことを思い出した。

「霊能力者なんだろ?」

「限りなく受け身のだ。」

巧は、わけがわからないというように、首を振る。

「受け身って、何?」

「自分で、コントロールできるような能力じゃないんだよ。憑依される受け皿が、信じられないほど大きいから、霊がいくらでも入ってくる。けれども、それだけなんだ。限りなく憑依されまくるだけなんだ。そして、そのほとんどが、人にとっての悪霊だ。」

「除霊は?」

「無理だよ。彼にも不可能だし、僕にもできるとは思えない。彼が生きてる以上、その器がしぼむことはないから、とにかくすごい量の悪霊を常に身に着けている状態なんだ。」

「霊能力者って、種類豊富なのな。」

巧は、他人事のように、感心した。

「どこかで、正式に修行して、コントロールできるようになれば、斧田さんの人生も変わるかもしれないけど、あの量の霊を何とかできる師匠のような人材が、いるのかどうか?」

「ほお。高野山とか?」

「彼が、本気で望むなら、僕も、斧田さんの為の道を探してみるけど、まずは、兄貴への執着を何とかしてもらわないと。」

巧は、小首を傾げて、少し考える。

爽は、斧田の力がわかっている。わからない巧にどれだけ伝えられるかわからない。

わからなくても、伝えなければならないと思っていた。

「斧田さんが、どれだけのことを自覚してるかわからないけど、こんな事故が続く可能性だってあるんだ。斧田さん自身は、自覚してないかもしれないけど、彼のコントロールできない潜在的なパワーは、ほんとに凄いんだ。」

「なるほどね。」

「こんな大きなブラックホールみたいな受け皿は、僕も初めて見た。近づくのが怖いくらいだ。」

「斧田さんに、とり殺されるってのも、恰好悪いよな。」

呑気な口調の巧は、本気にしていないようにも見えた。

「兄貴、僕は、本当に心配してるんだよ。」

「わかってる。」

と言いつつ、巧は、天井を見上げる。

「俺が、斧田さんと話し合って、斧田さんが、俺に何を求めているのか、どんな気持ちを持っているのかを聞き出し、俺への怒りだか、何だかを解放してもらうよう説得する?」

「そうだよ。」

「無理。」

きっぱりと即答する巧に、爽はあわてる。

「俺には、斧田さんが理解できない。奴が俺を憎んでいるとしても、俺には心当たりはないし、こうなるに至った心理を、俺が理解できるとは、100%思えない。」

「そうかもしれないけど…。」

「理解できない奴を、説得なんかできるか?」

「でも、それしか方法が…」

巧は、身体をゆっくりベッドに沈めて、毛布を引っ張り悪戯っぽく笑った。

「もし、それが俺に対する嫉妬だったら、俺にはどうしようもできない。整形を強く勧めるしかないだろ?」

「え?」

「それより、俺は、美咲と別れた傷心の自分自身を何とかする。お前に言わせれば、それが、つけ入られるきっかけなんだろ?」

「それはそうだけど…。」

「新しい恋を見つける。それが手っ取り早い。」

確かに、生霊になるくらいの強い気持ちを、話し合いくらいで、解決できるかどうかは疑問だ。

それより、激しく嫉妬されたり、一方的に恋されたり、巧の容姿ならば、ありがちなんてものじゃない。

爽は、気が付かなかったが、そんな感情にさらされるのは、日常茶飯事だったのかもしれない。

そして、そんな感情は、説得しようと思ってもできないものであることを、巧は、悟っているのかもしれない。

誰からも、羨ましがられる容姿を持つが故、達観してしまったものもあるのかもしれないと、爽は、巧の態度を見て思う。

「なあ、俺、結構、あちこち痛いんだ。もう寝たいんだよ。」

そう言って、巧は目を閉じる。

「実体のないものに振り回されるなんて、俺のプライドが許さねー。もう気にするな。」

「兄貴…」

巧は、決して、爽の言葉を軽視しているわけじゃない。

爽の言葉を、信じてくれているのはわかる。

自分には見えないのに、斧田が、巧に生霊として憑いていたことも、その斧田が、初めて見るタイプの、強い霊能力者であることも、爽にしかわからないことを、証明もできないことを、巧は、まま受け止めてくれている。

それが、爽にはたまらなかった。

誰に話しても、わかってもらえないと思っていた世界のことだ。

それを、条件なく受け止め、信じてくれているのが、この目の前で、強い思いに殺されかけたかもしれないのに、平気で寝ようとしている兄なのだ。

これが兄貴だ。

これが、母親にすら怖がられてる爽と、躊躇なく一緒に暮らせる兄なのだ。

このままでいいわけがない。

わかっているのに、何もできないなんてことがあるわけない。

何とかするんだ。

爽は、再び決意した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ