受け皿
生霊は、生きている人間がエネルギーの元になる。
そのため、その人間が生きている限り、形づくのを止めることはできない。
執着の元を知り、憑依されているものとしているものの間のわだかまりをなくすため、直接話し合うなどの処置が、効果のある場合もある。
そうネットに書いてあった。
「斧田さんって…」
巧に訊いてみる。
「ん?」
巧の様子から、巧の方には、斧田さんに対するわだかまりは一切なさそうだった。
わだかまりどころか、興味すら持ってないように見える。
「平さんに、あまり好かれてないようだね。」
平の斧田に対する態度は、巧に対する態度とは、真逆に見えた。
巧のことは、可愛くてたまらない感じなんだろうなと、はたから見ても思うが、斧田に対しては、むしろ冷たい印象すら受けた。
「ああ。あんなタイプだからな。」
興味なさげに、巧は言う。
「平さんが、入れたくて入れた人じゃなくて、コネで、断れなかっただけだから、文句も言えないし、やめさせることもできないからな。鬱陶しいんじゃないか?」
何で、斧田さんの話? とその目が言っている。
「あんなタイプって?」
「見りゃわかるだろ? まともな会話もできないし、声も聞き取りにくいし、何か暗いだろ?」
「うん…。」
「何か、全人類に嫌われてる感じだぞ、あのひとは。人とからむ仕事はやめた方がいいと思うね。」
嫌な印象は、爽だけじゃなかった。
そう、たいていの人間は、彼に好意を持てないだろう。
「兄貴は、嫌いじゃないの?」
「俺?」
巧は、少し首を傾げる。
「さあ、好きか嫌いかと聞かれれば嫌いだが、野郎は基本、どうでもいいからな。」
嫌いというほどもない無関心が正直な気持ちなんだろう。
「あの人のこと、傷つけたことない?」
「は?」
巧が不思議そうに爽を見る。
「何言ってるんだ?」
「斧田さんの好きな女の子と仲良くしてるとか?」
ありがちな推理をすると、
「可能性は、なくはないけど…」
と苦笑する。
「でも、あの人が女とつきあうなんて、無理だと思うぞ。」
それについては、巧と同感だった。
多分、人と目を合わせることが苦手なのだ。
この病室にいても、ほとんどうつむいているように視線は、床に落としたままだった。
背が高いくせに、猫背で、わざわざ顔をあげずに、時々、太い眉の下から、上目づかいに巧を見ていた。
この上目づかいが、性格の卑屈さをあらわしているようで、無性にイライラさせる。
接客に向かないのは一目瞭然、暗い印象の上に、感情表現が乏しく、何を考えているかわからない。
事故だときいてかけつけてきてくれた平や白川が、兄貴の元気さにホッとした顔をしたときも、斧田の顔は無表情だった。
いや、ちょっと笑ったか?
巧の姿を見て、笑ったような気もした。
ただ、その顔は醜悪で、笑顔には見えない。
どんな感情で笑ったのかは、爽にもわからない。
そのあとは、固まったように表情がなかった。
何で来たのかとは、誰もが思ったはずだ。
ただ、わかったことがある。
爽だからこそわかったことだ。
何故わかるのか、どうしてここまでわかるのか、それは爽にもわからない。
ただ、わかる。
斧田は、霊能力者だ。
それも、憑依体質の霊能力者だ。
彼が、人に嫌な印象を与えるのは、彼自身の持つ卑屈さに加えて、彼が、簡単に憑依されるタイプの人間だからだ。
憑依されても自分を保てるタイプならいいが、彼は、おそらく影響をまるかぶりするタイプだ。
そして、祓うことはできない。
病院に通う患者の中には、連れてくる者もいるかもしれない。
それをあっさり憑かせてしまうタイプの人間なのだ。
彼の暗さや、イメージの悪さは、そういう背後のものによるものが多いような気がする。
そして、それは、身体的にも影響を与えているだろう。
誰にも理解されない痛みや苦しみを、彼は無表情に抑え込んでいる。
めまいや吐き気、頭痛や肩こり、そういったものを常に感じているはずだ。
彼の能力は、受け身ながら、半端なく、おそらく、そこらへんの霊能力者では、救うことができないだろう。
祓っても祓っても、彼の持つ先天的な受け皿があまりに大きすぎて、彼の苦しみを全て取り除くことは、かなり難しいはずだ。
それが、わかったとして、爽も、どうしていいのかわからない。
斧田が巧をどうしたいのかわからないが、この事故が彼の影響による可能性は高い。
意識的に生霊になっている可能性は少ないと思うが、一般の人より、念の力にはかなりのものがあるはずだ。
本人が気づいていなくても、彼のポテンシャルと彼に憑依しているものたちの力は、現実に影響を与える力を持っている。
相手は、無意識にしろ、現実を創ることができる力を持っているのだ。
「大事な話がある。」
爽は、思い切って巧に切り出した。