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  作者: K
10/26

事故

だが、事態は、急展開を迎えた。

巧が交通事故で入院したのだ。

爽は、バイト中、携帯をロッカーにおいていたので、気づくのが遅かった。

連絡に気づき、あわてて駆けつけると、手術を終え、頭に包帯を巻き、足をつった巧が、ベッドの上で、看護師と楽しげに話をしていた。

可愛い顔立ちの看護師は、爽の姿を見つけると、少し顔を赤らめて、仕事に戻っていった。


「兄貴」

呆れる爽に、

「担当ナースが可愛くて良かった。」

と巧はにやりと笑う。

「心配したぞ。事故なんて」

対向車の居眠り運転で、車線をはみ出してきた車に、巧のバイクがよけきれなかったのだ。

生霊の仕業かもしれないと、爽は唇をかんだ。

足を骨折して、一か月の入院だという。

「何か、クラッとした一瞬のスキをつかれた。」

「何言ってんだよ?!下手したら死んでたんだぞ。」

「100パーセント、俺は悪くないけどな。」

巧には過失はないから、相手の保険で、事故による支払いはまかなわれる。

母が、社会人の兄貴にもかけている保険で、個室に入れ、いくらかのキャッシュバックもあるらしい。

「これで、仕事もしばらく行かなくていいし、こづかいも入るし、可愛いナースはいるし、最高じゃね?」

これは、生霊の仕業による不運なのか?

あまりに楽しそうな巧に、爽は首を傾げるが、そのクラっとしためまいが気になる。


「母さんは?」

出窓に花が飾ってある。

飲み物とタオルと雑誌が、巧の手の届くところに置いてある。

母さんが、来たのだと気が付き、爽が聞くと、

「さっき来て、バタバタして、帰った。」

と、雑誌をパラパラめくりながら言った。

「もう帰った?」

「…」

巧が、チラリと爽を見る。

爽に会わずに帰ったことを、気にすると思ったのか、

「俺が帰れって言ったんだ。完全看護だから、人はいらねーんだと。」

と、他人事のように言う。

巧が、爽に気をつかっているのだと気づいた。

忙しいと言っても、大事な息子の入院だ。

爽と出会うのが怖くて、早く帰ったとしか思えない。

「何か、パジャマとか下着とかあるみたいだけど、多分、お前の好きなもんも入っているって言ってたから、持って帰れよ。」

そう言って、巧は、ロッカーの前にある紙袋に向かって、あごをしゃくった。

「…」

そこへ、巧の上司と同僚が、やってきた。


「びっくりしたぞ。」

連絡を受けて駆けつけたのは、巧の職場の薬局のオーナーである平と同僚の薬剤師二人だった。

「ご心配かけました。すみません。」

悪ガキのような巧が、素直に謝って、頭を下げている。

平は、心からホッとしたようだった。

巧を大事にしてくれているのがわかる。

「一ヶ月も入院? 長いな。」

と言ったのは、巧と同じような空気を持つ白川という名の薬剤師。

彼とは、シフトが一緒のときは、ほとんど飲みにいっているらしい。

小突きあう様子から、仲の良さが見て取れる。

「早く、かえって来いよ。今日は、俺が江藤のお守りしたんだぞ。」

白川が情けなさそうな顔で言うと、巧は声をたてて笑った。

「ざまーみろ。」

「早く戻って来いよ。江藤が待ってるぞ。」

「あいつは、いつか俺が殺す。」

「おいおい。」

平が苦笑する。

「俺の事故、江藤は知ってるんですか?」

巧が聞くと、平は、気の毒げに、巧を見下ろした。

「お前がいないなら、明日でもいいというから、言わないわけにはいかなかった。悪いな。」

「ここの病院の名前、言わないでくださいよ。」

「いつまでも知らないとは言えないぞ。ドクターには逆らえんからな。」


そこで、巧は、気が付いたように、さっきから一言も話していない、もう一人の薬剤師に声をかけた。

「斧田さんも、来てくれたんですね。ありがとうございます。」

心がこもっていないのは、爽ならわかるが、営業スマイルは極上だ。

巧に、爽やかな笑顔を見せられて、斧田さんと呼ばれた薬剤師は、

「いや、別に」

と口ごもる。

その様子を、平が、眉をひそめて見ていた。

が、すぐさま視線をそらし、

「まあ、元気で良かった。」

と巧の肩をたたいた。

「うっ」

顔をしかめる巧は、元気そうに見えるが、しっかりあちこち打撲しているようだった。


平も、無事を確認すると、長居をするつもりはなかったようだ。

窓際に立っていた爽に

「やんちゃな兄貴を持って、苦労するな。」

と声をかけ

「また来るわ。ゆっくり休め。」

と帰っていく。

静かに斧田さんも続く。

白川も

「俺も、帰るわ。」

と、立ち上がったとこで、巧に腕をつかまれた。

「?」

「何で、斧田さんが来てんの?」

白川は、困ったように笑った。

「知らねーよ。平さんに、仕事が終わったときに行くかって声かけられたんで、一緒に行くことにしたんだけど、一緒に終わった斧田さんが、めずらしく俺をじっと見てるもんで…」

「お前を?」

「ああ。つい、一緒に行きますかって、声かけちまった。」

巧は、あからさまにがっかりする。

「何で斧田さんなんだよ。深山さんは?」

「深山さんは、お前みたいなチャラ男、タイプじゃないよ。そういや美紀ちゃんは、行く気満々だったぞ。何か作って持っていくって言ってたな。明日にでも来るんじゃないか?」

「深山さん、反応なし?」

「あきらめろ。」

また来ると言って、白川は、病室を出ていった。


爽は、気が付いていた。

あいつだった。

背の高い眉の太い白衣を着た男。

斧田というあの薬剤師が、巧につきまとっている生霊の正体だった。


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