第六話 村
翌日からは、それなりに充実した時間を過ごせたかな。
まずは、ケヘルさん宅の家事手伝い。
俺にできることなんて限られてはいるけど、洗濯、まき割り、料理の片づけなど。
料理を作ることも提案したのだけど、それは却下された。作ってくれるらしい。
優しいなぁ。
それとも、料理好き?
それ以外の時間は完全に自由に使うことができたので、この世界で生きていくための鍛錬、訓練に充てる。
まずは、この14歳の体を鍛えなおす。
なんか、凄いことになっていたけど、なまっていることには変わりない。
長年、剣を学んできたせいもあって、なまっている身体というのが、何ともしっくりこないんですよね。
まずは、走り込みと筋トレで基礎体力を作る。
それから剣の型、動作を身体に叩き込む。
そうすることで、感覚差みたいな違和感もなくしていくと。
この身体でスムーズに動けるようになったら!
そう思うと楽しみだね。
ちなみに、筋トレに関して。
そりゃ無いですよ。
専用の器具、道具なんて。
まあ、でも、そこは前世で少年時代から鍛えてきた俺ですからね。
手に入る物だけで何とかしましたよ。
何とかなるものです。
次に魔法の訓練。
今は魔法1といった初歩的な魔法しか使えないけれど、それを使いこなせるように。
当然、魔法2とかあるんだろうね・・・。
そもそも、魔法1って初級なの?
まっ、これも考えるだけ無駄と。
気を使うのと同じ要領で練習する。
体内に生じた魔力を溜める、拡散させる、集積させる、密度を上げるなどして、発動する魔法の大きさ、形状、速さに複雑に変化を与え、多種多様な発動の訓練を。
通常、魔法を覚えるには魔術書を使って独学で習得するか、魔術を教えてくれる大学で学ぶ必要があるらしい。もっとも、魔術書は高額で簡単に手に入れられる物ではないし、手に入ったところで独学は相当難しいとのこと。
魔術大学(魔法大学?)もあまくはない。受験が必要で超難関らしい。
とはいえ、この世界で魔法を究めようとする者は、多くはないとのこと。魔力は誰にでも備わっているらしいけど、量が少ない者が殆どだそうだ。必然的に学ぶ者は少なくなる。
学ぶ者が少ないなら、難関と言いながら案外簡単だったりして。
俺でも合格できるかな。
うん?
そういえば、俺も魔力量少ないか。
・・・。
いずれにしろ、今の俺には無縁の話ですね。
訓練の間は、昼食時を除いてケヘルさんに会うことも無く、ただひたすら没頭する。
ケヘルさんも昼間は仕事で忙しいようだし、もともと寡黙な質みたいで、何も言ってこない。なまった身体を鍛えなおすとは伝えているので、特に疑問にも思っていないのかな。ずっと自室にこもって何やらやっているようだ。
なので、俺の剣と魔法の鍛錬を目にすることは無かったと思う。
特に奇妙なことをしているわけでもないし、他の世界から来たと思わせるような行動でもないと思うので、別に隠すことではないのだけど。
しかし。
いきなり現われた見知らぬ男が、自分の家に居ついて、昼間はずっと外で訓練三昧。
変なヤツと思っているだろうなぁ。
・・・。
鍛錬以外の時は、なるべく常識的に行動しなきゃいけないね。
そんな鍛錬を終えた後。
夜は知識の復習と考察。
ケヘルさんに教えてもらったことを、前世から持ってきたノートにまとめ、自分なりの考察を加えていく。こうすることで、この世界で生きている実感を脳に刻み込めるし、覚悟も生まれてくる。
ちなみに、ノートはケヘルさんの前では使っていない。
この世界に存在する紙質を恐らく凌駕しているからね。説明がつかん。
前世から持ち込んだものを、ケヘルさんに見せるつもりはないので。
今のところはね。
こうしてみると、自分が結構な真面目人間のように見えるなぁ。
うーん・・・。
もちろん、俺はそんな優等生ではないです。
前世の俺は、剣の道こそ真面目に取り組んでいたけど、他のことは適当だった。
学生時代の勉強も、社会人になってからの仕事もバリバリやっていたわけではない。
特別に不真面目でもないが、それなりにしかやっていなかったな。
ただ、長年剣に打ち込んでいたおかげか、自分の好きなことに対して努力を惜しむことは無かった。地道に物事を進めていくこと自体嫌いではなかったし、そんな努力が実を結ぶ時の喜びは格別だったから。
もちろん、努力が実を結ぶことなんて、それ程あるわけではなかったんだけどね。
なんて言ったら師匠に怒られる。
師匠には、よく言われたなぁ。
「努力はしている時点で既に自分の実になっている。成果など付属品に過ぎない」
人生という観点からみると、努力行為自体が自分の中身を変えていく。結果はおまけみたいなもので重要ではない。努力をしている瞬間が尊い価値のあるものだ。
ということらしいけど・・・。
頭では解っても、なかなか・・・。
やはり成果は欲しいからねぇ。
まだまだ未熟者です。
だから、この世界での鍛錬はありがたい!
新しいこの14歳の身体。
剣も、魔法も目に見えて進歩していく!
これは楽しいよ。
まあ、楽しくなくても、生きていくためにはやらねばならないのだけどね。
というように、鍛錬の日々を過ごして。
俺がこの世界に来てから10日が経過した。
最初は驚きの連続だったけど、何とか無難に過ごせていると思う。
いや、むしろ快適に暮らしているかも。
なんと言うか、居心地良いんだよな。
妙にしっくりくるというか。
不思議だ・・・。
そう言えば、最近は変な気配もあまり感じなくなったな。
なんとも変な感じだったから、あの気配が無くなるのはありがたい。
さて、そんな事は置いといて。
俺の10日の成果はというと・・・。
たった10日ではあるけど、基礎体力も剣も魔法も、それなりに進歩したと思う。
前世の俺より上達が早いかも。
もちろん、前世では魔法は使えなかったので、魔法の上達云々は比較できない。
剣も上達というよりは、今の自分の身体と25歳の身体の感覚差を埋めるという、そんな感じの訓練だったけどね。
でも、基礎体力の上昇はちょっと凄い。
前世の記憶があるので、根本的に理論を理解しているからなのか?
単に、この身体のスペックが高いのか?
といっても、前世の俺の14歳時の身体と同じだよなぁ。
見た目同じでも、実際は違うのかな?
うーん、良く解らない・・・。
進歩が早いのは有難いことだし、まあいいか。
理由は良く分からないけれど、基礎体力の上昇によって実際に使える筋力、腕力が凄いことになっている。虎徹なんて、全く重さを感じないくらいだ。
この身体、ホント凄いよなぁ~。
剣の方はというと、筋力の上昇に伴って以前の俺を超えたような気がする。理論は頭の中にあるし、感覚差も埋まってきた。そうすると、身体能力が上がっているのだから、前世超えも納得はできるかな。
そして、魔法。
野球のボールのような火の玉と、銃弾のような水の玉を撃つことができるようになった。
精度はまだまだだけど、威力はそれなりにあるかな・・・、多分あるはず。
特に水弾、そう呼んじゃおう、この水弾はなかなかのモノだと思う。
とはいっても、使えるのは火と水の魔法だけなんですけどね。
しかも、魔力量が少ないため、発動回数が少ないと。
それでも、毎日のように限界まで魔力を使い、回復させてはまた使い切るということを繰り返しているうちに、多少は魔力の総量も増えたような気がする。
魔力は使い続けると増えるみたいだ。
ステータスで確認すると、増えていた。
微増ですけどね。
そうそう、治癒魔法はあまり練習することも無かったけど、疲労回復にも効果があるみたいだ。
10日がたったその夜。
いつものように、ケヘルさんの作ってくれた夕食をいただいた。
いつものように美味しい夕食。
この料理上手!
そういえば、この10日間でケヘルさんの印象はかなり変わった。
最初は老人に見えたのだけど、今では壮年の男性を思わせる。上背はそれほど無く、筋肉質にも見えないのだけれど、動きがきびきびとしていて、滲み出る雰囲気が老人のそれではない。加えて金髪碧眼。
なんだか渋い。
格好いいぞ!
話しぶりも老人という気がしない。
俺がこの世界に慣れて、見え方が変わって来たのかな。
食事中、そんな感慨に耽っていると。
ケヘルさんが話しかけてきた。
食事中のケヘルさんは特に寡黙で、話しかけた俺に答えることはあっても、自分から話しかけてくることは殆ど無い。
珍しいな。
「明日、サニア村に行くつもりだ」
その件か。
そろそろ、そういう話になるよね。
「食糧の買い出しもあるのでな。一緒に行かないか?」
俺を助けてくれたのが、買い出しの帰りだった。
それから、一度も村に買い物に行ってないなら、そろそろ食糧も切れる頃か。
「そうですね。ご一緒させていただきます」
この身体にも、それなりの自信が持てるようになった。
いい頃合いかな。
「もう大丈夫なのか?」
「はい。なまっていた身体も回復してきましたし、今の自分の状況にも慣れてきましたので」
「良いことだ」
慈愛に満ちた目で見つめてくれる。
言葉は少ないし、愛想もないけど、本当にいい人だ。
「村では、ハヤトを知る者がいないか調べてみよう」
「そうですね」
いないですけどね。
それともいるのか?
本当は俺が記憶を無くしているだけで・・・。
いやぁ、ないよね。
あったら、怖いわ。
ということで、明日の朝は早いらしい。
サニア村まではたいした距離ではないそうだけど、買い出しに、聞き込みとなると、それなりに時間はかかる。日が暮れるまでに帰りたいなら朝も早くなる、ということらしいですね。
うん?
明日が早いから、食後でなく食事中に話しかけて来たのか??
まあ、合理的ではあるな。
ケヘルさんらしいか。
ということで、やって来ましたサニア村。
道中特に何の問題もなく無事に到着。
この世界に来てからケヘルさんの敷地を出るのは初めてだし、ケヘルさん以外の人に会うのも初めてだ。何だか少し興奮する。
エルフとかドワーフとかいるのかな?
この世界には、いわゆる人間種族以外の知的種族がいるとは聞いている。
「この村には人間以外の種族もいるのですか?」
好奇心を抑えられない。
「そうだな。この辺りは、互いの差別もあまり無いのでな」
差別が根強く残る地域もあるらしいけど、ここは違うらしい。
ケヘルさんも差別的なことを言ったことがないな。
いやぁ、ワクワクする。
家から乗って来た小さい荷馬車を厩に預け、村に入る。
ケヘルさんの家からは北に位置するサニア村。
日本出身の俺からすると、これが村なのかという程度の小さな規模だ。
魔物が出るというのに、村の周りに土塁や柵があるわけでもない。
結界石が効いているとはいえ、不用心な気がする。
魔物が出たら、土塁や柵など関係ないということなのか?
うん?
そういえば、まだ魔物を見たことが無い。
この辺りには、あまり生息していないのかなぁ。
それなら、この様子にも納得いく。
このサニア村。
一応平均的な村らしい。
宿屋も飲み屋も飯屋もある。食糧、日用品、武器なども手に入るそうだ。
「少し早いが、昼食にしよう」
まだ昼食には早い時間だけど、朝が早かったので空腹です。
「いいですね」
ケヘルさんに連れられて、昼食を出してくれるという店に入る。
レストランとは言えないな。食堂、いや飯屋といった感じか。
早い時間のためか、客は俺たちしかいない。
そこで食べたものは・・・、麺類の一種か?
何かの出汁で煮込んだ蕎麦みたいなもの。
悪くはない。やはり、この世界の料理は俺に合っている。
空腹もあって、すぐに食べ終える。
ケヘルさんも食べ終えたようだ。
「ご主人、少し尋ねたいことがあるのだが?」
料理を下げに来た店の主人らしき人に、さっそく尋ねる。
「この者の顔に覚えはないか?」
ご主人は俺の方を訝しげに見て。
「覚えが無いですなぁ。ケヘルさんの知り合いじゃあないのですか?」
やはり顔見知り。
買い出しによく来るのだから、当然か。
「もちろん、知人だ。だが、知人になる前のことが知りたい」
その後、ご主人に経緯を話し、俺のことを知っている可能性がありそうな村人を紹介してもらい、一人一人訊いて回ったのだが・・・。
当然のことながら、成果は皆無。
「すまない」
ケヘルさん、本当にガッカリしているみたいだ。
「とんでもないですよ。ケヘルさんに謝ってもらうことなど一つもありません」
俺にしてみたら、至極当然の結果。
全く期待もしていなかったので、落胆などない。
むしろ、俺のことを知っている村人がいる方が不安になる。
「僕のことは、もういいですから。食糧を買って帰りましょう。早く村を出ないと夜道を帰ることになりますよ」
申し訳なさそうにしているケヘルさんを急き立て、買い物へと。
ホント、気にしなくていいんですよ。
異世界から来たんですから。
やっと外に出ました!
次話では、もう少し話が動く予定です。