第五十一話 大地下5
よし、まずは色々と検証だ。
魔法を使って、魔力を消費。
春水を飲む。
皮膚に傷をつけて、その上に春水をかける。
体力を消費した後、春水を飲む。
などなど・・・。
時間をかけて調べた結果。
俺程度の魔力量なら、純春水50CCの飲用でほとんど回復できる事が分かった。
当然、25CCの純春水を飲めば、半分回復できる。
体力の方は、全回復するにはもう少し必要みたいだ。
傷の治療に関しては、小さな傷なら少量を直接かければすぐに回復。
ある程度の傷でも、30秒もあれば回復。
大きな傷は試していないけれど、この回復具合からして治療に問題はないはず。
それと、この川の水は純春水と春水だけでは無いということが分かった。
今俺がいる辺りの水は純春水。
少し離れた所の水は、ただの春水。
さらに離れると、準が付いた。
準春水・・・。
相変わらずの翻訳センスだ。
春水もそれなりに優れた効能がある。
純春水の二、三割程度の効果って感じだ。
準春水は、春水の半分以下、純春水の一割ちょっとの効能といったところかな。
純春水の一割。
悪くない効能なんだろうけど、純春水も春水もある状態で積極的に使う気にはならないかな。
さて、この春水シリーズ。
この谷底にいる間は、いつでも使える。
すぐに飲めるし、傷につけることもできる。
なんなら、飛び込んでしまえば、完全回復できてしまう。
こんな優れもの、持ち帰らない手は無いな。
ここから脱出する時に水筒に入れて持って帰ろう。
次元袋の中にいくつか水筒を入れていたはずだ。
・・・。
次元袋は行方不明だった・・・。
さて、気分一新、体力満々。
なので、次元袋の探索を再開しよう。
川沿いを歩き始める。
感知で魔物を警戒しながら。
とはいえ、今はもう心強い味方がいる。
川沿いを進む限り、大きな問題は無いだろう。
・・・。
しかしなぁ。
さっき死にかけたのに、今は全く恐怖を感じない。
トラウマになってもおかしくないのに。
前世の俺ってこんなだったか。
・・・。
死にかけたことないし。
いや、実際に死んだのか、俺・・・。
よく分からん。
でも、まあ、あれだな。
この世界に来てから、感性というか感覚というか、結構変わったような気がするな。
異世界だからなのか。
それとも、この身体のせいか・・・。
それでも、恐怖で身体が動かなくなるよりはいいよな。
今は前向きにいこう。
ということで、探索、探索。
今回は下流を探索。
俺が浮くくらいなんだから、次元袋もこの川を漂っていた可能性が高い。
なら、下流を探すのも悪くない。
歩を進める。
程なく、1匹の爪カンガルーと遭遇。
すぐそこには川。
下流に行くにしたがって川幅も狭くなっているが、それでも十分な水量。
心強い。
とりあえず実験。
川の水を手ですくって、突っ込んできた魔物に掛けてみる。
おおっ、嫌そうな顔をしてる。
でも、特にダメージは受けていないみたいだ。
まあ、防御障壁を展開しているからな。
当然といえば、当然か。
そのくせ、この水は嫌なんだな・・・。
不思議だ。
では、もう一つ。
急接近して掌底。
ふらつく爪カンガルーの腕を掴み、放り投げる。
激しい水しぶきを上げ、川に落ちる爪カンガルー。
と、ふらついていた爪カンガルーが凄い勢いで川から出てきた。
・・・。
そんなに苦手か・・・。
なのに、特別ダメージは受けてないように見える。
・・・意味が分からん。
まあ、いい。
最後に。
防御障壁を破壊した状態で、純春水をそいつの皮膚に直接掛けてみた。
外傷部分だ。
嫌がる爪カンガルー。
なのに・・・傷が塞がっていく!?
・・・薬効あるじゃないか。
どうして、嫌がるんだ??
わけが分からない。
疑問を残しながら、戦闘終了。
さらに、下流を探索。
なかなか見つからない。
こんな広い場所で見つけ出すのは難しいと分かっている。
地道に探すしかない。
スリムミノタウロス2匹が登場。
回復に問題無いので、最初から飛ばしていく。
倍速、魔法、出し惜しみなく。
こいつらとの戦いに慣れたからか、それとも余裕があるからか。
問題無く戦いを進めることができる。
1匹撃破。
残る1匹はじっくりと観察しながら戦闘。
少し調べたいことがある。
・・・。
一通り観察した後、軽く撃破。
完勝だ。
魔力を少々使いすぎたので、春水で回復。
うん、この辺りは純でも準でもなく、春水なんだな。
さらに、探索を続ける。
やはり、見つけることができない。
甘くないよなぁ。
その後、魔物に二度遭遇したけれど、特に問題は無かった。
もちろん、回復のため春水を飲用。
結構下流まで来たので、今度は対岸に渡って上流に戻りながら探索をしてみる。
・・・。
・・・。
・・・見つからない。
この川の水があるし、食べ物も魔物を食べれば何とかなる。
だから、命の危険はないと思うんだけど。
・・・。
ひたすら探索。
地道に堅実にしらみつぶしに。
・・・。
さすがに、これはまずいかもと思い始めた頃。
やっと幸運が訪れた。
遂に次元袋を発見。
場所はあの安全地帯より上流の対岸で。
さっき上流に向かって歩いていた時には気づかなかったよなぁ。
対岸も見ていたつもりなんだけど・・・。
とにかく、見つけることができて良かった。
で、中は大丈夫か。
・・・よし、大丈夫みたいだ。
中に入れている道具類に問題はない。
袋の中に水が入っていることも無い。
良かったぁ。
しかし、次元袋の中に直接水を入れたらどうなる?
大量に入るのは間違いないけど、滲み出さないんだろうか。
まあ・・・出ないんだろうな。
なんと言っても、不思議設計な袋だから。
ありがたいんだけどね。
もちろん、袋の中に春水を直接入れるなんていう事はしません。
次元袋の中に入れておいた水筒に純春水を汲んで保存と。
で、今はまた安全地帯。
まだ、この谷底から脱出していない。
転移石を使えば脱出できると思うんだけど、今のところ使うつもりは無いかな。
転移石を使うのはもったいないし、それに他の手段でも脱出できるような気がするから。
それを試して、無理だった時に転移石を使えばいい。
そもそも、今すぐ脱出する気も無い。
せっかくだから、この機会に色々とやっておきたいことがある。
あれだけの目に遭いながら、脱出が後回しなんてとも思うんだけど。
やっぱり、ちょっと変わったのかな、俺・・・。
我ながら不思議だ。
・・・。
まあ、そんな事は考えても無駄、無駄。
それより、今することは。
防御障壁の実験。
今までも何となく使ってきたけど、これからは完全に使いこなせるようにしていきたい。
この谷底の魔物が上手に障壁を使っていたから、それを参考にしてと。
魔力障壁身体密着型。
魔力障壁分離型。
気障壁身体密着型。
気障壁分離型。
これらの防御障壁の内、密着型は今まで使ってきたやり方なので、障壁の展開自体には問題無いと思う。
なので、精度、強度を共に改善したい。
とりあえず、身体に密着させるように魔力を展開。防御に特化するように硬質化・・・。
うん、やっぱり無駄が多そうだ。
この谷底にいる魔物たちの障壁を参考にして、イメージ。
・・・駄目だ。
もっと強く、そして素早く。
展開。
解除。
展開。
春水で回復しながら、練習すること数時間。
まだ完全とは言えないが、以前よりは随分とましな魔力障壁ができるようになった。
気の障壁も幾分強度を増すことに成功したと思う。
ということで、次へ。
ここからが、問題だ。
そう簡単にはいかないだろう。
長丁場も覚悟しないと。
分離型障壁。
スリムミノタウロスが展開していた防御障壁、あのイメージだ。
まずは、密着型障壁を展開。
作り出したこの防御障壁を身体から離すことができるか。
身体から分離させて数センチ前に押し出す、そんなイメージで。
・・・崩れてしまった。
まっ、いきなりできるわけ無いよな。
もう一度、身体から剥がすように、ゆっくりと・・・。
ゆっくり前に押し出す・・・。
崩れた。
そら、そうだ。
練習あるのみ。
こちらも数時間の特訓。
少しは分離できるようになってきたけど、まだまだ安定しない。
やっぱり難しいな。
ということで、一旦休憩。
休むことなく練習を続けたから、少し休憩した方が効率も上がるだろう。
春水があるから、休みなく練習することも可能なんだけどね。
次元袋から携帯食糧を取り出し、純春水とともに腹に入れる。
瞬間で超回復。
数刻休憩して、再開。
1時間ほど分離練習。
大分、形になってきた。
よし、今度は・・・。
おっと。
少し崩れたけど、まあ上手くいったかな。
では、それを固定。
いけそうだ。
ピシッ!
あぁ~。
消えてしまった・・・。
身体に密着させている時と違って、分離した状態で障壁の形状を保持するのは本当に難しい。これはもう、反復練習するしかない。
試行錯誤しつつ何度も何度も練習を重ねる。
あっという間に時間が過ぎていく。
が、集中して練習したおかげで何とか作れるようになった。
まだまだ未熟で練習は必要だけど。
さて、かなりの時間を費やしてしまったぞ。
一度仮眠をとった方がいいかもしれないな。
もちろん、春水があれば当分は不眠でも問題ない。
ただ、睡眠中に技が身に定着するということもある。
ここは少し寝ておこう。
幸い、この場所は安全地帯のようだし。
万が一、魔物に襲われても川に飛び込めばいい。
起床後。
分離型魔力障壁の展開が少し上達した気がする。
やはり、睡眠は効果があるのかもしれない。
ということで、次は気で分離型を練習。
先に魔力で分離型の練習をしていたせいか、そこそこ順調に進む。
数時間でそれなりに展開きるようになった。
今のところ。
魔力障壁身体密着型。
魔力障壁分離型。
気障壁身体密着型。
気障壁分離型。
この4タイプは完全ではないものの、それなりに実用に耐えるレベルで展開できるようになったと思う。これからの練習で完成させていくことも難しくないだろう。
さて、ここからだ。
これから試したいのは完全分離型障壁。
いや、独立型と言った方がいいのかもしれないな。
さっきまでの分離型障壁は身体に沿って数センチ離して展開していただけだが、これは違う。
自分から離れた所に自在に魔力障壁を展開させる、距離も大きさも形も自在に、そういう代物だ。
当然、難しいだろう。
これまでのようにはいかないはずだ。
でも、こいつは是非とも体得したい。
これができるようになれば、自分だけでなく他人を守る時にも障壁を使える。
これから先、ミュリエルさんと行動を共にする機会が増えるのだから、身につけておかないと。
よし。
とにかく、練習だ。
まずは、1メートル四方の障壁を1メートル離れた場所に出現させること。
障壁展開!
あぁ・・・。
あっさり崩壊してしまった。
これは相当難しいぞ。
数センチ離すのとは難易度が全く違う。
練習あるのみだ。
ひたすら練習。
間に食事をはさみながら練習。
仮眠をとっては練習。
・・・。
・・・。
・・・。
なかなか上手くいかない。
そりゃまあ、簡単にできるような代物じゃないとは分かっているけど・・・。
密着型がすぐできたから、甘く見ていたかな。
反省・・・。
めげずに練習だ。
1メートル四方の障壁を目の前で完成させてから、そいつを移動させるべきか。
魔力自体を数メートル先に放出して、そこで障壁として実体化させるべきか。
手を変え品を変え、練習を続けて行く。
・・・。
随分と時間が経過した。
この谷底に来てから数日は経つ。
途中からは、食事もほとんど取らず仮眠もそこそこに、ひたすら練習を続けていたような気がする。
気を失うように眠ってしまうこともあった。
不思議なことに、純春水を使っていても眠ってしまうようだ。
長時間の試行錯誤。
猛練習。
ようやく、ようやく形になったと思う。
よくやったと思う。
そう思ったところで、また意識を失ってしまった。
でも、今回は心地よい眠りだった。