第三十九話 試行
ミノタウロスに遭遇した部屋から脱出し、そのまま通路を抜け大広間へと逃走。
振り返ることなく一気に駆け抜けた。
どうやら、追っては来ないようだ。
まあ、あの巨体では物理的に無理か。
この通路は通れないよな。
「ふぅぅ・・」
無事でよかったぁ。
軽傷は負ったけれど、こんなのは全く問題ない。
しかし、あいつ・・・。
今までの魔物とは違う。
俺がこれまでに遭遇した魔物は、動物や鳥が変形したような魔物だった。
今回は人身。
どうしてだか本能的な恐怖を感じる。
遺伝子に刻まれているような感じ。
あいつとは、できれば闘いたくないな。
というか見たくもない。
見た目だけでなく、本当に強いんだろうなぁ・・・。
「い、いつまで、こうしているつもり」
あっ!
エルマさんを抱えたままだった。
いわゆるお姫様抱っこ状態。
小柄で軽いから忘れてた・・・わけではないけど・・・。
「早くおろしなさい」
「すみません」
ゆっくりと足から降ろす。
「ホントに・・・」
「・・・」
「・・・でも、まあ助かったわ」
「はあ」
「・・・ありがと」
俯いて一言。
こういうところは素直なんだよなぁ。
あれ?
「エルマさん、その汗。どこか痛みますか?」
すごい汗だ。
負傷したのか?
「あせ・・・? ば、ばか! 大丈夫よ」
その言い草は・・・。
心配してるのに。
まあ、無事ならいいけど。
「本当に平気なんですね?」
次元袋からタオルを出し、手渡す。
「ありがと・・・大丈夫よ・・・」
その汗、それに顔も赤いけどなぁ。
「な、なによ」
「いえ、無事でよかったです」
熱もなさそうだ。
大丈夫か。
「ハヤトこそ・・・腕の怪我は大丈夫?」
「これくらい全く問題ないです」
『・・・よかった』
うん?
よく聞こえない。
「それで、どうなの?」
おっと。
いきなり声音が変わったよ。
「何がですか?」
「ミノタウロスに決まってるでしょ。倒せるの?」
「さあ・・・。ミノタウロスって、やっぱり強いですよね?」
「伝説の魔物だから強いんでしょ。私も噂で聞いただけで良くは知らないけど、迷宮の守護者と呼ばれるくらいなんだから」
「迷宮の守護者?」
ということは、ここは迷宮なのか。
「迷宮の番人、迷宮の主、あと地獄の番人なんて異名もあるわね」
すごい通り名だ。
聞くだけでも恐ろしい。
「弱点とかありませんかね?」
「知らないわ・・・でも、ハヤトなら勝てるでしょ」
さっき逃げようと言ったのは誰だよ。
勝てるなら、逃げなくていいだろ。
「根拠は何ですか」
「決まってるでしょ。私の師匠なんだから勝ってもらわないと」
それ、根拠じゃないですよね。
はぁ~。
勝てるのか?
というか、やっぱり闘わなきゃいけないのかな。
「そんな顔しないで、自信持ちなさい」
エルマさんこそ、何故にその自信。
態度も変わったような・・・。
この人のキャラはよく解らん。
「はあ・・・。まあ、闘う時には頑張ってみます」
とはいえ、ミノタウロスとの戦闘の前に、やっておくことがある。
この大広間から伸びている複数の通路。
そっちを調べるのが先決だ。
場合によっては、ミノタウロスの部屋を通る必要も無くなるしね。
通路前での感知から考えて、ミノタウロスの部屋の次に大きそうな空間に繫がっている通路を選択。
大きい空間を選ぶことの正否は判らないが、とりあえずの判断材料にはなる。
俺が先頭に立ち狭い通路を通り抜けると、そこには一回り小さな空間が。
先程と同様、奥には通路がある。
そして、同じく魔法陣。
「・・・」
「・・・」
「とりあえず進みましょうか」
「そ、そうね」
はい、お約束通り。
壁にぶつかり、魔法陣が発光。
「どんな魔物が出て来るか見極めてから離脱しましょう」
さて、今度はどんな魔物が出現するんだ。
「ガァルルゥゥゥ!」
哮りとともに登場。
「・・・」
また、ミノタウロスかぁ。
うん?
さっきとは少し違うな。
角が四本・・・。
四本角のミノタウロスを確認と。
「逃げましょう」
今回は攻撃される前に、無事退避完了。
「やっぱり、あのレベルの魔物を倒す必要があるんですかね」
「そうかもね」
はぁ~。
まあ、そうだよなぁ・・・。
でも。
「・・・他も調べましょう」
ということで、次の部屋では。
同様に魔法陣。
魔物は馬頭人身。
頭以外はミノタウロスそっくりでした。
しかし、牛頭馬頭とは・・・。
さらに調べると。
多くの通路の先は行き止まり。
俺たちが入って来た円筒形の部屋とよく似た空間もあった。
大きめの空間も発見。
そこには、やはり魔法陣。
魔物は一本角の馬頭人身でした。
ユニコーンの頭に人身といったところかな・・・。
もう一つだけ重要と思われるものが。
通路の先には八畳ほどの空間。
そこには下へと続く階段がありました。
あまりにも怪しかったので、ひとまず退散したけどね。
この探索の間、他の魔物とも数回遭遇した。
俺が見たこともない魔物もいたけど、特に問題なく粉砕。
それなりに強い魔物もいたらしいが、俺とエルマさんのチームの敵ではない。
調査、遁走、戦闘・・・。
続けること数時間。
各通路、各部屋をざっと調査して大広間に戻った時には、夜中になっていた。
なぜ夜中と分かるかというと、携帯の時計があるからだ。
アプリの方位磁石は使えなかったけれど、時計は問題なかったのでね。
おかげで、迷宮の中でも時間は把握できる。
「五択ね」
「そうですね。無角の馬頭、一本角の馬頭、二本角のミノタウロス、四本角のミノタウロス。いずれかとの戦闘を選ぶか、階下へと進むか」
とりあえず、この中から選ぶしかないよな。
牛頭馬頭とは闘いたくないけれど、階下に行って迷宮から脱出できるとも思えない。
いや、そうでもないのか。
下に進むのは、遠回りに見えて実は正解とか。
急がば回れともいうしね。
でも、牛頭馬頭部屋も明らかに怪しい。
うーん・・・。
判るわけ無いよな。
ちなみに、牛頭馬頭の部屋の奥にある魔法陣に守られた通路の先に何があるかは感知できませんでした。
階下も、感知範囲内には階段と通路しかなかった。
・・・。
こうなると運任せだな。
「どれを選ぶべきですかねぇ」
「分からないの?」
「分かるわけ無いじゃないですか」
『ハヤトなら分かると思ったのに・・・』
また、小声で聞こえない。
まあ、いい。
それより・・・。
選ぶ前に、試したいことがある。
「どれを選ぶにしろ、実行はひと眠りしてからにしましょう。交代で見張りをすれば睡眠もとれますからね」
「そうね。少し休んだ方がいいわね」
「でも、その前に試したいことがあるんですが」
「なに?」
単独で行ってもいいのだが、エルマさんを残すのも気掛かりだ。
「ついて来てもらえますか」
そう言って、二本角ミノタウロスの部屋へと続く通路へ。
「何するつもり?」
「ミノタウロスを倒さずに先に進めるか試したいんです」
「??」
「さっきは魔法陣のところで足止めされましたよね」
「ええ」
「進行遮断が魔法陣発動のスイッチだと思うんですよね。魔法陣の上を歩く、進行を遮断される、魔法陣が発動する、ミノタウロスが出現。おそらく、こういう流れでしょう」
「そうね。私もそう思うわ」
あくまで推測だけど、そう外れてはいないはず。
「なので、二つ試してみたいなと」
「なに?」
「一つは、魔法陣の上はどこまで遮断されているのか調べたいんです」
「・・・」
「高く跳躍すれば魔法陣を発動させることなく通過できるのではと思いまして」
あまり見せたくないけど、3メートルくらい跳んで試してみよう。
そんな跳躍をする人など普通はいないはずだし、案外成功するかも。
「もう一つは、ミノタウロス出現後も、魔法陣の上を通過できないのか試してみようと思います。通過可能なら、ミノタウロスを無視して通路へ進めばいいだけですからね」
そう上手くはいかないかもしれない。
それでも、やってみる価値はある。
エルマさんも納得してくれたかな。
エルマさんを覗き見ると。
驚いた表情。
「・・・試す価値はありそうね」
「上手くいけばいいのですが」
ミノタウロス部屋に到着。
「エルマさんは、ここで待っていて下さい」
「私も行くわ」
「いえ、実験ですから1人の方がいいです」
「・・・分かったわ・・・気をつけて」
おぉ!
優しい言葉。
では、行きましょう。
エルマさんを通路に残し。
ゆっくりと魔法陣の前まで歩を進め。
少し手前で大きく跳躍。
ゴン。
「・・・」
やっぱり駄目か。
そうは問屋がおろさないと。
でも、まだ、もう一つ残っている。
発光する魔法陣。
雄叫びをあげるミノタウロス。
「グオォォォ!!」
猛り立っているよ。
相変わらず、恐ろしい姿だ。
でも、今度は避ける準備ができている。
数メートルをおいて対峙。
咆哮を終えたミノタウロスが突進してくる。
倍速を使い、引きつけたミノタウロスの攻撃を回避。
よし、上手くいった。
すぐさま、魔法陣へと疾駆する。
ガゴン!!
「くぅ・・・」
火花が散った・・・。