第三十八話 探索
真っ暗闇。
・・・落ちている?
まずい!
と思ったのも、ほんの僅かだけ。
奇妙な浮遊感・・・。
微かな衝撃と共に地面に着地していた。
何が・・・?
ここは、どこだ?
エルマさんは無事か?
感知結界で確認。
暗くて見えないが、すぐ近くにいる。
「エルマさん、大丈夫ですか?」
「ハヤト、そこにいるの?」
「はい、傍にいます。怪我はありませんか?」
「・・・大丈夫よ」
よかったぁ。
何がなんだかよく判らないけど、無事でよかった。
落ちていると判った時には、走馬灯が見えるかと思ったよ。
うん?
こういう場合、走馬灯が見えるわけじゃないか。
思い出が、走馬灯のように駆け巡るとか、そんな感じ。
・・・。
どうでもいいか・・・。
そんなことより、何が起こった?
ここはどこ?
さっき石盤に魔力を注ぐと、文字らしきモノが光って。
次の瞬間には、落ちていた。
落ちたんだよな?
感覚的には落ちていたけど・・・。
奇妙な浮遊感があったし、怪我も無い。
どうなってるんだ?
しかし、こう暗いと・・・どうしようもない。
次元袋から松明を取り出し、火魔法で着火。
視界が開ける。
ホント、次元袋は便利だよなぁ。
もしもの時の備えが万全だ。
エルマさんは・・・。
松明片手に奮闘していた。
この暗闇の中では、うまく着火できなかったみたいだ。
「どうぞ」
エルマさんの松明にも火を移す。
「・・・ありがとう」
礼は言う人なんだよなぁ。
「何が起こったか分かる?」
「よく分かりませんが・・・、何らかの仕掛で石盤の場所から落下したのではないでしょうか」
「入口らしきものは無いけど」
そうなんだよなぁ。
俺たちがいるのは、高さ10メートル、直径5メートルくらいの円筒状の空間。
その下部の地面にいる。
前方には狭い通路らしきものもあるし。
見たところは洞窟なんだけど・・・。
頭上には岩肌が見えるのみ。
入口らしきものは無い。
感知結界を使っても、頭上の岩肌の向こうが感知できない。
なぜだか上手く使えないみたいだ。
「落下ではないとすると、何が?」
「転移・・・」
転移!?
そうかぁ、転移の可能性もあるな。
そうなると、ここは一体どこなんだ。
全く分からないぞ。
「転移か落下か分かりませんが、ここに入って来たわけですから、外に出る仕掛があるはずです。探しましょう」
きっと、石盤のようなモノがあるはずだ。
1時間余り2人で探したけれど、それらしきものは何も見つからず。
仕方ないので、頭上に水弾を放ったんだけど貫通もしない。
となると、ここが地下で頭上の岩肌の向こうが地上ともかぎらない。
もちろん、水弾を通さないくらいに厚いだけかもしれないけれど・・・。
穴を開けて脱出というわけにもいかないか。
「仕方ないわ。他に出口を探しましょ」
「・・・そうですね」
狭い通路を通り出口を探すことに。
こういう時に感知結界が使えるのは便利だ。
静物の感知は正確にはできないけれど、ある程度の地形なら把握できる。
さっそく、広範囲に結界を展開。
!?
なぜだか、範囲が拡がらない。
いつもの半分。いや、それ以下。
この空間には感知を妨害する何かがあるのか・・・。
やはり普通じゃないな、ここは。
地下洞窟なのか、迷宮なのか、異空間なのか。
とにかく尋常ではない。
まあ、それでも感知できるだけましだな。
精度も範囲も通常より劣るが、何も分からないまま進むのとは段違いだから。
今はこの通路だけ。
脇道も隠し通路も無い。
「すみません。僕が石盤にさわったせいで・・・」
「そうね・・・あなたのせいね」
「・・・」
「責任をもって出口を探しなさい」
「・・・分かりました」
少し歩くと、前方に大きな空間を感知。
広間のような空間だな。
近づくにつれ、明かりが漏れてくる。
もしかして、地上か。
期待して、その広間のような空間に入ると。
・・・。
地上じゃなかったね。
それどころか。
頭上から突然の襲撃。
2羽の黒翼鳥でした。
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「いつになったら脱出できるか分かりませんので、魔力はなるべく温存したいんです」
「・・・」
「そのためにも、魔物とは剣で闘いたいので2人とも前衛にしませんか?」
頷いてくれた。
納得してくれたか。
「ただし、相手によっては後衛にまわってもらうわ」
「了解しました」
今回の魔物襲撃。
失敗したなぁ。
魔物を感知できないなんて。
感知結界の設定間違えたよ。
狭い通路にあわせて、高さを設定してしまった・・・。
今後は気をつけなきゃ。
しかし、洞窟内に鳥の魔物か。
この空間があったから襲ってきたのかもしれないな。
これだけ上下左右に開けた空間が無いと、翼での移動という利点が台無しになる。
ということは、ここにいるとまた黒翼鳥に襲われる可能があるってことか。
「移動しましょうか? ここにいると、また黒翼鳥に襲われるかもしれません」
「問題ないわ。それより食事にしましょう」
黒翼鳥など問題ないと。
頼もしいな。
まあね。
ここは広いし、どういうわけだか薄明るい。
壁と天井が発光しているようだ。
食事には、悪くない場所かな。
きっちりと感知結界も張っている。
大丈夫か。
「分かりました」
もしもの場合に備えて、数日分の食料は常備している。
仮に食糧が尽きたとしても、魔物の肉もある。
水も魔法があるから問題ない。
脱出まで何日かかろうが、そういう点では大丈夫だ。
携帯食を取り出し、簡単に食事をとることに。
それにしても、この空間。
かなり広い。
東京ドームくらいあるだろうか。
広間というより、大ホールだな。
天井と壁には無数の氷柱状のものが。
一見すると氷柱に見えるのだけど違うだろう。
冷たくもないし。
クリスタルの一種かな。
恐らく薄明るいのも、このクリスタルのせいだろう。
内部から光を発しているようだ。
蛍光、燐光のような光。
薄暗い明かりに照らされた巨大な空間。
幻想的だな。
厳粛な感さえある。
「そろそろ、行くわよ」
「了解」
「どの道がいいと思う?」
この大広間には複数の通路がつながっている。
ここから出るには、通路を選ばなければいけない。
俺たちが通って来た道を除いてと・・・。
さて、どれがいいか。
「それぞれの通路の前まで行ってみましょう」
ここからでは感知結界の範囲を軽く超えてしまう。
通路の前で調べれば、手掛かりが見つかるかもしれない。
「まずは、ここを進んでみましょう」
「どうして、この道を?」
「この先にも広い空間がある気配がしたので」
「気配ねぇ・・・」
エルマさんには感知結界の話はしていない。
訝しがるのも仕方ない。
「まあ、ついて来て下さい」
「・・・」
再び狭い通路を進み。
なだらかに下って行く。
うん、やっぱりこの先にも広間らしき空間があるな。
間違いない。
魔物も・・・。
いないはず。
通路を抜けると、さっきよりは小さい空間が。
クリスタルの効果か、ここも仄明るい。
こっちが広間って感じだな。
「奥に通路がありますね。進みましょうか」
「そうね」
見渡したところ、特に見るべきものは無いよな。
感知に引っかかるものも無い。
と思ったんだけど、近づくと見えてきた。
奥の通路の手前数メートルの地面に描かれた文様。
通路への入り口を中心として半円状に彫られている。
見るからに怪しい。
「なんでしょう?」
「見たこともない図柄だけど・・・魔法陣のように見えるわ」
魔法陣・・・。
あるんだぁ。
はじめて見たよ。
でも、これは明らかに不穏な気配がする。
調べねば。
感知結界の精度を高めてそこに集中。
ついでに、鑑定。
・・・。
よく解らない。
でも、微かに魔力を感じるような・・・。
「無理して進まなくてもいいですよね。他の通路もありますし」
さっきの大広間には他にも複数の通路があった。
そっちを先に調べてもいい。
「怪しいけど、これは当たりじゃないの」
「そうとも言えますが、回避できる危険は避けた方が・・・」
「あとで調べるなら、今調べても一緒よ」
「勇ましいですね」
「・・・ハヤトがいれば大丈夫でしょ」
頼りにされていたか。
多分、大丈夫だと思うけど・・・。
「行きますか」
2人でその魔法陣らしきものを越えようと歩を進める。
ガン。
「痛っ!」
何かにぶつかった。
魔法陣の上に透明の壁でもあるのか。
そう思って目をやると。
魔法陣が発光している!?
これは本格的にヤバいのでは。
「逃げましょう」
「様子見よ」
「では、僕の後ろに」
「・・・」
俺が前に出る。
エルマさんも従ってくれた。
ますます強まる光。
暴力的な発光。
青白い光が弾ける!
えっ?
エルマさんが俺の腕を掴んでくる。
驚いたのも束の間。
それどころじゃ無かった。
「グゥルルルゥゥゥ!」
咆哮とともに現れたのは、巨大な体躯を持つ獣人型の魔物。
全長5メートルほどか。
身体は盛り上がった筋肉で覆われ、手と足には獣特有の体毛がある。
頭には、威嚇するように前方に捻じ曲がった2つの大きな角。
目は青白く光り、口には既によだれが・・・。
羊頭、いや牛頭の巨人。
強そうだ。
今まで闘った魔物の中で最強。
そう確信できるほどの威圧感。
「あの魔物なんですか?」
「ミノタウロスかもしれないわ・・・」
ミノタウロス?
そう翻訳されたよな。
ギリシャ神話の牛頭人身の怪物。
そんな怪物がこの世界に。
いや、翻訳だから、それに近い魔物ということかな。
「グオォォォ!!」
頭を左右に振り、一際大きな雄叫びを上げる。
戦闘態勢に入ったか。
「闘います?」
「・・・一度、逃げましょう」
俺の腕を掴む力が強い。
「分かりました」
身を翻そうとした瞬間。
ミノタウロスが突進してくる。
はやい!!
咄嗟にエルマさんを庇い左に避ける。
「くっ!」
ミノタウロスの手が俺の腕にかすった。
かすっただけなのに、この衝撃。
ヤバいぞ。
魔力を出し惜しみしている場合じゃない。
倍速を使い、エルマさんを抱えて全速で脱出。
なんとか逃走に成功した。