君と空に叫ぶ
私自身が普段しゃべっている言葉や方言を会話で使っています。わかりにくいところがあるかもしれませんが、お許しください。
例年に無く寒すぎる春の夕日の中、小さな町の駅前に長い影が二つ。自転車を押しながら歩く細長い影とスカートを揺らしながら歩く影。先日、高校の卒業式を終え、春休みのデートを満喫した二人は時間を惜しみつつも家路につく。
「一日中歩くと疲れるねー。欲しかった物もいっぱい買えてよかったけど。しゅんちゃんとお揃いの物買うのも初めてやね。」
そういいながら、アカリは携帯電話のストラップを指先でいじる。十字架がモチーフのシルバーアクセサリー風のデザイン。それより一回り大きな十字架が、しゅんちゃんのポケットからはみ出して揺れている。
「俺のが疲れてる気がするんやけど。完全に荷物持ちやん?」
「いいやん、しゅんちゃん体力あるし。それとも何?陸上部辞めたら一気に衰えちゃった?」
「俺はアカリとは違って、まだまだ若いし体力もあるんやで。チャリの後ろ乗れよ。家まで乗せてったる。」
「向きになっちゃって。ウチやってまだまだ元気やもん。」
しゅんちゃんは小さく笑って足を止める。
「向きになってんのはどっちだよ。足、靴ずれしてんじゃないの?素直に乗れよ。」
図星だった。アカリも立ち止まり、拗ねた子供のように下を向く。目に入るのは真新しいパンプス。まだその時は予定すらなかったが、いつか必ずその日が来る、とデートのために買っておいたもの。大きなリボンがポイントの黒いエナメルパンプスで、ヒールが高く大人っぽい感じもある。
背が低く童顔なアカリは、いつも実年齢より下に見られる。高校を卒業した今でも、中学生に思われるのは気に食わないし、なにより、同級生達の憧れの人といっても過言ではないほど、頭も顔も良く運動も出来る人気者、しゅんちゃんに似合うようになりたくて背伸びをした。その結果がこれ。
悲しいのか恥ずかしいのか、胸の中からなにかが溢れそうになったが、ぐっと堪えて、俯いたまま自転車の後ろに乗る。
「意地っ張り。ちゃんとつかまってろよ。とばすからな。」
アカリが肩につかまるのを感じるとすぐに勢いよく地面を蹴って走り出す。
駅からアカリの家までは距離があり、普段はバスを使う。とばすとは言っても20分はかかるだろう。道も狭く、所々溝の蓋すらない。家、田んぼ、空き地を繰り返す景色は夕日に赤く染まりだし、家につく頃には日が暮れているだろう。
「歩く事わかってんのに、なんで新しい靴なんか履いてくるかなぁ。ヒールの靴なんて慣れてないくせに。」
しゅんちゃんは笑いながら言う。その表情はよく見えないが、馬鹿にしてる、とアカリは思った。
「わかんないよ、しゅんちゃんには。ちっちゃい人間の気持ちなんて。」
「何言っとん?俺やってちっちゃいで。」
「180センチもあったら十分やん。」
まだしゅんちゃんは笑うのをやめない。何をいっても無駄な気がして、アカリは一度口をつぐんだ。
自転車は道端の雑草を揺らしながら、勢いよく走り続ける。
「あっ!星が出て来た。」
急にしゅんちゃんはさけび、自分の真正面を指差した。それにつられてアカリは顔を上げ、星を探す。沈んでゆく太陽の反対側はもう夜の色を纏い始めていた。
「な、ちっちゃいやろ?」
何の事かわからず、アカリは顔をしかめる。それを感じ取ったのかしゅんちゃんは話しを続ける。
「星ってさ、何年も前の光なんやで。何年ってレベルでもないな。何万年?俺らの寿命なんて100歳いけばすごいのに。」
「よくわかんないよ。」
「アカリがちっちゃいとか俺がおっきいとか、そんな話し自体がちっちゃいってこと。大自然には巨人だって敵わないんだから。」
話しの規模が大きすぎる、とアカリは思った。でも止めても聞かないことはよく知っている。
しゅんちゃんは昔から、地球や太陽、月といった宇宙に関する事が好きだった。
ニュースで獅子座流星群が見られると知ったときは、一緒に見に行ったこともある。水星の接近のときは、ずっと窓から夜空を見上げていたらしい。小学生の頃はいつも天体の図鑑などを見ていた。月に住みたいとか、宇宙人に会いたいとか、あまりにも大きすぎる夢を持っていた頃もあった。それらは夢でしかないかもしれないが、その夢に近づくことが今の夢でもある。
確実に現実味を帯びる夢。
しゅんちゃんの壮大な話を聞きながら、アカリはそう思った。思わず手に力が入る。
「どした?」話が一段落したしゅんちゃんはチラリと振り返る。夕焼けの眩しさはもうなかった。
「しゅんちゃんは、大学いくんやんな?遠くに行っちゃうんやんな?」
「何?いきなり。寂しいんや?」
「寂しいよ。だって、しゅんちゃん、夢に向かって頑張ってるやん。なのに…ウチは……」
「待っとれよ。俺が帰ってくるまで。まず一年。あかり就職するんやろ?仕事してたらすぐやって。」
「……」
涙を堪えるアカリを背に、しゅんちゃんは自転車を走らせ続ける。振り向かなくても、その悲しむ雰囲気は痛いほどわかってしまう。もちろん放っておくつもりはないのだが……。
しゅんちゃんは少し考え込んだ後、冷たい空気を一気に吸い込む。
そして、叫ぶ。
「待っとれ宇宙人!!いつかおまえに会いに行ったる!!」
「しゅんちゃん?」
戸惑うアカリを気にもせず、大きく息を吸って、もう一度。
「アカリー!!俺、夢叶えて、でっかい人間になるから!!浮気せんと待っとれよ!!」
びっくりした。もう家まで数百メートル。こんな場所で、冷静に聞けば恥ずかしくなるような内容を叫んだうえ、名前まで。だけど、答えたいとも思う。
アカリも負けずに肺へと空気を詰め込み、一気に絞り出す。
「待っとるよ―!!ウチも、一人前になるから!!頑張るからー!!」
近所迷惑だとも思う。恥ずかしいとも思う。
お互いに。
それでも大切な事のような気がした。
どちらともなく笑い出し、バランスを崩してこけそうになる自転車を必死で走らせ、家路を急ぐ。気付けばアカリの家はすぐそこだった。
ブレーキと同時に減速を始める自転車は、玄関の正面にピタリと止まる。
アカリは自転車の荷台から降りて、カゴに詰め込まれた買い物袋を受け取る。
「連絡とか頂戴よ。絶対やで?」
「わかってるって。アカリもな。」
「うん。」
「そうや、ええ事教えたろか?」
「何?」
「空はどこ行っても繋がっとるんやで。宇宙人とこにも、な?」
しゅんちゃんの冗談なのか本気なのか、本人としては恰好良くきめたつもりの台詞にアカリは可笑しくなる。
その姿に照れて逃げるように、しゅんちゃんは
「じゃあ」と一言発していつもと同じように自転車に乗って走って行った。
空を見上げれば輝く星が散らばっている。今なら、手を伸ばせば掬い取れるような気がした。
こんにちは、あららぎ慎駒です。最後まで読んで頂きありがとうございました。アカリ同様、小さいことが悩みの私。ちょっとした悪あがきのような気持ちから書き始めたものです。高校卒業という一つの節目。悩みも不安もいっぱいの時期でもありますが、新生活頑張りましょう。