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《純SFハイファンタジー》星を穿つ槍と、黄金のオムライス――放浪の戦術師とポンコツ戦闘メイド――  作者: ざつ


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第8話:決戦!聖女の祝福

 アエロ・パレスの雲海を抜け、一行の前方に現れたのは、中立地帯へと続く唯一の関門『国境の断橋』だった。

 そこには、今までの追走劇とは次元の違う「本気」の壁が築かれていた。


 地平線を埋め尽くすのは、帝国の最新鋭重魔導戦車『グラン・トータス』の隊列。

 その中央、指揮官席に立つハンス副官の目は、かつてないほど鋭く、そして深い絶望の色を湛えていた。


「……今回こそは、絶対に逃がしません。閣下がああなってしまった以上、私が失敗すれば即・辺境への左遷か、さもなくば不名誉除隊。文字通り、私の人生がかかっているんです……!」


 ハンスは胃薬を水なしで飲み込み、冷徹に旗を振る。

 ヴァネッサ団長は「婚姻届に血判を押すための儀式場」として後方でそわそわしていたが、実務はすべて、追い詰められたエリート・ハンスの手によって完璧に布陣されていた。


「包囲完了。……カイ、悪いがこれが組織に生きる大人の『背水の陣』だ。大人しく投降してくれ」


 前方を塞ぐ重戦車、上空を舞うリリ・シリーズ。

 『デリシャス・ワゴナー号』は、絶体絶命の包囲網に閉じ込められた。


「……まずいわね。今までのとは数が違いすぎる。流石にこの包囲を強行突破すれば、あたしのワゴナー号がスクラップになっちゃうわ!」


 ピノがハンドルを握りしめ、歯噛みする。

 リゼは光翼を最大出力で展開するが、足首の関節が嫌な音を立てていた。


「ご主人様。……私が自爆シーケンスを起動し、その隙に皆様を――」

「それしか解決策がないなら、俺が最初からお前を連れて逃げたりしない。リゼ、早まるな」


 カイが『論理眼タクティカル・アイ』で突破口を必死に演算する。

 だが、その焦燥を遮るように、後部座席で震えていたエルナがゆっくりと立ち上がった。


「……もう、嫌です。私のせいで、みんなが傷つくのも、騎士様たちが死んでしまったような悲劇を繰り返すのも……!」

「エルナ……?」


「私……みんなを守りたいです! たとえ、今ここでそのまま天国に召されることになっても構いません!」

「だから縁起の悪いことを言うなって! 死ぬのは禁止だ!」


 カイの叫びに呼応するように、エルナの全身から凄まじい黄金の魔力が溢れ出した。

 それは今までのような暴走ではない。彼女の純粋な願いが、周囲の魔導粒子を「奇跡」へと変換していく。


 ――その瞬間。戦場は、戦いの硝煙をかき消すほどの、圧倒的な「スパイスの香り」に包まれた。


 サフラン、カルダモン、シナモン……。

 エルナの魔力が活性化させた最高級のハーブの香りが、兵士たちの鼻腔を突き抜ける。


「な、なんだこの香りは……!? 戦う気力が……食欲に変換されていく……」

「……お腹が、空きました。お母さんの作ったスープが、食べたい……」


 重魔導銃を構えていた兵士たちが、うっとりとした表情で銃を降ろしていく。

 完璧だったハンスの布陣が、エルナの放つの芳醇な「多幸感あふれる芳香」によって、内部から崩壊し始めた。



「今だ、リゼ! エルナの魔力を吸収しろ! お前の出力パワーを論理の限界を超えて引き上げてやる!」

「了解です、ご主人様! ……メインシステムが聖なる香りに満たされました! 『聖メイドの、祝福バフ盛りクリーンアップ』!!」


 エルナの魔力を受けたリゼの光翼が、眩いばかりの黄金色に輝く。

 彼女は単騎で飛び出すと、戦意を喪失して棒立ちになった重戦車隊の上を舞い、その砲身を飴細工のように曲げて無力化していった。


「カーーイー!! 待ちなさい! ……ああっ、なにこの香り……! お腹が空いて、力が入らない……。でも、この香りに包まれてあんたに捕まるなら、それも一興……!」


 ヴァネッサが婚姻届を握りしめたまま膝をつく。

 ハンスもまた、あまりの理不尽な事態に「もう……いいじゃないですか……」と意識を遠い故郷の夕食へと飛ばしかけていた。


 ワゴナー号は黄金の光に包まれながら、国境の断橋を突破。中立地帯へと滑り込んだ。


 夜。安全なキャンプ地で、一行は勝利の余韻に浸っていた。


「リゼお姉様、すごかったです! 私の拙いお祈りに応えてくださって……!」

「ああ、エルナ……! なんて健気で愛らしい私の義妹いもうとなのでしょう! 今日の勝利は、お姉様の力というより、あなたのその清らかな祈りのおかげですわ。さあ、汚れた顔も可愛らしいですが、お姉様が綺麗にしてあげますからね。よしよし、いい子ですわ……」


 リゼはデレデレに目尻を下げ、エルナの鼻先についた煤をそれはもう慈しむように、優しく、そして執拗に拭ってやる。


「……ですが、勝利の後のご主人様への奉仕だけは、お姉様であっても譲りませんわよ? 愛の深さに関しては、私のメインフレームが世界一位と規定されていますからね」


 一方、キッチンではカイが特別な料理を仕上げていた。

 エルナの魔力が最高潮に達した際に、その衝撃でワゴナー号の鉢植えから一気に成長し、収穫された「聖女の祝福ハーブ」が添えられている。


「お待たせ。……聖女の祝福・黄金オムライスだ」


 最高級のサフランで色付けされたライス。その上には、エルナの魔力を吸って黄金に輝くトロトロの卵。  一口食べた瞬間、体中の魔力が再充填されるような、神聖な活力が全身を駆け巡る。


「おいひいです……! 私、初めて自分のお手伝いをした料理を食べました……!」


 エルナが涙を浮かべて喜ぶ。それを見たリゼが、火花を散らしてカイに詰め寄った。


「ご主人様! 次回は、私の装甲から採取した『愛の摩擦熱』で卵を焼いてください! 火加減の微調整なら、聖女様より私の方が精密ですわ!」

「お前、それただのオーバーヒートだろ。……ピノ、おかわりは?」

「……食べるわよ。……ったく、一千万の報酬どころか、これ一皿で世界が買えそうな味ね」


 中立地帯の静かな夜。

 彼らの旅は、ついでに救われた世界と、さらに重くなったヴァネッサの愛を置き去りにして、次なる美食の地へと続いていく。


(第9話へ続く)


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