第6話:断崖の追走劇と副官の胃痛
万能魔導装甲車『デリシャス・ワゴナー号』の目の前に、大陸の裂け目――グランドキャニオンが姿を現した。
底の見えない断崖絶壁が続く、この旅最大の難所だ。
「……ねえ、カイ。ちょっと聞きたいんだけど」
運転席でハンドルを握るピノが、バックミラー越しに後部座席のリゼを睨んだ。
「あんたのメイド、さっきから『次のオムライスの具材は何かしら』って百回くらい呟いてるんだけど。リゼ、あんたね、エネルギー源としての食事に依存しすぎなのよ。魔導炉の効率を考えたら、安定した魔力パックを直結した方がよっぽど――」
「ピノ様。それは『燃料』の話ですわ。私は今、『愛』と『至福』の補給について演算しているのです。ご主人様のオムライスは、私のメインフレームを黄金色に輝かせる唯一の奇跡。もしやピノ様、オムライスを食べずに人生を完結させるおつもりですか?」
「極端なのよ、あんたは! 重くなるから変なこと言わないで!」
その時、隣に座っていたエルナが、キラキラと輝く瞳でリゼの手を握りしめた。
「リゼお姉様、すごいです! 愛の力で魔導回路を輝かせるなんて……! その深い慈愛、もしかしてリゼお姉様は、機械のふりをした『隠れた聖女様』なのではありませんか!? 愛の力は聖女の力にも通じると教典にありました!」
「……聖女。……お姉様で、かつ聖女。……。悪くない響きですわね。今日から私の二つ名は『星穿つ聖メイド』ということで――」
「調子に乗るなリゼ。あとエルナ、こいつはただの食いしん坊な戦闘ドールだ」
カイの冷静なツッコミを遮るように、前方の狭い崖道に魔力の火花が散った。
銀色の自律人形兵『リリ・シリーズ』が整然と並び、魔導銃を構えている。
「……待ち伏せか。だが、ヴァネッサの気配がないな」
カイが『論理眼』で後方を走査すると、大型指揮車両の上で、大量の魔導鎖で椅子にぐるぐる巻きにされたヴァネッサが絶叫していた。
「は、離しなさいハンス! 私のカイがあんな狭い道で困ってるじゃない! 今すぐ助けに行って、どさくさに紛れて婚姻届に指印を押させるのよ!」
「閣下、黙ってください! 前回までの失敗はすべて閣下の公私混同が原因です! 今回は私が指揮を執ります。……リリ・シリーズ、フォーメーション・デルタ! 逃げ道を塞げ!」
ヴァネッサの「カイー!」という絶叫を背景に、胃薬を煽りながらハンスが完璧な包囲網を敷いていく。
「まずい、逃げ場がないわよ! ハンスの野郎、アカデミーの戦術演習通りの完璧な布陣ね!」
ピノが焦りの声を上げる。
崖道は狭く、左右は千尋の谷。前方からはリリ・シリーズによる精密な一斉射撃が迫る。
「……ひゃあああ! あう、右も左も崖です! 私、もうどこを向いていいのか……! ああっ、これも試練ですか!? カイ様、助けてくださいーっ!」
パニックに陥ったエルナが、運転席の隣に座るカイの腕に必死にしがみついた。
その瞬間、車内の温度が急速に低下する。
「――エルナ様。そこは、私がお守りする際にご主人様を固定するための『指定席』ですわ」
リゼの瞳が赤く発光する。
「ご主人様の背中および腕周りは、宇宙一のメイドである私がすでに終身予約済みです。今すぐ離れないと、聖女様といえど『粗大ゴミ』としてこの崖からパージいたしますわよ?」
「リゼ、やめろ。……エルナ、しっかり掴まってろ。ピノ、変形機構を使うぞ。……垂直登攀モード、起動!」
「了解! 壊れても知らないからね!」
ピノがレバーを引くと、ワゴナー号のタイヤから鋭い爪がせり出し、崖の壁面をガッチリと掴んだ。
装甲車が重力を無視して、垂直の壁を駆け上がり始める。
「なっ、壁を登るだと!? リリ・シリーズ、対空射撃に切り替えろ!」
ハンスが即座に指示を出すが、カイはそれを見越して「隙」を作っていた。
「リゼ、パージした外装パーツを崖下に叩き落とせ。……ハンスの予測誤差を、物理的に埋めるんだ」
「承知いたしました! ……『リゼの愛の特大不法投棄』!」
リゼが車体から分離した予備装甲を剛力で投げつけると、それはハンスの陣取る指揮車両の目の前で爆発的な煙幕を上げた。
煙幕の中、ハンスが次の一手を打とうとしたその時だった。
「――いい加減にしろと言ってるでしょーーっ!!」
凄まじい魔力の爆発。
自力で魔導鎖を引きちぎったヴァネッサが、剛剣を振り回して指揮車両の屋根を突き破り、あろうことか味方のハンスを谷底へ突き飛ばして乱入した。
「ハンス、私のカイに不法投棄なんてさせるんじゃないわよ! カイ、危ないわ! 今すぐ私が、その不気用なメイドごと抱きしめて安全なところへ――」
「閣下ぁぁぁ!? 味方の陣形を崩してどうするんですかぁぁ!!」
谷底へ落ちていくハンスの悲鳴。
ヴァネッサの乱入によってリリ・シリーズの連携が完全に崩壊し、ワゴナー号はその混乱に乗じて崖の上へと脱出した。
「……。……ハンス、強く生きろよ」
カイは遠ざかる谷底を眺め、同期の不運にそっと黙祷を捧げた。
夜。崖の上の安全なキャンプ地。
谷底でピノが採取してきた、透明度の高い巨大な「岩塩」が調理台の上に置かれている。
「……エネルギー効率は悪いかもしれませんが。……戦いの後は、やはりこれがないと私の回路が納得いたしません」
リゼが、まるで拝むようにカイの調理を見つめている。
カイは岩塩を砕き、最低限の出汁と合わせて煮詰め、シンプルながらも深い味わいの「塩だれ」を作った。
「お待たせ。……断崖の塩だれオムライスだ」
具材は岩塩と少しのハーブのみ。だが、素材の旨味を極限まで引き出した塩だれが、ふんわりとした卵の甘みをこれ以上ないほど際立たせる。
「……おいひいです……! しょっぱいのに、なんだか甘くて……不思議な味です」
エルナが天然の笑顔で頬張る。
リゼも一口食べるごとに、瞳のノイズが消えていく。
「……最高ですわ、ご主人様。……この塩加減、私のヴァネッサ団長への『しょっぱい気持ち』をすべて浄化してくれるようです。……おかわり、十回分お願いします」
「食べ過ぎだ。……ピノ、お前の分だ」
「はいはい。……ったく、こんな効率の悪い食事に付き合わされるなんてね。……(パクッ)……。……まあ、味だけは認めてあげるわよ」
遠く谷底から、ハンスの「もう辞めたい……」という泣き言が夜風に乗って聞こえてくる中、一行は温かな食卓を囲むのだった。
(第7話へ続く)
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