第3話:鉄屑の街の天才少女
空賊の魔導戦艦を退けた『セレスティア号』が、中立都市ギアシティの巨大発着場へとゆっくりと降下していく。
甲板には、救われた乗客や乗組員たちが集まっていた。
「英雄様、本当にありがとうございました!」
「あなたたちがいなければ、私たちは今頃雲の下でした!」
鳴り止まない拍手と感謝の嵐。
カイは気恥ずかしそうに頭を掻き、リゼはメイドらしく優雅に一礼して応える。
船長からは「今回の被害額はすべて帳消し、むしろお礼を支払いたい」と申し出があったが、カイは「壊した隔壁の修理代に充ててくれ」とだけ言い残し、人混みを避けるように船を降りた。
降り立った地、ギアシティ――通称「鉄屑の街」。
無数の巨大な歯車が街の壁面で回転し、至る所から高圧蒸気が噴き出している。油と金属の匂いが立ち込める、混沌とした迷宮だ。
「……リゼ、大丈夫か」
「申し訳ありませんご主人様。主人の一歩先を歩けないとは、メイドとして致命的な不覚……。ううう、いっそ私を分解して、ギアシティの不燃ゴミとして処理してください」
「極端なことを言うな。……そのための『メンテナンス』だろ」
リゼの指先からは、パチパチと青い火花が漏れている。
先の戦闘で『絶界突破』を無理に使用した反動だ。
彼女の歩調はどこか危うく、時折、演算エラーによるノイズが瞳を走る。
カイは迷わず、街の路地裏にある、ガラクタの山に囲まれたプレハブ小屋のドアを蹴り開けた。
「おい、ピノ! 生きてるか!」
「うるさいわね! せっかく精密ネジを締めてたのに、びっくりして飛んじゃったじゃない!」
小屋の奥から、油汚れのオーバーオールを着た小柄な少女が、巨大なレンチを担いで現れた。
ピノだ。十四歳という年齢にそぐわない、ふてぶてしいほどの自信を湛えた天才メカニック。
「なんだ、カイじゃない。帝国でエリート様やってるんじゃなかったの? ……って、そっちのべっぴんさんは誰よ。新型の高級ドール?」
ピノはリゼの顔を覗き込み、不敵にニヤリと笑った。
「もしかしてあんた、昔からモテなかったからって、自分好みのドールを愛玩用にしたわけ? まあ、そういうキワドイ趣味も、メカニックのあたしとしては嫌いじゃないけどさ」
「…………っ!」
リゼの顔が、瞬時に沸騰したヤカンのように真っ赤に染まった。
瞳の演算ログには『愛玩用』『趣味』『キワドイ』という単語がオーバーフロー状態で点滅している。
「……ピノ。お前、中身は本当に十四歳だよな? どこでそんな汚い大人の語彙を覚えてきたんだ」
カイが呆れ顔で尋ねると、ピノは鼻を鳴らして胸を張った。
「失礼ね。あたしはこれでも、ギアシティの荒波に揉まれて生きてんのよ。年齢なんてただの数字。経験値の差ってやつ?」
「馬鹿を言うな。それ以上言うと、そのレンチをへし折るぞ。……それとリゼ、お前もいつまで赤くなってる。こいつは俺の腐れ縁だ」
カイが全否定しつつ真顔で言い放つと、ピノは「はいはい、冗談よ」と肩をすくめた。
だが、その騒がしい再会を切り裂いたのは、工房へ無造作に踏み込んできた重苦しい足音だった。
「ピノ・ギアシティ。逃げ回るのもいい加減にしろ。貴様の技術は帝国の資産だ。……徴用命令に従え」
現れたのは、白銀の甲冑に身を包んだ帝国の徴用官たち。
背後には、銃を構えた十数人の兵士が控えている。
「断るって言ったでしょ! あたしは人殺しの道具を作るためにレンチを握ってるんじゃないの!」
ピノの叫びに、徴用官は冷酷に鼻で笑った。
「機械屋の分際で。貴様らのようなガラクタ漁りは、ドールと同じく『使う側』に隷属していればいいのだ。……特にお前、後ろにいるそのポンコツドール。見た目だけはいいが、火花を散らして、もうすぐ廃棄処分か?」
その言葉に、カイの脳内で何かが『ぷっちーん』と弾けた。
「廃棄処分……? ……リゼ。このゴミの山に、本物のゴミが混じっているようだ」
「……はい、ご主人様。……『お掃除』の、許可を」
リゼの瞳から感情が消え、冷徹な戦女神の光が宿る。
「やれ」
「――承知いたしました!」
リゼが床を蹴る。
本来ならマッハを超える機動だが、今の彼女は脚部の駆動モーターが時折ロックし、動きにわずかな『遅れ』が生じる。
「死ね、欠陥品!」
兵士が至近距離から銃を放つ。
リゼの回避がコンマ数秒、演算エラーで遅れる。
「リゼ、動くな! 左後方の鉄パイプを蹴り上げろ!」
カイの『論理眼』が、リゼの隙を完璧にカバーする。
カイが投げたボルトが弾丸の軌道をわずかに逸らし、その隙にリゼが跳ね上げた鉄パイプが兵士の頭部を正確に叩き割った。
「ぐ、あああっ!?」
「右から三人! リゼ、12インチスパナを指先に接続。出力は安定しないから、振り抜くんじゃない――反発係数を利用して跳ねさせろ!」
カイの精密な指示が、リゼの「不完全な状態」を戦術へと変える。
リゼがスパナを床に叩きつけると、彼女の暴走気味な電磁力がスパナを介して爆発。
ガキンッ、コンッ、ギィィィン!
スパナは工房のガラクタを跳ね回り、予測不能な軌道で次々と兵士を無力化していく。
だが、徴用官が隠し持っていた魔導拳銃を引き抜いた。
リゼは次の敵を倒した直後の、致命的な硬直に陥っている。
「終わりだ、人形風情が!」
「――終わるのはお前だよ」
カイが床に落ちていた重量級のレンチを拾い上げ、論理眼が弾き出した「重心の特異点」を一点突破で投げつけた。
レンチは拳銃の銃口を真っ向から粉砕し、そのまま徴用官の喉元を強打する。
「ぐ……は……っ!?」
膝をつく徴用官。その目の前に、リゼが静かに舞い降りた。
その脚はまだ小刻みに震えているが、彼女の拳は確実に徴用官のヘルメットへと添えられた。
「……私のメンテナンスが不足しているのは事実です。ですが――」
リゼのデコピン一発。
ひしゃげたヘルメットと共に、徴用官は工房のガラクタの山へと吹き飛んだ。
「……ご主人様のフォローさえあれば、私は宇宙一のメイドなんですわ」
「ふう……。ったく、カイ。あんた、相変わらず無茶苦茶な戦い方するわね」
ピノが散らかった工房を見渡して息をつく。
「ピノ。帝国の連中が嗅ぎつけた以上、ここにはいられないぞ」
「わかってるわよ! ……あたしも腹をくくるわ。あんたたちの『足』、貸してあげる。……いいえ、あたしもついていく!」
ピノが工房の奥にある巨大なシャッターを跳ね上げた。
そこに鎮座していたのは、戦車のような重装甲を持ちつつ、屋根には巨大なキッチンの換気扇が回る、異形の万能魔導車。
「万能魔導装甲車『デリシャス・ワゴナー号』! これさえあれば、帝国の封鎖網だってぶち抜けるし、最高のご馳走だって作れるわよ!」
「……凄まじい執念を感じますわ。特にあの、グリルの焼き加減に命をかけたようなセラミックコーティング……」
リゼがまじまじと観察する中、ピノのお腹がぐぅ、と鳴った。
「あー、戦ったら減った! カイ、とりあえずあたしの門出に何か作りなさいよ!」
「……はいはい。キッチンを借りるぞ」
カイはワゴナー号のキッチンに立ち、ギアシティ特産の『高圧蒸気米』を鉄板に広げた。
廃熱を利用した極厚の鉄板が、ジュウゥ、と食欲をそそる音を立てる。
「リゼ、卵を。……いいか、殻を砕くんじゃないぞ。精密に取り出せ」
「了解です、ご主人様。……精密、出力……えいっ」
リゼが指先から細い魔導カッターを出し、機甲竜の硬い卵の殻を円状に切り抜く。
溢れ出した濃厚な黄金の液が、真っ白な米を包み込んでいく。
カイが手早くコテを操り、パラパラのライスをふんわりとした黄金色の卵で包み込む。
仕上げに、ピノ特製のスパイシーなソースをかければ完成だ。
「お待たせ。鉄板オムライスだ」
「いっただっきまーす!」
ピノが豪快に頬張る。
「熱っ! でも、なにこれ……! 蒸気米の弾力と、卵のコクが鉄板で焼かれて香ばしくなって……たまんない!」
リゼも幸せそうにハフハフと食べ進めるが、ふと、カイの袖をぎゅっと掴んだ。
「……ご主人様」
「ん? どうした」
「……先ほどのピノ様の言葉。……『愛玩用』ではありませんが、私の心のメインテナンスは、永久に『ご主人様専用』です。……それだけは、忘れないでくださいませ」
リゼはまだ少し赤い顔で、熱いオムライスを一口、大切そうに口へ運んだ。
ワゴナー号のエンジンが、力強い重低音を響かせて始動する。
鉄屑の街を後にし、一行は広大な荒野へと走り出す。
その先で、香辛料の香りを漂わせた「迷子の聖女」が待っていることを、まだ彼らは知らない。
(第4話へ続く)
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