第16話:赤砂の洗礼、スパイスの迷宮
上空からは太陽が焼き、足元からは熱を帯びた赤砂がワゴナー号のタイヤを飲み込もうとする。
『サン・ド・ラ・メール』。海の大陸と呼ばれるその地は、皮肉にも見渡す限りの死の世界だった。
「……あ、暑いです。冷却水が、沸騰してしまいそうですわ……」
リゼが珍しく弱音を吐き、あろうことかメイド服のスカートの裾を掴んでバタバタと仰ぎ始めた。
本来は鉄壁の防御を誇る彼女だが、砂漠の熱気は内部回路に直接ダメージを与えているようだ。
「……マスター、機体温度、危険域。……同調します」
それを見たゼロも、無表情のままリゼの真似をしてスカートをパタパタと振り始める。銀色の髪を汗で濡らしながら、2体の高性能ドールが並んでスカートをはためかせる光景は、シュールの一言に尽きた。
「ちょっと! やめなさい! 何なのその、はしたない格好は! いくら人形だからって、私のカイの前でそんな破廉恥な振る舞い、帝国騎士団長として……いいえ、未来の妻として断固禁止よ!」
ヴァネッサが顔を真っ赤にして立ち上がり、狭い車内で身を乗り出す。
「閣下。叫ぶと余計に体温が上がって、車内の不快指数が跳ね上がります。……それに、はしたなさで言えば、先ほどからカイ殿の腕に絡みついている閣下の方が数値的には上かと」
「うるさいわねハンス! これは『生存のための接触』よ!」
「文句を言うな。エルナの目的地を割り出すには、この砂漠を抜けるのが非論理的ながら最短ルートだ」
カイが魔導タブレットを睨みながら、騒がしい後部座席を一喝した。その横で、エルナが「あうぅ……」と声を漏らす。
「カイ様……なんだか、お腹のあたりがムズムズして……あ、カレーの匂いがしますぅ!」
「カレー? 何を言って――」
カイが言いかけた瞬間、ワゴナー号の周囲の砂が爆ぜた。
砂中から飛び出してきたのは、褐色の肌に刺青を刻んだ、筋骨隆々の戦士たち。砂漠を支配する民『砂族』だった。
「――よそ者が、我らが聖域を汚すか。……灰に帰れ」
彼らは魔導兵器を持たず、代わりに袋から奇妙な粉末を撒き散らした。
「お掃除いたします! ――えっ、目が、視覚センサーがノイズだらけですわ!?」
「……。粒子攪乱。……解析、不能」
リゼの槍は空を切り、ゼロの狙撃もあらぬ方向へ飛ぶ。砂族の放つ「薬草スパイス」の煙は、最新鋭ドールの光学センサーを完全に無力化していた。さらに彼らは砂を泳ぐように移動し、死角から原始的な槍を突き立ててくる。
「ピノ、足元の振動を拾え! 車体の底のセンサーを最大出力で増幅しろ!」
「わかってるわよ! ――捉えた、座標(3, -12)! 砂の中よ!」
「リゼ、ゼロ! 視界を捨てろ! ピノの送る振動データに従って、砂中へ45度の角度で貫通弾を叩き込め!」
リゼが槍を砂地へ突き立て、ゼロがその隙間に魔力弾を流し込む。
ドォォォォン!!
砂が噴水のように噴き上がり、砂中に潜んでいた砂族の戦士たちがたまらず飛び出した。
「……ほう。鉄の人形を操り、我らの潜伏を見抜くか」
戦士たちの間から、一際巨大な体躯を持つ男――族長バルザスが現れた。
「だが、武勇だけではこの地は生きられん。この砂漠で最も尊いのは、命を繋ぐ『食』の力。……貴様ら、我ら砂族と『料理』で語る度胸はあるか?」
◇◆◇◆◇
数分後。ワゴナー号の横に即席の調理台が組まれた。
対決の条件として、一行は砂族から「正装」として用意された衣装に着替えさせられていた。
最初に現れたのはリゼ、そしてその影にぴったりと寄り添うゼロだった。
「……ご主人様。あの、……いかがでしょうか?」
リゼは、宝石が散りばめられた蒼いシルクの踊り子衣装。
「……マスター。……最適化(お着替え)、完了しました」
ゼロはリゼと対になる銀色の衣装。
2体のドールの眩いばかりの露出と、砂漠の熱気に火照った肌。それを見た周囲の砂族の戦士たちが「お、おおお……!」「太陽の双子女神だ……!」と、槍を地面に叩いて一気にボルテージを上げ始めた。
「あうぅ……私、こんな格好……」
続いてエルナが、羞恥に顔を染めて現れた。腰回りが大胆に開いた薄絹のドレスは、彼女の清純さを危ういほどに引き立てている。
「ちょっと待ちなさい! 真打ち登場よ!」
ヴァネッサが、深紅の布地で曲線美を強調した女王のような衣装で現れ、カイの目の前でポーズを決める。
「カイ! 見なさい! この圧倒的な『正妻』の風格! どっちがあなたの横にふさわしいか、これで一目瞭然でしょう!?」
「いいえ、ご主人様の隣は専属メイドである私の定位置ですわ! この衣装、意外と可動域が広くてお掃除……もとい、誘惑にも適していますわ!」
「……。……お姉様の隣は、私のバックアップ領域です。ヴァネッサ、あなたはメモリエラー扱いです」
「なんですって、この銀ピカ共! 表へ出なさい!」
リゼとヴァネッサが火花を散らし、戦士たちは「いいぞ! もっとやれ!」「砂漠の華の競演だぁぁ!」と野太い声で叫び、もはやお祭り騒ぎの様相を呈していた。
「……あたし、絶対あとでこれのレンタル料請求するからね」
ピノが短パンに胸元を縛っただけの姿で、真っ赤な顔をして鍋を叩く。
カイは論理眼で全員の数値をスキャンし、淡々と答えた。
「……砂漠の排熱効率を考えれば、極めて合理的な衣装だな。全員、熱暴走率は許容範囲内だ。合格だ」
「「「「……感想! 数値じゃなくて感想を言いなさいよ(ですわ)(ですぅ)(この堅物ーっ)!!」」」」
ヒロイン4人の怒号と、砂族の戦士たちの熱狂。
もはや砂漠の気温以上の熱気が渦巻く中、族長バルザスが拳を突き上げた。
「うむ! 素晴らしい! これぞ命の輝き! さあ、この熱狂を味に変えろ!」
◇◆◇◆◇
余興を終えて、料理対決の火蓋が切られた。
バルザスが作るのは、砂漠の魔獣の肉を100種類のスパイスで煮込んだ『灼熱の魂煮込み』。
対するカイが手にしたのは、エルナの魔力が反応して生み出した、未知の芳香を放つ真っ赤な香辛料だった。
「リゼ、卵を3つ、今度は『片足』で割ってみろ。ゼロ、火力の精密制御をお前に任せる。1200度を0.1秒単位で維持しろ」
「了解ですわ、ご主人様! ――えいっ、トウッ!」
「……。……熱量固定。……完璧です、マスター」
カイの振るフライパンの中で、真っ赤なスパイスとライスが激しく踊る。
エルナの魔力が周囲の空気を振動させ、さらに香りを増幅させていく。
完成したのは、見る者すべてが汗を流すほど鮮やかな紅に染まった一皿。
『灼熱スパイスの激辛レッドオムライス』。
族長バルザスが、恐る恐るスプーンを運ぶ。
「…………。……ぬ、ぬおおおおおおおおっ!!」
バルザスの背後で、砂の竜巻が巻き起こった。
「熱い! 痛い! ――だが、その後に来るこの圧倒的な旨み! 砂漠の太陽をそのまま胃袋に流し込んだかのような……命の熱動だ!」
カイもまた、バルザスの煮込みを口にする。
「……なるほど。土地の厳しさを知る者でなければ出せない、深い『苦み』の使い道だ。俺の論理にはなかった変数だ」
判定は――引き分け。
砂族の戦士たちは槍を収め、拳を胸に当てて一行を敬った。
「見事だ、外の民よ。これほどの熱き味を作る者に、悪人はおらん。……我らの村へ招待しよう。今夜は宴だ!」
「やったわね、カイ! さあ、村に行ったら、もっと良い衣装を要求しましょう!」
ヴァネッサがはしゃぐ中、カイは真っ赤なオムライスの残骸を片付けながら、ポツリと独り言を漏らした。
「……。……少し、スパイスを入れすぎたか。計算では胃壁へのダメージが懸念されるな」
「あうぅ、お腹が熱いです……でも止まりません……!」
一行を乗せたワゴナー号は、砂族の先導に従い、蜃気楼の向こう側にある村へとゆっくりと進み出した。
(第17話に続く)
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