第15話:海底都市の別れと、陸への浮上
海底都市ルルイ・ドームの『蒼の神殿』。
そこには、修復と調整を終え、以前にも増して神聖な輝きを放つリゼの姿があった。
ルルイの古代技術によってメインコアのバイパスが最適化され、彼女の魔導出力は理論上、従来の180パーセントにまで跳ね上がっている。
「……どうだ、リゼ。回路に違和感はないか?」
カイが論理眼を走らせながら尋ねると、リゼは軽やかにスカートを翻し、1回転してみせた。
「はい、ご主人様! 以前よりも世界がクリアに見えます。……それに、今の私なら、オムライスの卵を『片手で3つ同時』に割れる気がいたしますわ! えっへん!!」
「……戦闘スペックの向上を、家事に全振りしようとするな」
カイがため息をつく横で、長老が古びた革表紙の書物を差し出した。
「戦術師カイ。これは我が都市に伝わる『予言の書』だ。お前たちの行く先には、さらなる過酷な試練が待ち受けているだろう。その娘を……リゼ・アズール様を、最後まで頼んだぞ」
「……ああ。俺のメイドを、これ以上勝手な予言に振り回させはしない」
カイがその書を無造作に懐へ収めたとき、神殿の床を揺らす激しい振動が走った。
「――警告! ドーム上層の魔導障壁に攻撃を検知! 帝国軍の追撃艦隊です!」
ピノの叫びが通信機から響く。
一行は急ぎ、ゲートに待機させていたデリシャス・ワゴナー号へと駆け戻った。
◇◆◇◆◇
ルルイ・ドームの出口ゲート。
そこには、本国から派遣された最新鋭の重巡洋艦3隻と、数百体の自律ドール『リリ・シリーズ』が包囲網を敷いていた。
「……ちょっと! あのリリたち、私の指揮系統を無視してるわ! 本国が勝手に動かしてるんだわ!」
ヴァネッサが窓の外を睨みつけながら憤慨する。カイを連れ戻す任務を自分から取り上げ、武力でねじ伏せようとする帝国のやり方に、彼女のプライドが火花を散らしていた。
「閣下、当然の報いです。無断での潜水艦徴用、度重なる任務放棄、そして婚姻届の乱造……。本国があなたを『反逆者』あるいは『重度の混乱状態』と判断した可能性はほぼ100パーセントですよ」
ハンスが淡々と、しかし容赦なく事実を突きつけると、ヴァネッサは「愛は狂気なのよ!」と叫んで地団駄を踏んだ。
「リゼ、ゼロ。……行くぞ。私的な痴話喧嘩に付き合っている暇はない」
カイが静かに告げると、ワゴナー号のハッチが勢いよく開いた。
「お掃除の時間ですわ!」
リゼが蒼い光を纏い、弾丸のような速度で深海を蹴った。
「……了解。ナンバー・ゼロ、視界共有を開始。戦術支援に移行します」
その後ろで、ゼロが指先を銃身へと変形させ、リゼの影を追う。
前方から迫るリリ・シリーズ、まずは3機。リゼの槍が蒼い残像を描いて一閃。
「まずは1機! 2機目もついでですわ!」
1撃で2機の首を撥ね飛ばすが、残る1機がリゼの死角、真後ろから熱振動ブレードを突き出す。
「――遅い。予測範囲内です」
ゼロの精密狙撃が、リゼを刺そうとしたリリの核を正確に撃ち抜いた。
「ナイスですわ、新入り! 左舷の5機、まとめて蹴散らしますわよ!」
「了解。弾道を補正……『反射角』をご利用ください、お姉様(仮)」
「今、お姉様って言いましたわね!? よろしいですわぁぁあああ、乗ってあげますぅぅぅううう!」
リゼが槍をプロペラのように回転させ、ゼロが放つ高出力の光弾をあえて槍の面で「反射」させる。
カイの論理眼が弾き出した座標へ、リゼが反射させた光弾が降り注いだ。
ドォォォォォン!!
一気に4機が藻屑と化す。
「あと4機! リゼ、右だ!」
カイの指示と同時に、リゼはゼロの肩を足場に跳躍した。
「……同調率、98パーセント。加速を付与します」
ゼロがリゼの足元に魔力ブーストを叩き込み、リゼの速度がさらに跳ね上がる。
蒼い流星と化したリゼが残りの4機をすれ違いざまに細切れにし、敵ドールの残骸が花火のように散った。
だが、その爆炎を突き抜け、1機のリリ・シリーズがワゴナー号のハッチへと肉薄する。
リゼとゼロの包囲網を潜り抜けた、執念の特攻。
「ひいっ! 死ぬ、死にますぅぅ!」
エルナが目を覆った、その時だった。
「――うるさいわね。私の特等席で暴れないでくれる?」
鋭い金属音。
ハンスの隣で、狭苦しそうに丸まっていたヴァネッサが、いつの間にかハッチの隙間から身を乗り出していた。
その手には、真紅の鞘から抜かれた軍刀が握られている。
目にも留まらぬ速さの1閃。
ワゴナー号に飛びかかろうとしたリリ・シリーズは、抵抗する間もなくその核を正確に真っ二つにされ、水中で爆ぜた。
「え……? ヴァネッサさん、今、何を……?」
呆然とするエルナ。カイも、わずかに目を見開いている。
「……忘れたの、カイ? 私はこれでも帝国士官学校を次席で卒業したのよ。特に格闘術と近接剣技は、同期で断トツの1位だったんだから。……まあ、筆記(戦略論)であなたにボロ負けしたから2位だったんだけど」
「……そういえば、そうだったな。お前の剣だけは、数値化しきれない揺らぎがあった」
カイが苦笑する。いつもはポンコツな恋する乙女だが、彼女は帝国最強の騎士団長なのだ。
「ヴァネッサ様、かっこいいですわ! でも、美味しいところは譲りません!」
リゼが戦場の中央で槍を掲げる。
「リゼ、トドメだ! 座標(124, 089)! 蒼穹の出力を収束させろ!」
「承知いたしました! ――これが今の私の、最大火力ですわ!」
『蒼穹のベクトル粉砕』!!
ドォォォォォォン!!
海面を内側から爆発させるような衝撃波が、敵艦隊の竜骨を無慈悲に粉砕する。
海水が割れ、光の柱が天を貫いた。
水しぶきを上げ、ワゴナー号が数週間ぶりに地上――海面へと躍り出た。
ハッチが開くと、潮風と、そして焼け付くような熱い風が吹き込んでくる。
目の前に広がっていたのは、見渡す限りの赤茶けた大地。
「……ついたわ。ここが、エルナの故郷があるという『サン・ド・ラ・メール』大陸……の大砂漠地帯よ!」
ピノが真っ赤な太陽を睨みながら、さっそく「日焼け止め」のボトルを取り出した。
「ちょっと、あんたたち! 砂漠の日差しは命取りなんだから! ほら、塗りなさい!」
「あうぅ、ピノ様、私もお願いします! カイ様、背中、塗ってくださいますか……?」
エルナがおずおずと服の襟を広げると、隣でリゼが対抗心を剥き出しにして割り込んだ。
「待ってください! メイドとしての肌のケアは、ご主人様の管理下にあるべきですわ! さあご主人様、私のこの……以前より少しだけ出力が高まってスベスベになった装甲に、たっぷりと塗りたくってくださいませ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 功労者の私を差し置いて、何いちゃついてるのよ! カイ、まずは私よ! 私の肩の筋肉をほぐしながら、丁寧に塗るのが筋でしょう!?」
狭い車内で、女性3人がカイを取り合って揉み合う。
ハンスはさらに隅へと追いやられ、もはや「へのつっぱり」ほどのスペースも残っていない。
「……分析完了。……紫外線の波長、およびお前たちの耐久値から計算して、お前たちは自分で塗るのが最も効率的だ。……それから、ハンスが潰れる。さっさと離れろ」
「「「「……非論理的ですわ(ですぅ)(なのよ)(鬼ーっ)!!」」」」
4人の悲鳴を余所に、カイはすでに大陸の奥地へと続くルートを算出していた。
◇◆◇◆◇
砂漠の夕暮れ、ワゴナー号は岩陰に身を隠し、束の間の休息を取っていた。
外は灼熱だが、魔法で空調の効いた車内には、キッチンから漂う濃厚な海の香りが充満している。
「さあ、激闘の後のスタミナ補給だ。……ルルイの贈り物を使った、『海鮮・豪華二段オムライス』だ」
カイが並べたのは、巨大な深海魚のムニエルが、ライスの壁の如く二段に重ねられた逸品だ。
その頂点には、ルルイ特産の濃厚な雲丹ソースをイメージした黄金のスパイスソースが、マグマのようにトロリと流れ落ちている。
「見てください、ご主人様! 卵、片手で3つ……完璧に割れましたわ!」
リゼが誇らしげに、しかし少しだけ黄身を袖に飛ばしながら宣言する。 「ああ。……少し無駄が多いが、卵のふわふわ感は以前より増している。一応、合格だ」
「……んーっ! 砂漠の乾燥した喉に、この魚の脂と濃厚なソースが最高に染みるわ……! カイ、あんたの料理、やっぱり帝国を捨てる価値があったわね」
ヴァネッサが軍刀を置き、なりふり構わず大口でオムライスを頬張る。
「……生きててよかったです。このオムライスのためなら、軍法会議なんて……」
ハンスも涙を流しながら、空腹を満たしていく。
リゼは、隣でじっと皿を見つめるゼロに、一口分を切り分けて差し出した。
「ほら、妹分。……お姉様からの、勝利のご褒美ですわ」
「……。……解析不能な多幸感を確認。……美味しい、です。お姉様」
リゼは一瞬驚いたように目を見開き、それから今までで一番満足げな笑顔を浮かべた。
ワゴナー号は砂塵を上げ、黄金の光に照らされた砂漠の地平線へと、新たな家族を乗せて走り出した。
(第16話に続く)
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