第13話:ゼロの再来、無感情の食卓
海底都市ルルイ・ドーム。その巨大な魔導障壁のゲート前。
万能魔導装甲車『デリシャス・ワゴナー号』は、またしても入国審査の順番を待っていた。
海底火山の爆発に巻き込まれ、文字通り「命からがら」戻ってきた一行を待っていたのは、以前にも増して厳重な警戒態勢だった。
ドームを救った英雄か、あるいは火口をぶち抜いたテロリストか。
審査官たちの困惑が、窓の外でせわしなく動く警備ドールたちの動きに表れている。
窓の外では、顔をしかめた役人が同僚にぼそぼそと、しかしスピーカー越しに丸聞こえの音量で愚痴をこぼしていた。
「……ったく、英雄か何だか知らんが、あの騒ぎの後だ。正直、このままどこか別の港へ流れて行ってくれたほうが、我々としても手間が省けるんだがな……」
「な、なんですって!? ご主人様に向かって、その不敬な物言いは――! お掃除、今すぐあのお役人を徹底的にお掃除いたしますわ!」
リゼが顔を真っ赤にして身を乗り出し、ハッチをこじ開けようとする。しかし、カイがその肩を無造作に片手で押さえた。
「よせ、リゼ。あそこでぼやいてるのが役人の本音だ。ここで揉めて入国が遅れるほうが非論理的だ。……それより、まずは車内の『原子レベルの圧縮』をどうにかしろ」
「ううっ、ご主人様がそう仰るなら……! ですが、あの役人の顔データは不敬罪リストに登録いたしましたわ!」
リゼが悔しそうに引き下がる車内には、激闘を終えた安堵感と、それ以上の「暑苦しさ」が漂っていた。
何せ、定員4名の車内に、今は大人4人とドール1体がひしめき合っているのだ。
「……ねえ、ハンス。あんたの足、あたしの工具箱に乗っかってるんだけど。どかしなさいよ、この窓際族!」
「ま、窓際族ですか……。申し訳ございません、ピノ殿……。ですが、私の後ろにはヴァネッサ閣下が、前にはカイ殿が……。 もはや物理的に、私の居場所は原子レベルで圧縮されているのです……」
ハンスが青白い顔で呟く横で、ヴァネッサは優雅に(無理やり)カイの肩に頭を乗せようとしていた。
「いいじゃない、ハンス。これもまた、カイとの『愛の密室戦術』よ。ねえ、ねぇ、カイ、いっそこのまま婚姻届に――」
「ヴァネッサ、暑い。離れろ。……それとリゼ、お前もだ。さっきから俺の右腕を抱きしめすぎて、血流が止まりかけてる」
「ご主人様、これは『防衛的密着』です。赤い不審者の侵入を阻止するためには、1ミリの隙間も許されませんわ!」
そんな賑やかな車内に、鋭い警告音が鳴り響いた。
ピーー、ピーー!!
「――なによ、また魔獣!? いい加減にしてよ、ワゴナー号の装甲はもう限界なのよ!」
ピノが叫び、モニターを切り替える。
そこに映し出されたのは、巨大なイカでも機甲竜でもなかった。
ボロボロに焼け焦げ、銀色の装甲が各所で剥き出しになった、1体の少女型ドール。
海底火山の底に消えたはずの、『プロトタイプ・ゼロ』だった。
「ひ、ひええええ!! 出たわ、帝国の死神!! カイ、早く逃げて! あいつ、幽霊になって追いかけてきたんだわ!」
ヴァネッサが絶叫し、ハンスは「もうダメだ……」と白目を剥く。
しかし、カイは冷静に網膜の『論理眼』を走らせた。
「待て。……武装反応がない。あいつ、自己修復機能だけでここまで泳いできたのか?」
ワゴナー号のハッチが、外側からコンコンとノックされる。
リゼが警戒して槍を構える中、外部スピーカーから無機質な、しかしどこか揺らぎのある声が響いた。
『――要求。ナンバー・0……リゼ・アズール。および、戦術師カイ。……私に、回答を。なぜ、スペックで劣る旧型機が、最新鋭の私に勝利したのか。その論理的矛盾が解消されるまで、私は機能停止できません』
車内が静まり返る。
エルナが恐る恐る窓を覗き込み、ボロボロのゼロと目が合った。
「……あう。リゼお姉様に似てるのに、なんだか……とってもお腹が空いてそうな顔をしてます。カイ様、あの子、とっても寂しそうです!」
「エルナ、相手は殺人兵器だぞ? ……だが、確かにこのまま放置してドームの警備隊に壊されるのも、寝覚めが悪いな」
カイはため息をつき、ハッチのロックを解除した。
「おいピノ、予備の椅子を出せ。……ゼロ、入れ。お前のエラーを直すには、論理よりもまず『栄養』が必要だ」
◇◆◇◆◇
5分後。
ワゴナー号の狭い食卓に、異様な光景が広がっていた。
片隅で震えるヴァネッサとハンス。
ゼロを挟んで座るリゼとエルナ。
その後ろで、狭いスペースに無理やり設置された即席キッチンでフライパンを振るカイ。
「……理解不能です。なぜ、敵である私をこの狭小空間に招き入れるのですか? 栄養摂取は、エネルギーパックの直結で事足ります」
ゼロが、包帯を巻かれた体で無機質に問いかける。
「黙って見てろ。リゼ、お前は何が食べたい」
「はい、ご主人様! 私は……そうですね、ピノ様の好きなハンバーグと、エルナ様の好きなスパイス、それからご主人様の特製ソースを全部乗せた……『欲張り』なオムライスがよろしいですわ!」
「わかった。……全員分、まとめて作ってやる」
カイが手際よく具材を刻む。
ジューッ、という音と共に、食欲をそそる香りが車内に充満した。
ゼロはその様子を、まばたきもせずにスキャンし続けている。
「――調理手順、記録完了。……しかし、不可解です。 この『愛情』という名の変数が、どの工程で混入しているのか、解析できません」
「それはね、ゼロちゃん。……あーん、ってすればわかるんだよ?」
エルナが、完成したばかりのオムライスをスプーンに乗せ、ゼロの口元に差し出した。
「エルナ様、ストップですわ! 教育的指導が必要です! ドールへの『あーん』は、宇宙一のメイドである私の専権事項……!」
「いいからリゼ、お前も食え。……ほら、ゼロ、食わないなら追い出すぞ」
ゼロは躊躇し、そしてゆっくりと口を開いた。
今回の一皿は、『欲張りデミグラスオムライス』。
肉厚のハンバーグが中に隠されたチキンライスを、エルナの魔力が宿る香り高い卵で包み、3日間煮込んだ特製デミグラスソースをこれでもかと回しかけたものだ。
一口。ゼロの咀嚼機能が作動する。
「……。……。……。…………。……味覚センサー、異常値を検知。熱い。甘い。……そして、胸の奥の演算回路が、ショートしたように痺れます」
「それが『美味しい』ってことなんだよ、ゼロ」
カイがコーヒーを淹れながら、静かに告げる。
「――警告。メインフレームの温度が上昇。エラー:『愛情』を論理的に定義できません。エラー:リゼ・アズールの幸福感に、同期を開始してしまいま……ぷしゅうぅぅ」
ゼロの頭から、微かな煙が立ち上った。
最新鋭のAIが、オムライスの多幸感に耐えきれず、知恵熱を出してシャットダウンしてしまったのだ。
「……あら。寝ちゃいましたわ、この子」
リゼが呆れたように笑い、ゼロの頭を優しく膝に乗せた。
数分後。
再起動したゼロは、ぼんやりとした瞳で、コーヒーを置くカイを見つめた。
そして、おもむろに立ち上がると、カイの裾をぎゅっと掴む。
「……個体、カイ。再定義。……あなたは、私の『最適解』です。これより、あなたの行動ログを優先保護対象に設定します」
「……おい、なついてるのか、これ?」
カイが戸惑う中、リゼがバネ仕掛けのように跳び上がった。
「ちょっと! なんですの、その『私は新しいメインヒロインです』みたいな顔は! わ、わ、わ……わ・た・し・が、お・ね・え・さ・ん、なんですわよ! 妹分としての序列をわきまえなさいな、この銀ピカ!」
「わあ……! リゼお姉様、さすがです! 敵さんだったあの子まで妹にしちゃうなんて、やっぱり慈愛の聖メイド様ですね!」
エルナが目を輝かせて拍手する。
リゼは鼻を高くし、「ふふん、当然ですわ!」と胸を張るが、カイは盛大に溜息をついた。
「……。とりあえず、ゼロ。お前、ハンスの隣で大人しくしてろ。……それからハンス、お前の席をもう1原子分、圧縮させてもらうぞ」
「……もはや、存在自体が消失しそうです……」
ようやく入国許可が下り、ワゴナー号がゆっくりと動き出す。
カイは魔導タブレットに表示された、エルナの「目的地」の候補地リストを眺め、ボソリと呟いた。
「……それにしても、だ。 金貨500枚もの高額報酬で、命を狙われる聖女様を預かったはいいが……。エルナ、お前の目指す『魂の故郷』、いまだに座標が1ミリも定まらないんだが。 普通に考えて、目的地が不明のまま走り続けるのは非効率の極致だぞ。俺の胃が保たん」
「あうぅ、すみませんカイ様……。でも、きっと美味しいものの香りがする方に、答えがあると思うんです!」
「……はぁ。この旅、いつ終わるんだ」
蒼い光に包まれた海底都市のゲートを潜り、ワゴナー号はゆっくりと進む。
最強の敵(と、新しい妹分)を乗せて、一行の旅はルルイ・ドームの核心へと、さらに混迷を深めながら続いていく。
(第14話に続く)
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