第12話:海底火山の激闘
深海、水深6000メートル。ルルイ・ドームのさらに底。
そこは、蒼い静寂が支配する海底都市とは対極の、赤黒い熱情が渦巻く世界だった。
万能魔導装甲車『デリシャス・ワゴナー号』の窓の外では、煮えたぎるマグマが海水と触れて爆ぜている。
無数の気泡と熱水噴出孔が、視界を遮っていた。
「……あちちち。ねえ、あたしのワゴナー号の耐熱塗装、溶け始めてるんだけど! 帰ったら特別手当、金貨300枚は請求させてもらうわよ!」
ピノが汗だくになりながらハンドルを握り、温度計の数値を睨みつける。
「ピノ様、計算が甘いですわ。『姫騎士』としての私の品位と、ドレスのフリル1枚1枚の修繕費を加えれば、国家予算レベルの請求になります」
リゼは涼しい顔で答えるが、その脚部関節からは火花が散っていた。
過酷な水圧と熱に、その強靭な肢体さえ悲鳴を上げているのだ。
「いいから黙って操縦に集中しろ。……ヴァネッサ、お前もだ。いつまでそこに座ってる」
カイが背後を振り返る。
そこには、なぜかちゃっかり後部座席に陣取り、扇子で顔を仰いでいる真紅の騎士団長がいた。
「カイ……。そんなに冷たくしないで。私、もう帝国には帰れないの。ハンスが『閣下が勝手に潜水艦を持ち出したせいで、私は軍法会議行きです』とか言って、勝手に退職届をネットワークに流しちゃったんだもの!」
「当たり前でしょ!! 勝手なのは閣下ですよぉぉぉ!!」
横でハンスが、ずぶ濡れの軍服のまま頭を抱えて絶叫する。
「もう、軍に戻っても即・独房行きです……。カイ殿、どうか、私をこの車の『食洗機担当』として雇ってください……」
「……不憫すぎるだろ、お前」
そんな喧騒を、冷徹な1筋の閃光が切り裂いた。
ワゴナー号の装甲をかすめ、海水を一瞬で蒸発させながら飛来した高出力の粒子ビーム。
「――目標捕捉。旧型機ナンバー・0、および随伴するイレギュラーたちを確認。……排除を開始します」
熱水の向こう側。
そこに立っていたのは、リゼと瓜二つの姿を持ちながら、全身を殺風景な銀色の装甲で覆った自動人形だった。
「ヴァネッサ、あれはなんだ。お前の息がかかった部下か?」
カイの問いに、ヴァネッサは扇子を握りしめ、かつてないほど険しい表情を浮かべた。
「まさか! あんな可愛げのない銀ピカ、私の趣味じゃないわよ。……でも、あれは帝国の『禁忌』。リゼのデータを元に、徹底的に感情を排除して造られた殺戮兵器――プロトタイプ・ゼロよ!」
「リゼのスペックを上回るために造られた、感情のない『完成品』か……」
カイの網膜に展開された『論理眼』が、戦慄の数値を弾き出す。
演算速度はリゼの1.5倍。最適解抽出までのラグは、わずか0.001秒。
「ピノ、まともにやり合っても勝てない。……この『環境』をハッキングするぞ」
「環境を? あんた、正気!? この水圧でちょっとでも舵を誤ったら、あたしたち全員ひき肉よ!」
「お前の腕を信じている。リゼ、外部シールドに全魔力を直結しろ! 攻撃は考えなくていい。俺とピノが『詰み』の盤面を作るまで、この車を維持するだけでいい」
「了解です、ご主人様! ……皆様、少々揺れますわ。お舌を噛まないようにご注意を!」
リゼがコンソールに指先を接続した瞬間、ワゴナー号が蒼く発光し、強力な反重力障壁が展開される。
正面からプロトタイプ・ゼロが、水の抵抗を無視した超高速の突きを放つ。
「無駄な抵抗です。熱振動ブレード、出力最大」
ドォォォォン!!
ワゴナー号が激しく揺れ、車内の備品が散乱する。
「ひゃあああ! 死んじゃいます、天国が見えます! ヴァネッサさん、助けてください、婚姻届で盾を作ってくださいーっ!」
「うるさいわね聖女! これは防水加工済みよ、汚さないで! ハンス、何してるの、あいつを睨み殺しなさい!」
「無理ですよぉ! ああ、胃が、胃が火山のマグマより熱い……!」
阿鼻叫喚の車内で、カイの瞳だけが青白く輝いていた。
「ピノ、左舷30度、最大加速! 潮流の『重なり』がくるぞ、3、2、1……今だ!」
「了解! ぶっ飛ぶわよ!!」
ワゴナー号が海底の激しい潮流の渦に自ら突っ込んだ。
ゼロは即座に追撃するが、カイの読みはさらにその先を行く。
「ゼロ、お前の演算は『敵の回避』を予測するが、この深海の『不規則な爆ぜ』までは計算に入れていないだろ?」
カイの指示で、ワゴナー号が火口付近のメタンハイドレートの塊を強引に削り取る。
放出されたガスがマグマに触れ、局地的な水蒸気爆発が連鎖した。
「視界不良。再演算を開始ーー」
「遅い! ピノ、右にフルスロットル! 第2噴出口の圧力を利用して反転だ!」
「わかってるって! ……あたしの設計したスラスター、焼き切れるまで回してやるわ!」
ワゴナー号はまるで生き物のように潮流を滑り、爆発の衝撃波を逆に「加速」に変えてゼロの背後へと回り込んだ。
「リゼ、エネルギーを一点集中! 攻撃じゃない、ピノの放熱ダクトに回せ!」
「承知いたしました! 最大出力……いっけぇぇぇ!!」
リゼが送り込んだ膨大な魔力が、ワゴナー号の冷却水を一気に沸騰させる。
ピノがボタンを叩き、加熱された超高圧の蒸気がゼロの機体目掛けて噴射された。
ドゴォォォォォォォン!!
周囲の温度が数千度に跳ね上がる。
急激な熱変化と、カイが計算し尽くした潮流の圧力がゼロの機体に「サーマルショック」を誘発させた。
「構造材に致命的な歪みを検知……。演算不能……。……人間と旧型機の、連携……? 論理的では、ありませ……」
ゼロの銀色の装甲が、深海の水圧に耐えきれず、自らひしゃげた。
そのまま、彼女の機体は海底火山の火口へと吸い込まれ、爆炎の中に消えていった。
「ふう……。……ピノ、ナイス操縦だ」
「……はぁ、はぁ。……あんたの指示、マジで心臓に悪いわ。ワゴナー号、廃熱限界よ。……ちょっと休憩させなさい」
◇◆◇◆◇
嵐の去った後。
ワゴナー号の車内には、静かな、しかし温かい時間が流れていた。
リゼはソファに横たわり、損傷した左肩を露出させていた。
機体への全魔力直結の反動で、彼女自身の回路に負荷がかかっていたのだ。
「……リゼ。少し、染みるぞ」
カイが脱脂綿に消毒液を染み込ませ、細心の注意を払って彼女の肩に触れる。
「ひゃ……っ。……あ、ああ。ご主人様の指先、少し、冷たくて気持ちいいですわ……」
「……痛むか? すまない、俺の指示がもう少し早ければ、お前にこんな無茶を……」
「……いいえ。いいえ、ご主人様。……こうして、ご主人様が私のために心を痛めて、その手で触れてくださるなら……。……この痛みさえ、私のメインフレームは『幸福』というデータに書き換えてしまいますの。……ふふ、不器用なメイドで、すみませんわ」
リゼは消え入りそうな声で、愛おしそうにカイを見つめて微笑んだ。
「……ちょっと、ハンス。見てなさい、あれが私の理想のシチュエーションよ! 今すぐ私をあそこに放り投げて、カイに看病させなさい!」
「閣下、今は空気を読んでください。死にますよ、本当に。……ああ、それより、あの料理の匂い……」
ヴァネッサが地団駄を踏む中、キッチンのグリルからは抗いがたい香りが漂っていた。
カイが立ち上がり、じっくりと時間をかけて仕上げた1皿を運んでくる。
「お待たせ。……海底火山の熱で、低温調理した。……『超・とろとろオムライス』だ!!」
海底火山の地熱をワゴナー号の廃熱パイプに誘導し、じっくりと熱を通した卵。
ナイフを入れるまでもなく、重力に従ってライスを覆い尽くすとろとろの卵液は、まるで黄金のソースのようだ。
「……おいひいです……。……命の味がします……」
エルナが涙を浮かべて頬張る。
「……。……悔しいけど、美味しいわね。これなら帝国を裏切った価値もあったかしら?」
ヴァネッサも不本意そうに食べ進め、ハンスは「生きてて良かったです……」と静かに合掌した。
リゼの損傷した回路も、温かいオムライスの魔力で少しずつ癒えていく。
窓の外には、再び静寂を取り戻した、どこまでも深い青の世界。
一行を乗せたワゴナー号は、手に入れた『蒼い心臓』を胸に、ルルイ・ドームへと戻るべく、ゆっくりと浮上を開始した。
(第13話に続く)
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