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《純SFハイファンタジー》星を穿つ槍と、黄金のオムライス――放浪の戦術師とポンコツ戦闘メイド――  作者: ざつ


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第11話:ルルイ・ドーム、蒼き輝きの街

 深い深い海の底、太陽の光さえ届かないはずの暗闇の中に、その街は宝石のように鎮座していた。


 魔導装甲車『デリシャス・ワゴナー号』の重厚なフロントガラス越しに、カイは目を細める。巨大な半球状の魔導障壁――ドームに包まれたその場所は、海底都市『ルルイ・ドーム』。

かつて失われた古代文明の生き残りとも、深海の民の楽園とも囁かれる場所だ。

 ドームの内側には、蒼く発光する巨大な海藻や珊瑚のような植物が自生し、街全体を淡く、幻想的な青に染め上げている。


「……綺麗ですね、ご主人様」


 助手席に座るリゼが、ポツリと呟いた。いつもなら「お掃除のしがいがありそうな景色ですわ」などと情緒を台無しにする彼女だが、今はただ、吸い込まれるように街の灯りを見つめている。その赤い光学瞳が、回路のノイズを隠すように激しく明滅していた。

 だが、そんな神秘的な空気は、後部座席から響くけたたましい声によって一瞬で霧散する。


「狭い! 狭いわよこの車! 帝国騎士団長の私が、なんでこんな鉄屑の中で雑魚寝しなきゃいけないのよ! しかもカイ、さっきから私の肩にピノのレンチが当たってるんだけど!」

「うるさいわね、居候! 嫌なら外に出て泳いでいきなさいよ、この重婚女!」

「じゅ、重婚じゃないわよ! 私はカイの正妻になる男よ……ああっ、間違えた、妻になる女よ!」


 喚き散らすヴァネッサと、それを冷たくあしらうピノ。その横で、ハンス副官は死んだ魚のような目で窓の外を眺めていた。


「……カイ殿、本当に申し訳ない。潜水艦がクラーケンに壊されたとはいえ、敵である我々を拾っていただいた恩は忘れません。……閣下、いい加減にしてください。始末書のネタが増えるだけです」


 前回、激戦の末、なし崩し的に一行に加わった(転がり込んだ)ヴァネッサとハンス。ワゴナー号の車内は、今や定員オーバー気味の喧騒に包まれていた。  

カイはため息をつき、ルームミラー越しに後部座席を睨む。


「ヴァネッサ、静かにしろ。入港の手続き中なんだ。……リゼ、お前もだ。さっきからシステムにノイズが走ってるぞ。オーバーヒートか?」

「いえ……ただ、この蒼い光を見ていると、処理しきれない未定義のデータが胸の奥で渦巻くのです」


 ルルイ・ドームは排他的な自治都市であり、入港審査には数時間を要するという。


「お腹空きましたぁ……。もう、ヴァネッサさんの怒鳴り声でお腹がいっぱいですぅ」  


エルナが力なく椅子に沈み込む。それを見たカイは、観念してキッチンに立った。


「手続きが終わるまで、ここで昼食にしよう。ヴァネッサ、お前も食べるなら静かにしろ」

「なっ、カイの手料理!? 当然食べるわよ! 毒が入っていても愛で中和して見せるわ!」

「……不吉なこと言うな」


 カイが手際よく調理を開始する。今回用意したのは、海底都市の特産である『蒼真珠の海藻』。これを丁寧にペースト状にし、豆乳とバターで作ったホワイトソースに混ぜ込んでいく。ソースは見る間に、海の色をそのまま写し取ったような、鮮やかで涼やかな蒼へと変わった。

 黄金色のオムレツの上に、その蒼いソースを天の川のようにかける。


「『蒼海のホワイト・オムライス』だ。冷めないうちに食べろ」


 白と蒼のコントラストが美しい一皿。一口食べたヴァネッサが「……やっぱり最高に美味しいじゃないの!」と叫び、ハンスが黙々とスプーンを動かす中、リゼは神妙な顔つきで一さじを口に運んだ。

 その瞬間。リゼの身体が、ビクリと硬直した。

 鼻に抜ける潮の香りと、バターのコク、そして卵の優しい甘み。その感覚が、リゼの深層回路にある『開かずの箱』を激しく叩いた。


「……っ、あ……」


 リゼの手からスプーンが滑り落ち、床に虚しい音を立てる。


「リゼ!? どうしたの!」

「ご主人……様……私、この味を……かつて、どこかで。この、蒼い光に包まれた場所で……」


 リゼがその答えに辿り着くよりも早く、ワゴナー号の警告音が鳴り響いた。

 ハッチが外側から無理やりこじ開けられ、数十体の警備ドールが銃口を向けてなだれ込んできたのだ。


「不法侵入者、確保。抵抗は無意味だ」


 無機質な音声。ヴァネッサが即座に立ち上がり、腰のサーベルを抜こうとする。


「帝国軍を舐めないことね! カイ、こいつら全員スクラップにしていいわね!?」

「待て、ヴァネッサ! 様子が変だ!」


 カイの制止と同時に、警備ドールたちが一斉に動きを止めた。彼らは一様に、震えるリゼに視線を固定している。

 すると、並んだドールたちの列が左右に割れた。

 その奥から、蒼い光を放つ杖をついた、ひとりの老人がゆっくりと姿を現す。


『――個体識別完了。王族近衛騎士、ナンバー・0……リゼ・アズール』

『認証成功。おかえりなさいませ、姫騎士様!!』


 長老の言葉に呼応するように、警備ドールたちが一斉にその場に跪いた。車内は凍りついたような静寂に包まれる。


「「「「「姫騎士様ぁぁぁぁぁ!?」」」」」


 全員の声が重なった。なかでもヴァネッサの驚きは凄まじかった。


「ちょっと! 姫なの!? 騎士なの!? いずれにせよ思いのほかリゼの出自が身分高くて、私の恋路の障害が物理的にデカすぎるわよ! 略奪愛どころか国際問題じゃない!」


「ち、違いますわ! 私はカイ様の専属メイドです! どこをどうスキャンしたら、こんな献身的で……家事は少々苦手な部分もありますが、とにかく完璧なメイドを、お姫様だなんて……!」

「リゼ、お前、今自分の家事能力を否定しかけただろ」

「ピーピーピー♪(と、明らさまに下手な口笛を吹きながら、泳ぐ視線を逸らす)」


 カイは『論理眼タクティカル・アイ』をフル稼働させ、ドールたちの電子信号を読み取る。彼らは誤認しているのではない。厳格なプロトコルに基づき、リゼを自分たちの『主』として認識していた。

 同時に、カイの網膜上で、それまでノイズに隠されていたリゼの機体情報が、一気に書き換わっていく。


「……なんだ、これ。リゼの本来のステータスか……」


 表示されるのは、帝国軍の最新鋭機すら子供騙しに見える、圧倒的なスペック。

 そして、彼女の深層メモリに刻まれていた「唯一の使命」――。


 一行は長老に導かれ、ドームの最深部にある『蒼の神殿』へと連行された。そこで長老は、リゼに衝撃的な事実を告げた。

 ルルイ・ドームの生命維持装置『蒼い心臓ブルーコア』が寿命を迎えており、王族の騎士であるリゼの心臓メインコアを街の動力源として捧げなければ、数万の民が暗黒に沈むという。


「リゼ……お前はかつて、そのために造られたのだ。お前の意識は消え、ただの制御プログラムへと戻る。それが、お前の本来の使命なのだ」


 長老の言葉に、リゼは立ち尽くしていた。

 先ほど食べたオムライスの味。温かくて、少し不器用なほど優しいあの味こそが、自分に「心」をくれたのに。


「……わかりました。私が、街を救えるなら。それが私の使命だと言うのなら、私は――」

「――当然、却下だ。そんなものは論理的な解決じゃない」


 リゼの言葉を遮ったのは、カイだった。その瞳には、青白く燃える『論理眼』の光が宿っている。


「長老。人格を犠牲にするシステムなんて、ただの設計ミスだ。そんな非効率なやり方じゃなく、魔力循環のバイパスを作って地熱エネルギーに直結させれば済む話だろ」

「な、何を馬鹿な……! 我ら1000年の伝統を、設計ミスだと!? そんな技術、この街には……!」


 絶句する長老を無視して、カイは背後を振り返る。


「ヴァネッサ、ハンス! そこで呆けているつもりか? 帝国軍の技術力を見せるチャンスだぞ。ここで恩を売っておけば、亡命の罪だってうやむやにできるかもしれない」

「ふん、言われなくても! 借りを残すのは嫌いなのよ! それに、カイにいいところを見せる絶好の機会だわ!」


 ヴァネッサは不敵に笑い、ハンスと共にドールたちの足止めに動く。


「ハンス! 私が道を切り拓くわ。あなたはリゼを援護しなさい!」

「了解です、閣下! ……全く、軍に戻れば反逆者、外に出れば過労死寸前……。次から次へと……!」


 ハンスが胃薬を煽りながら、ヴァネッサの剣戟に合わせて精密な指示を飛ばす。

 カイが凄まじい速度で制御システムを書き換えるなか、リゼは自分を「回収」しようとする上位ドールたちの前に立ち塞がった。


「そうです! 私は道具ではありません。私は……カイ様にお仕えする、世界一のメイドですわ!」


 リゼの槍が閃く。

 かつての同胞たちを、彼女は殺さず、しかし確実に無力化していく。


 数分後。カイが最後のコードを打ち込むと、ドーム全体が温かな蒼い光に満たされた。

 地熱からのバイパスが繋がり、エネルギー効率は劇的に改善。

 リゼの犠牲は、もはや不要となった。


「終わったぞ。リゼ、もうお前が電池になる必要はない。……これからも、俺の飯を食え」


◇◆◇◆◇


 一件落着し、ワゴナー号に戻った一行。

 そこには、騒動のせいで食べかけのまま冷めてしまったオムライスがあった。


「……冷めちゃったわね。ハンス、なんとかしなさいよ。火を吹くとか」

「無茶を言わないでください閣下。魔法の無駄遣いです。……あ、カイ殿。半分、温め直してくれませんか?」


 カイは苦笑し、リゼに温かい皿を差し出す。


「さあ、続きだ。今度はゆっくり味わえ」


 リゼは一口ずつ、慈しむようにオムライスを食べる。その瞳からは、一筋の蒼い冷却水がこぼれ落ちていた。


「……あったかいです、ご主人様」


 ヴァネッサがそれを横から奪おうとしてハンスに羽交い締めにされるなか、リゼは確信していた。

 自分を定義するのは過去の記憶ではなく、今、この騒がしくて温かい場所にいる自分なのだと。


 ワゴナー号は再び深海を抜け、次なる光の射す場所へと進み始める。

 四人と、招かれざる二人の旅は、まだ始まったばかりだった。


(第12話に続く)


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