本来もっと楽なはずで
お金ってなんだろう。お金は食べられないし、火を起こせないし、物を切れない。なんでみんなこんな意味不明なものを信用しているんだろう。そしてなんで俺にはお金が無いんだろう。金さえあれば可能な限り惰眠を貪り尽くしたいし、実際働かなくて良い状況になれば5年でも10年でもスマホやテレビでコンパクトに定量的に質の低い娯楽を摂取し続けながら毎日、毎週、毎月、毎年生きていけると思う。ニートは才能なんて言うが、間違いなくその才能が俺にはあると確信している。
とりあえず今確かなのは、俺にはすんごーくお金が無いって事。
あるハンターが言っていた。
「ハンターとは夢、ロマン。人々の求める物全てが詰まっている」
と。まだこの街に来たばかりの俺はモニターで流れるこの広告を見て急いでギルドに駆け込んだ。そう、この判断が絶望的なミスだった。世界は……俺の予想より平和だったんだ。
この世界には大きく分けてふたつの種類の生き物が居た。ヒトと魔物。魔物はヒトを襲い殺す。最初はやられっぱなしだった。でもある時ヒトの中から、魔物に対抗した者達が現れた。人々は彼らを称え、ハンターと呼んだ。ハンターは素質を持つ一部のヒトしかなれない最も栄誉ある職業、だった。なぜだか100年前に急速にハンターの素質を持つヒトが増え、世界の大半の魔物を狩り尽くした。残ったのは一部のダンジョンと、増えすぎたハンター。増えすぎたハンターは当然栄誉とか言ってられず、戦うことしか能のないどうしようもないプライド100パーセントで構成された失業者集団が生まれた。
そんな悲しい事件があり、各国は魔物の減少と危険度の低下もありハンターの給料を大きく下げ、ハンターは不人気な職業となった。田舎者の俺はそんな事知るはずもなく、適当な広告に騙されたのだ。いや、マジで。正直訴えたら勝てると思う。
辞めて転職しろって?これがまぁ困った事で適当に弱い魔物を狩ってピクニックするだけの仕事に慣れてしまった俺が別の職業に就ける訳ないだろって事だ。でも本当に薄給。裏を返せば最高の労働環境ではあるんだけどな。人間不思議な事にこんな緩い労働環境でも働き続けるとめんどくさくなってくる。一応昼までに起きなきゃいけないし、週5で出ないといけない。俺の理想の惰眠貪り尽くしライフには程遠い。
「……つまんねーなぁ」
出勤時間まで少しあるのでクイズ番組を見ながらウケ狙いの回答がダダ滑りしているタレントみたいな何かよく分からない有名人に文句を垂れる。俺が出て笑いを取ろうって訳じゃない。この完全に緩みきった今の俺には、演者に笑わされるんじゃなく、笑う方が性に合ってるって話だ。
「……にしても、この手のおバカキャラって懲りねーよなぁ」
いくらそういう設定だとしても、偶数と奇数を間違えるのは心配が勝つわ。もしかして本当にそういう人なのか?
男は先端に黒いルービックキューブのような物が着いたネックレスを首から下げ、スマホをポケットに乱雑に入れ家を出る。
「はー今日も世界はクソ平和なのに、なんで俺は健気にパトロールなんか行くんだろうなぁ」
男はそう愚痴を言いながら、職場であるギルドに着いた。
「あーようやく来ましたねライカさん!また遅刻ですよ!」
「また遅刻とはいい度胸だな、ライカ・アライブ」
あーめんどくさいのに絡まれた。コイツらは姉妹でギルドの案内係的なのをやってる。比較的優しい妹がシェリー、典型的な堅物で怖い姉がルージェ。どっちも話が長い。以上。
「何すか?別に1時間遅れた訳じゃないし、それで世界が終わることも無いでしょ」
「ライカ……お前のその根性1度叩き直してやろうか?」
「ルージェさん、出来ないでしょ」
ライカは軽く流すように言い放つ。
「……お前、その減らず口、引き裂いてやろうか!」
「まぁまぁルージェ姉、5分ですし……昨日に比べたら改善してると思いますよ?ほらライカさんも、謝ってください!」
昨日は普通に30分遅刻した。まぁ30分は良くないよな。
「……すんませんした。そんじゃ行ってきまーす」
「それなんですけど、今日は追加でお願いしたい事があっ」
「丁重にお断りさせていただきます」
「早っ!いや最後まで聞いてください!ボーナスは出ます!」
「マジすか?」
「今回に限り、大マジです」
「どんぐらいですか?」
ライカはシェリーに小声で尋ねる。
「10万ジットです」
「やりますやりますやらせてください」
単純に半月分じゃねーか。どれだけ危険だとしてもやるしかねーな。今は金が欲しい。
「そんで内容は?」
「昨日未明にダンジョン5261が発生しました。もちろん攻略でなく、その調査で構いません。規模と、大体の危険度さえ教えて貰えれば、それで大丈夫です」
「なんで俺なんですか?もっと良いハンターとかクラン居るでしょ」
「それがですね……九尾の狐ものんびり隊出払ってしまっていて……」
「なんでのんびり隊がのんびりしてないんですか……」
「彼奴らは隣国に出征しているからな」
「何のために」
「まぁ彼奴らは金にがめついがここら辺じゃ最強の一角だからな……。呼ばざるを得ない事情があったんだろう」
すげー強い魔物でも出たのか?あいつらどうせ涼しい顔して帰ってくるだろうけど。
「はー、分かりました」
「無理は絶対避けてくださいね?」
「言われなくても無理したことないですよ」
そもそも本当に心配なら一応誰かを付ければ良い。それをしないってことは、多分安全……もしくはコイツらギルドスタッフが金を渋りたいだけか。
ダンジョン、突発的に世界に発生するタワー。地面を割ってタケノコのように生え、中には魔物がうじゃうじゃ居て、最上部まで着くと聖遺物って言われる便利な道具とか武器とか、まぁ色々貰える。
いつから存在していたかは知らないが、発生した順に番号が振られる。
ダンジョンの魔物は、外には出られない。出入口は一つだが、出入りは意外とスムーズに出来る。だけど、ダンジョンには攻略期限があるらしい。消費期限みたいな。それを越えると、ダンジョンが崩壊する。文字通り、ダンジョンブレイクだ。有名なのだと1098は国ひとつ滅ぼし、その後三カ国連合のハンター集団を派遣し、ようやく攻略したらしい。そしてブレイクしていないが、最も旧く、最も巨大で、誰1人帰還者の居ない原初のダンジョン、01。予言では、5年以内にブレイクするらしい。多分俺には関係ないけど。俺は強い方だと思うけど、生憎この街のギルドにゃ俺より目立つやつ居るしなぁ。
おっ、見えてきたな。アレかー。市街地からは離れてそうだな。高さは……80m超って所か。最近はハンターに続いてダンジョンまで弱くなってるらしいからなぁ。多分行けるやろ。えー規模 小 っと。
そんじゃ、お邪魔しまーす。
「天罰執行・刀」
ライカがそう呟くと、首から下げていた黒いルービックキューブのような立方体が、変形し、黒い白鞘に変化した。
おかしいな。こんな事今までなかったぞ。入って10メートル歩いて魔物が居ないって、んな事あったか?そもそも、広すぎる。ダンジョンの面積は基本的に外観と一致してるのに、明らかに広いなこりゃ。
ライカが上を見上げても、螺旋階段の頂上が見えなかった。通常80m超のダンジョンで、そんな事は有り得ない。
ここは一旦退くしかないな。装備を整えて、もっとマトモなハンターが調査するべきだろう。規模 超大 っと。
ライカは白鞘を黒い立方体に戻し、来た道をそのまま戻ろうとした。
……はーマジか。おいおいマジか。変なイタズラなら辞めてくれよ。冗談だろ?帰らせてくれよ……。
ダンジョン01からの帰還者が居ないのは何故か。単純に、そういう仕組みらしい。1度入ると、攻略するまで出られない。鰻とか鯰を捕まえる罠みたいな。いや良くないな、この例えだと俺が今から食べられるみたいじゃねぇか。流石にここじゃ死ねない。まだ見終わっていないアニメがある。完結の気配が無い漫画がある。これらを見ずして、俺は死ねない。
さて、待つか進むか。
待とう。普通に考えて、ダンジョン調査で戻ってこない人間が居たら、即援軍が来る。遅くても、1晩経てば来るだろう。スマホで時間を確認すれば、とりあえず大丈夫。大丈夫。落ち着け。落ち着け俺。お前は強い。そこそこ。
こりゃ本格的にマズイな。期待してなかったが当然圏外だし、意味分からない時間になってるな。進んだり戻ったり、もしかしてこのダンジョンの中で時間は経過していない……とか?
とりあえず行くしか無いか。
「天罰執行・刀」
立方体は形を変え、再び黒い白鞘が姿を表す。ライカは白鞘を構え、螺旋階段を少しずつ登り始めた。
やっぱ変だな。ここ。魔物の穴はあるのに、魔物が居る気配が無い。もしかして、聖遺物だけ置いてあるパターン?1番嬉しいけどねそれが。でもこういう時、ボス部屋だけ動いてるのが定番だからなぁ。この前そういうアニメ見たからな。
何も音がしねぇ。俺の足音だけが反響してやがる。あーやっぱクラン組んどけば良かったかなぁ。でもハンター専業でやるにはクランなんか組んだら火の車だし……。人と会話するのとか勘弁して欲しい……。俺っていつからこんな風になっちまったかなぁ。生まれた時は多分こんな風じゃなかっ
ライカは何かにぶつかった。眼前には何も無い。だがライカは反射で、無を切った。刃がヌルッとした感触を伝え、地面に何らかの生物の一部分が数個落ちた。それと同時に眼前の無に色が着き青黒い色のコウモリの大群が現れ、けたたましい声を上げ鳴き始めた。15cm程もある1匹1匹に鋭い牙や爪が見えた。それは、悲鳴なのか威嚇なのか。キャキィと鳴きながら数千匹も居るであろうコウモリの大群がライカに襲いかかった。
「聞いてない聞いてなーい!!!透明のコウモリとか新種だろ!!!」
ライカは叫びながら猛スピードで螺旋階段を下った。とにかく1度最下層まで降りて広い場所に出るべきという判断だ。
「おらっ!落ちろ!邪魔なんだよ!」
1番下まで来ても数百匹来てるとかありえないだろこれ。360度にコウモリが居やがる。
「とりあえずどっか行けやぁ!!!」
ライカは超速で白鞘を振り回し、自身を中心とした半径1m以内のコウモリをとにかく切りまくった。
10秒20秒40秒が過ぎ、近くのコウモリは全て居なくなった。足元には無数の残骸が転がっている。
コウモリ達は近付くのを辞め、再び透明になった。そして、ライカは鈍い頭痛と共に異変に気付く。鼻から出血していた。数千匹のコウモリが、ライカに向かって超音波を放っていた。
「鼻血?そっかコウモリだもんな、当然そういう超音波も使えるか……お前ら見にくくて卑怯だから全員バーベキューにしてやるよ」
「天罰執行・火炎放射器」
白鞘はテキパキと形を変え、黒い火炎放射器の形状に変化した。
「燃えろぉぉお!!!!!」
銃口から龍の息吹にも匹敵する火柱が立ち上がり、無を照らしていく。
「まだまだ行くぜぇぇええ??!」
ライカは半錯乱状態で回転しながら全てを燃やし尽くしていく。辺りには牛乳を吹いた雑巾を大量に乾かしているような臭いが立ち込めているが、ライカは気にする様子が無い。
思い出した。俺、こういうのが夢だったんだ。確かにこれは、どんな娯楽よりスリリングで楽しいかもしれない。
1分ほど周囲を焼き尽くし、コウモリは跡形もなく消し炭になった。
「こりゃダメだ。ベリーベリーウェルダン、焼きすぎだ」
死骸を手に取り、焼き加減を見る、前に灰になって崩れ落ちた。
「天罰執行・刀」
火炎放射器は白鞘に形を変えた。
「にしても、あんなん居るとか聞いてないぜ。俺が特殊体質じゃ無ければ、脳の損傷でとっくにお陀仏だな。でもこれで安心出来た。俺が戦えるレベルのモンスターは出てくる。出てこない不気味さよりよっぽどマシだわ」




