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普遍物人「悪役は籠の中」

 お昼時、男は突然面会を申し込まれた。もっとも、男がお昼時であることを認識できたのは、昼食が出されたからであったが

「何なんですか。この私に」

 いつも男の面倒を見ている看守は男を一瞥もやることなく、ただ連行する。

「誰かだけ教えてくれませんかね」

「政府関係者、だそうだ」

 看守は強張った声でそう答えた。なぜ政府関係者が来るのだろうか。なぜそこまで怯えるのか。男は分からず仕舞いであった。


 面会室。胡散臭い男が張り付けたような笑みを浮かべて座っている。男は罪を犯してからというもの、こういった営業的な笑みを見ることがなかった。久々の嫌悪感に、男はひっそりと身震いする。

「こんにちは」

 男が席に座ると同時に、目の前の営業スマイルの男がこちらに投げかける。

「…こんにちは」

 あまりの居心地の悪さから、パイプ椅子をわざとらしくガタリと動かす。

「なかなか、殺風景な生活でしょう。ここは」

 全く変わらない目元。口元だけ達者に動く様子は下手な操り人形のようだ。

「はぁ…」

 しかし男にとって世間話など、どうでもよかった。ましてや会って数秒の政府関係者と交わすべき言葉もないだろう。

「…やっぱり本題に入った方がよさそうですね」

 手ごたえのない男の反応に、政府関係者は別の方向に舵を切る。

「今日はある仕事を紹介しに参りました」

 そういうと政府関係者はごそごそとカバンの中をあさり始めた。

「は? 仕事?」

 突然のことに、男は素っ頓狂な声を出す。久しぶりに大声を出したせいか、あるいは緊張からか、男の喉は急速に乾いていく。

「えぇ、これを行えば、あなた様は晴れて外に…」

 男は当たり前のように話を進めていく。

「いやいや、ちょっと待て」

「まぁまぁ、ちょっと聞いていてください」

 男はアクリル板越しにある一枚の紙を張り付ける。


 怪獣役契約概要


 どうやら男は有名ヒーロー番組の怪獣役の候補になったようだ。

「見たことがあるでしょう? こういう類のものは」

 政府関係者はタブレットを取り出し、男にビデオを見せた。街中で怪獣に襲われている一般人、それを助けるヒーロー。これは実際に現実世界で起こっている出来事であり、政府もこの怪獣に手を焼いている。ヒーローがこれを退治することで平和を守っており、ヒーロー番組はいわば中継のようなものだ。男も実際に怪獣に襲われたことがあり、ヒーローなるものが庇ったのを覚えている。

「ま、まぁ…」

「あなた様にはこの怪獣役をやってほしくてですね」

「は、はぁ」

 先ほどまで実際に存在していると思っていた怪獣やヒーローを否定された挙句、怪獣役になってほしいと言われ、男は混乱していた。しかし、政府関係者の勢いに負けて男はただ頷くしかなかった。

「詳しい内容は契約後にお話しすることになりますが、とりあえずこちらの資料をお読みください」

 男が先程の書類を再び見せる。

「無料三食ありの寮…週一回の出撃と演技指導。死亡保険あり。月収…二十万円⁉」

「はい」

 政府関係者は満面の笑みで書類を掲げている。男は政府関係者が描いた通りの反応をしてしまったことに気が付く。

「…案外福利厚生がしっかりしているようで」

 男は冷静さを装いながら政府関係者に感想を述べる。

「まぁ、肉体労働、ヘイトを集めやすい、単純に恰好悪い、ってことで、ね」

「そ、そうなんですね」

 妥当な根拠に男は唸りながら再び書類に目をやる。

「これ、死亡率ってどんなもんなんですか?」

「怪獣側に関しては今まで死傷者はいません。皆さん元気に引退なさっています」

「へぇ、そうなんだ」

「基本的にパフォーマンスで優先されるのは怪獣側ですから」

「え、ヒーローじゃないんですか」

 意外な事実に男は驚く。

「ヒーローは同じ人ばかりだと飽きますからね」

 政府関係者は遠くを見つめ、少し小馬鹿にしたように笑う。

「まぁ…察してください」

 政府関係者は言いづらそうに肩をすくめる。男は再び書類に目をやった。

「えっと…これっていつまでに決めればいい感じですか?」

「断るおつもりですか?」

 政府関係者が食い気味に答える。驚いてそちらに目をやると、先ほどの営業スマイルは影を潜めて、ただ冷たい視線が男を突き刺す。

「え」

 あまりの変容ぶりに男は後退りしようとした。パイプ椅子の深いな金属音が鳴り響き、男の神経を逆撫でする。

「これって機密事項なんですよ。これをあなたに話したのは、そう、あなたが死ぬはずの人間だから、ですよ」

 男は自分の立場を再認識する。あまりに政府関係者が胡散臭いものだから忘れていたが、そう、男はいつ殺されても可笑しくない状況なのだ。

「話してしまったので…もし断るというのであれば、このまま執行ですね」

 男は選択肢がないことを知る。

「なるほど。そういうことなら受けましょう」

 男はあっさりと承諾した。いや、男にとっては胡散臭い勧誘よりも、こういった対応の方が応じやすかったのかもしれない。

「分かりました」

 政府関係者は最初のような笑顔に戻り、そそくさと準備をする。その様子を見届けることなく、男は看守に急かされ、パイプ椅子を立ち上がった。

「このまま出所だ」

 男は看守に連れられ、来た道を戻ることなく、面会室を後にした。

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