挟み苛まれた少年が、凶つ橋を渡り来たるニャ
『オークたちに無茶苦茶にされた、賢治クンの反撃が始まるニャ!』
月が照らす山の夜、オークの集落が異様な熱気に包まれていた。牢に閉じ込められた賢治が、洗濯バサミを手に奇妙な動きでオークたちを魅了して、我れ先にとオークたちが集ってきているのだ。
「こんにゃ面白い賢治クン、見たことにゃい!」
ニーナは目を輝かせ思う。長く賢治を見てきた自分でさえ、こんなに面白いのだから、昼の奇祭に熱狂していたオークどもは、狂わんばかりに面白いであろうとニーナは推し量るのだ。
グアニルが賢治の負担を減らそうと「俺にも渡せ!」とオークに叫ぶが、彼らは耽美の薔薇より引きこもりの中2の方が好みのようで、持ち寄った洗濯バサミを全て賢治に渡す。イノシンは憔悴しながらも、ホクホクで賢治を煽るように手拍子している。
騒ぎは熱狂とともに大きくなり、土を盛った牢は大量のオークに覆われる。
「賢治クン、ゲームも転生も関係にゃい、ウチらが物語を作るニャ!」
その頃、夜の山道では、みっちゃんたちは途切れることのないオークの大群と戦い続けていた。草を鎌で刈るかのように、みっちゃんたちはオークどもを薙ぎ倒して行く。
「俺たちはオークどもを押してるぜ!」悟が仲間を鼓舞する。戦闘不能になる頃合いでレベルアップ全快を繰り返し、今は戦線を押し上げる勢いだ。その優勢はオークたちが牢の方へ集まり出し、数を減らしていることもあるようだ。
月明かりがオークの集落を銀に染め、牢での騒動が夜の静寂を裂く。上空のヴァクティとナウカは息を呑みオークたちの狂乱を見下ろす。 松明の赤が影を血に染めオークの群れが月光に踊る。
「キャキャ!わかり手アイドルのファンサ握手会!」ナウカが笑う。
「奴ら牢の中で何を始めた?」ヴァクティが焦り言う。ナウカが指差し告げる。
「見て見て!牢がオークどもに押し潰されそう、キャキャ!」
オークたちが群がる重みで、土を盛った牢がミシミシと音を立てて潰れ始めた。ドザドスーン! 土煙が漂う中、洗濯バサミにまみれた賢治が姿を現す。
「オックオクー!」オークたちが歓声をあげる。賢治は面白モデルウォークでオークたちを誘う。グアニルとイノシンはアイドルの握手会の剥がし屋のごとく、押し迫るオークたちを整理し賢治の進む道を開く。
オークを闇へと導く賢治は、ハーメルンの笛吹き男ならぬ『グローリー・ロール』の洗濯バサミ挟まれ男だ。
ニーナは気づく「賢治クン、崖の吊り橋に行くつもりニャ?」
賢治とニーナは『グローリー・ロール』の地形を隅々まで知っている。
「オークを崖下に叩き落とすのニャ!」ニーナは賢治の策を察して動き出す。
ニーナの察した通りに、賢治は集落から少し離れた峡谷の吊り橋へとオークたちを誘導する。洗濯バサミまみれの賢治がニーナに向かって叫ぶ。
「ニーナ!橋がオークで満杯になったら僕ごと落として!」
賢治は自分もろともオークをぶっ倒すつもりだ。「やってやるニャ!」とばかりにニーナは動き出す。まず、グアニルとイノシンに崖下に先回りして落ちてきた賢治を救出するよう指示する。そして、賢治に殺到するオークたちを吊り橋の真ん中へと誘導し、橋を落とす機を窺う。
吊り橋の向こうからもオークが賢治目当てに渡って来る。橋の真ん中で賢治は、オークが渡してくる洗濯バサミを面白い動きで揺れながら、既に挟むとこがほとんど残っていない体に挟む。もはや賢治に洗濯バサミがついているのか、洗濯バサミに賢治がついているのかわからないほどだ。
月の光が静寂に包まれた森を照らす。オークの大群の攻勢が止み、武器や折れた木々が散乱する戦いの跡に、みっちゃんたちが佇む。
「ハハ!やり切ったぜ!」悟が皆を労うように声を張る。
「賢ちゃんが死ぬ!早く助けなきゃ!」不穏な思いの、みっちゃんが言う。
「向こうが明るいな、待ってろ賢治!」悟が皆を導き進む。
みっちゃんたちは、月明かりで吊り橋を見渡せる高台へと登って来た。
オークで溢れる吊り橋の真ん中で面白リアクションをかます洗濯バサミ人間を
みっちゃんはスグに賢治だと確信し、驚きながら叫ぶ!
「ぎゃああ!賢ちゃんがアホなことしてアホ死するうー!」
みっちゃんが賢治の元へ行こうとするが、悟が抱え止め、穏やかに諭す。
「賢治は何かしようとしてる。アイツは……賢治は、やりおるよ」
上空よりヴァクティとナウカが吊り橋の惨状を見下ろす。
「な、なんなんだ、コイツら?」驚愕のヴァクティ。
「バカだ!バカだコイツら、キャキャキャ!」笑い転げるナウカ。
空が白み朝日が迫る中、霧に濡れた吊り橋がオークたちの重みでギシギシ揺れる。洗濯バサミを握りしめたオークたちが笑い声を上げ賢治に殺到する。
ニーナは『猫意棒』を構え吊り橋を落とす機を窺う。
吊り橋の真ん中の賢治には、もう洗濯バサミを挟める箇所は無い。
「落として~」賢治が叫ぶやいなや、ニーナの『猫意棒』が縄を一閃!
「おっちねニャー!」片岸の支えを失った吊り橋が、ギシギシと悲鳴を上げながらオークごと渓谷へと崩れ落ちる!
オークたちは、まだ祭りは終わらせないとでも思ったのか、それぞれが足や手をガッチリ掴み、渓谷にオークの吊り橋を作り上げる。凶々しいオークの橋だ。
もはや完全に洗濯バサミ人間と化した賢治が、フラフラとオークの吊り橋を
ニーナの待つ側へと渡り来る。イズ・ネクの予言が成就された。
「挟み苛まれし少年が、凶つ橋を渡り来たる」
洗濯バサミの中から賢治の声が聞こえる。「ニーナ、紐を引っ張って」
ニーナは賢治にぶら下がる紐を束にして、肩に担いで勢いよく引っ張る。
「ニャンガー!」洗濯バサミがパチンパチンと弾けまくり、賢治が回転しながら現れ、転びながら叫ぶ「ソレ、崖下に捨ててー!」
ニーナが洗濯バサミの束を崖下へとぶち撒けると、全てのオークが、もう一回やってもらうためとばかりに、洗濯バサミを追いかけ次々と崖下へと落ちていく。笑い声を上げてオークたちが、次々と崖下へと飛び込んで行く。さながらオークたちによるレミング死の行進であった。
いつしか全てのオークが崖下に落ち、朝日が射す渓谷に静寂が漂い始める。
賢治とニーナはオークを全滅させた。
みっちゃんたちは一部始終を高台から見ていた。
「何アレ?もう意味わかんない!」みっちゃんが汚れた顔を驚愕で歪ませ叫ぶ。
「賢治、やりおる!」悟は感嘆を浮かべ、友を賞賛する。シグムントとグスタフは猫の子の無事を確認しホッとしている。ルーフラは寝ている。
上空を漂うヴァクティ。ナウカは笑い疲れヴァクティの肩でへばっている。
「ハアハア、何が面白いんだか……」ヴァクティは、賢治とニーナを鋭く睨みながら呟く。「奴らは、逸脱者だ……」
賢治とニーナの満足気な顔に朝日が射す。腫れた顔を撫でながら賢治が言う。
「や、やれたかな?」ニーナが座り込んだ賢治のそばに屈みサムズアップ。
「賢治クン!GGニャ!」賢治がクスクスと可笑しそうに言う。
「ゲームでも、現実でも、やったことない事、やれたね」
ニーナが両手を上げ、目を輝かせ賢治に宣言する。
「ゲームでもにゃい、転生でもにゃい、ウチらの物語ニャ!」
オークの咆哮は消え、山中は静寂に包まれた。朝霧が薄くたなびくオークの集落に、柔らかな朝日が差し込む。小屋の屋根に朝露が光り、陽光がその一滴一滴を小さな虹に変える。オークが自死のペナルティで、再び彼らが湧き出るには時を費やす。集落には束の間の平穏が流れる。
オークの居ない集落で、イズ・ネクと四天王ヴァクティが対峙する。
「イズ・ネク、お前が仕組んだか?」四天王ヴァクティが剣を構え、黄金色の瞳に怒りをたぎらせ、逸脱者イズ・ネクを問い詰める。
イズ・ネクの左右に控える、ゴヴァルとカルミュセアがおもむろに武器を構え戦いに備える。後ろに何故かギドクがいて、ニヤニヤと窺い見ている。
そこにナウカが飛んで来る。
「ヴァクティ様!帰ったら魔王様にメッチャ怒られますよ!」
「え?」呆気に取られ剣を降ろすヴァクティ。ナウカが捲し立てる。
「こんな事を仕出かしたんだから残当でつ!どうします?イズ・ネクにボコられてから怒られますか?勝てる訳ないのに……どうします?」
「お、俺が怒られるの?」納得いかないヴァクティ。
「その言い方よ……一緒に謝まってあげたかったけど、もう無理!」
ナウカはプイと身を翻らせ飛び去る。ヴァクティは大急ぎで追いかける。
一触即発の緊張はナウカによっておさめられた。
ギドクはボロボロのニーナたちが、集落に戻るのに気づく。
「じゃあな、ジジイぃ、おいらぁ、行くぜぇ」ギドクはイズ・ネクに声をかけて、大荷物を抱えてニーナたちの元へ駆け去った。
ニーナと賢治は、崖下から戻ったイシス兄弟とも合流し、装備を取り戻す為に集落へ戻って来た。ギドクがニーナたちの装備と、オークの宝で一杯の袋を担いで現れる。「賢治ぃ、すごかったなぁ、フヒヒ」
ニーナはギドクを睨みつけ、オークの宝を取り上げる。
「逃げたこと許さにゃいニャ!せめてもの詫び料として没収ニャ」
グアニルが、微笑みながら言う。「どろぼう、らしい仕事をしたな」
イノシンが、オークの匂いがついた服をしかめっ面で着ている。心は既にクエンガでのお風呂と洗濯に向かっていそうだ。
賢治は、遠くからこちらを見る、宙に浮く赤い一つ目の黒い球体に気づく。
廃人装備『深淵の核玉』……「イズ・ネク?」
賢治は「僕らの戦い方、どうだった?」とニヤリと心でうそぶいた。
「賢ちゃ〜ん!どこ〜」みっちゃんの声が響く。
賢治は焦り、皆を急かす。「早よ行こ!行こ!」
運命を切り開き、見事にオークを全滅させたニーナと賢治。
思いは早くも次の冒険へ、2人の物語は巡る。
猫と飼い主の冒険は、アレクスとの出会いへと続く。
第一章完結です。一旦、完結設定にしておきます!