もう、どうでもイイにゃ
『クエンガへ近道しようとしたのが間違いだったニャ!こんなオークの大群、
ゲームでも見たことにゃい!』
ニーナたちがクエンガへ向かう険しい山道に入ると、猪顔の小柄なオークの大群が、槍や棍棒を振りかざし、土煙を上げながら咆哮とともに殺到してきた。
「キリがないよ!」賢治が『疾風の剣』を振り回し、オークの棍棒を弾きながら叫ぶ。ニーナは『猫意棒』を「のびニャ!」と伸ばしてオークを薙ぎ払うが、
数が多すぎる。「こんにゃイベント、知らんニャ!」とイカ耳で唸る。
ここでは、四天王ヴァクティが新人冒険者を脅して去るイベントしか無いはずなのだ。
「猫の賢者!脱出する方策は無いのか!」グアニルが耽美の薔薇(血)を散らし、オークの斧を弾きながら叫ぶ。だがニーナは「考えとるニャ!」と返すばかり。イノシンは援護魔法を連発し、「MPが、やばいかも?」と焦る。潔癖も吹っ飛ぶ窮地だ。ギドクはいつの間にか消え去った。
雲を突く古木の頂で、白虎の毛皮を纏う獣人少年ヴァクティと、羽を生やす小さな邪鬼ナウカが、葉影からニーナたちの窮地を見下ろす。
「弱すぎる……アイツら本当に魔王軍を脅かす逸脱者か?」
ヴァクティが訝しげに言う。ナウカが囁く。
「ヴァクティ様は、オークの湧き場を動かしたことが心配?」
魔王四天王の権限でオークを大量召喚したのは、ナウカが提案したニーナたちを試す策だ。ヴァクティは魔王様に怒られないかと不安なのだ。
「逸脱者の殲滅を、魔王様が喜ばない訳は無いですよう、ククク」
オークたちが網を振り回してニーナたちを絡め取った。
「キャキャ!奴らを生け捕りにしましたよ!」ナウカがヴァクティに告げる。
「なぜそんな指示を?」ヴァクティが焦って問うと、ナウカは得意げに笑う。
「逸脱者を虐げるんス!面白いでしょ?キャ!」
ニーナたちは拘束され、森深くのオークの集落に連行される。
苔むした小屋が乱雑に並び、獣の骨で飾られた祭壇が広場の中心にある。
オークたちは豚鼻を鳴らし、ひん剥いた賢治とグアニルを「オックオク♪」と掛け声して神輿のように担いでまわる。
ニーナは縛られ放り出されて、イノシンはオークにベタベタと触られて気絶している。オークは獣人と反応しない者には興味がないようだ。
オークたちがニコニコで、洗濯バサミを付けた長い紐をどっさり持って来る。洗濯バサミを賢治とグアニルの顔に付け、紐を引っ張るとパチンパチンと弾かれる。「痛ぎゃあ!」「痛っひ!」賢治とグアニルが顔を押さえて転げ痛がる。
オークたちが、あちこちで身を捩って爆笑している。
笑い転げるオークたちに混じり、ヴァクティの肩で身悶えして笑うナウカ。
「キャキャキャ!」ヴァクティは「そこまで、面白いのか?」と呆然。
笑い疲れたナウカが呟く「ハアハア、何が面白いんだか……」
ナウカに困惑のヴァクティ。
ニーナはオークどもに飛び掛かり、噛み殺してやろうかとの怒りをグッと
堪える。高すぎるプライドの引きこもり中2の賢治にとって、こんな屈辱は
耐え難いだろう。「豚ども許さんニャ……」ニーナは小さくした『猫意棒』を握り
締め、反撃の機を窺うのだ。
オークの集落でお祭り騒ぎが続く頃、みっちゃん一行は上級の狩場を求めクエンガへと向かう街道を行く。そこにギドクが現れる。「助けてぇ、フヒヒ」
「おじさん、賢ちゃんとこの、どろぼう?」みっちゃんが、小首を傾げ言う。
シグムントとグスタフは「あの賢い猫の子が窮地に?」と驚き、顔を見合わせる。ルーフラは、何のことやらと杖に這わせた芋虫をボーっと見ている。
悟が不敵な笑みを浮かばせ、皆を煽る。
「行こうか!倒しきれないオークの大群なんて面白そうだ!」
みっちゃんは行きたい気持ちを隠し、やれやれと肩をすくめて決断する。
「恩を売っとくのも悪くないネ、助けに行こっか!」
賢治とグアニルの苦悶が響く奇祭もたけなわ、オークの医者が「これ以上やると、明日は楽しめないぞ」と止めて、ようやく終わった。
こんもりと土を盛った牢にニーナたちは閉じ込められる。牢は湿気でじめじめし、薄暗い隙間からオークの笑い声が響く。イノシンはグニャリと座り込み、死人のような顔で「お風呂に入りたい」とブツブツと呟く。
ニーナは濡らした布で、賢治とグアニルの腫れた体を冷やす。
「俺は大丈夫だ、賢治を見てやってくれ……」耽美の薔薇は仲間を想う。
ニーナは賢治の腫れた顔を拭い、グアニルの気遣いに頷きつつ、自分の無力さを噛みしめた。
賢治が呟く「やっぱ……転生しても、こんなもんだよ……」
惨憺たる状況だ。ニーナは全員で自爆特攻もありだと考え始めた。オークどもめ!あるいは猫神様とか助けてくれんかニャ!と怒りに震えるのだ。
ニーナは、賢治とグアニルのお世話しつつ、怒り疲れ、微睡み眠った。
夕闇迫る山道にて、みっちゃんたちは、次々と湧いてくる異様な数のオークに果てしない戦いを続ける。みっちゃんが乱戦で汚れた顔を歪ませ、三つ編みを振り乱し叫ぶ。「この豚どもは、無限かよ!」
その時、みっちゃんの後方より光線が一閃、オークの大群を薙ぎ払い、そこかしこ一帯でオークたちがドガーンボガーンと大爆発する。
「うお!なんだコレ?」驚愕の悟。ジマハの街で囁かれていた『逸脱者』の噂――その正体が、みっちゃんたちの前に現れた。宙に浮く赤い一つ目の黒い球体、イズ・ネクが、ゴヴァルとカルミュセアを従えて現れる。
「この度外れな強さ、賢ちゃん以上のガチオタ転生者だネ?」
みっちゃんは少し忌々しげに言う。
イズ・ネクが抑揚の無い声で、予言めいて告げる。
「挟み苛まれた少年が、凶つ橋を渡り来たる。」
「賢ちゃん死ぬの?ねえ、どうなのさ」
みっちゃんはイズ・ネクの予言の不穏さに、噛み付くようにまくし立てる。
イズ・ネクは静かに予言を繰り返す。「挟み苛まれた少年が、凶つ橋を……」
ゴイーン!みっちゃんがイズ・ネクの球体の鎧を拳でブン殴る。
「説明しろって言ってんの!会話しろや老害ガチオタ!」
攻防一体の至高の装備『深淵の核玉』を纏う、この世界の最強の一角であるイズ・ネクが無反応ながら、無茶苦茶みっちゃんにビビっっていた。
「ちょっ、待てよ!」みっちゃんが男前に止めるも、イズ・ネクたちは、ほうほうの体で逃げ去る。みっちゃんが雄叫ぶ。
「賢ちゃんが死ぬ? ふざけんな、絶対助けるからな!」
みっちゃんの叫びに呼応するかのように、地響きと咆哮をともない、オークの大群の猛攻が再開される。
陽が落ち、月の光がオークの集落を照らす。
牢で泥のように眠るニーナの夢に、人神と猫神が出て来る。
待ってましたとニーナはニンマリだが、どうも様子がおかしい。
普段は優しげな人神が、語気荒く言う。
「猫神がアナタの運命を操作しようとしたんです!」
どうやら猫神がニーナを助けようとし、ドジっ子を発動したらしい。
猫神はニーナの為に便宜を図る、孫に甘いお爺ちゃん的存在。人神に睨まれているとは聞いていたが、今ココで、またもやドジっ子とは、あんまりニャ。
「にゃ、にゃんのことですか?」焦るニーナ。
下手すれば『猫意棒』まで没収される。人神がニーナに詰め寄る。
「ウソついても、わかりますからね」
詰め寄る人神の後ろで、猫神がウインクをし「とぼけとけ」のサイン。
「にゃんも、わかりません」ニーナはキッパリと言う。
「この子じゃないみたいね、他の猫ね」人神と猫神は消え去る。
「もう猫神様は頼れにゃい……」助け手を一つ封じられたニーナは、夢の中で賢治の不穏な呟きを聞く。「もう、どうでもイイや」
ニーナは目を覚まし限界であろう賢治を見る。けれども、見開いた賢治の目に宿る光は諦めではなく、抗いの灯だ。
この賢治の目を、ニーナは見た覚えがある。引きこもってる時に、みっちゃんがオートロックを抜け、玄関まで来た時に追い返した時。お父さんとお母さんが神妙に「学校に行こう」と来た時。小学校の夏休みの最終日に、解答欄を間違えた宿題をなおしている時。
賢治は今と同じ目をしていた。絶望の中でも諦めてなかった。抗うのだ!
ニーナが期待まじりで呟く「賢治クン、何かやるのニャ?」
いつの頃かニーナは、賢治とは『楽しい』から一緒にいるのだと思っている。
弱い賢治が、こてんぱんに打ちひしがれようとも抗おうとする様は、ニーナの中の獣の血と共鳴し、それは生きることの全肯定となり『楽しい』をニーナと賢治の間に生じさせる。
クソみたいな地獄の底の『楽しい』をニーナと賢治は知っているのだ。
賢治が、ふらふらと立ち上がり、ニーナに目配せをして言う。
「さあて、オークを全滅しますかあ」
ニーナは賢治が何をするかは知らないが、調子を合わせニヤリと頷く。
ボロボロの賢治がヨタヨタと頑丈な木の檻に寄りかかり、オークを呼ぶ。
「洗濯バサミ、ちょうだい、へへ」と賢治が笑う。
賢治の、その目に宿る光はニーナが知る『楽しい』の輝きだ。
どんな地獄でも、賢治となら立ち上がれる――ニーナはそう確信する。
月が照らす夜の古木の頂にて、獣人の少年、四天王ヴァクティは白虎の毛皮を風にたなびかせ、考えを巡らせていた。
「逸脱者まがいに、ここまでして、魔王様に怒られないだろか?」
ナウカは俺をそそのかして、自分が楽しいことをしたいだけかも?とヴァクティは今更ながら疑いはじめていた。そこへナウカがニヤケ顔で飛んで来る。
「ヴァクティ様!奴ら牢の中で、何か始めてますよ、行きましょ!」
「お、おう」ヴァクティはナウカについて、飛んでいく。
結局ナウカの勢いに押し切られる、お坊ちゃんなヴァクティであった。
凶つ橋が待つ。不穏な予言の成就を見るのか?
ニーナと賢治は運命を切り開くか?
猫と飼い主の冒険は、凶つ橋へと続く。