ウチのもんでは無かったニャ
『鉱山の峠に、ドワーフのゴヴァルが経営する鍛冶屋が出現すると、
ガレケの奴隷市場で、『千年の縁』イベントが起こるフラグが立つのニャ』
ニーナたちは『千年の縁』イベントを求めて、ガレケの街に足を踏み入れた。
ガレケは闇に支配された不気味な街だ。地下の通気口から紫の湯気が立ち上り、腐臭と焦げたハーブの匂いが漂う。奴隷市場では鉄門の先に檻が並び、鎖の音と押し殺した叫び声が響く。
『グローリー・ロール』の闇ルートは、ガレケのような暗い舞台を巡る物語だ。ニーナと賢治は一度クリアしたが、その陰鬱な雰囲気は好みではなかった。
「こんにゃとこ、イベント無きゃ絶対来ないニャ!」ニーナが言い捨てる。
多種多様の癖者の客たちが、奴隷を囲み人だかりを作っている。やがて、鎖につながれたデミ・ゴッドのカルミュセアが引き出された。古代王国の末裔たる彼女は、かつては輝く美しさで知られたが、今はボロをまとい、背の羽も髪も煤まみれだ。それでも、彼女の瞳には微かな気高さが宿り、ニーナは一瞬、その視線に吸い込まれそうになった。奴隷商人がカルミュセアに命じる。
「カルミュ、ジョークを披露しろ!」
命ぜられたカルミュセア、クワッと顔を上げ、前のめりで語り出す。
「四六時中、お喋りする妻に困った夫が隣人に相談したら、妻がそれを聞いて夫に言った……『この、お喋り!』ってね」客は爆笑する。
ニーナは「にゃにが可笑しいニャ?」と首を傾げる。
高額なカルミュセアに買い手がつかない中、ドワーフのゴヴァルが現れる。
峠の鍛冶屋を営む彼は、至高の武器『地割りの戦斧』を手にしている。
奴隷商人の長、エリクルが戦斧を鑑定し、交渉が成立。
ゴヴァルはカルミュセアを連れて去る。
ニーナが、人垣の隙間からエリクルの持つ『地割りの戦斧』をじっと見つめ、目を輝かせる。「キター!まずは戦斧を頂くニャ!」
ニーナたちは『地割りの戦斧』を追って、ガレケ中心の要塞のような奴隷商人の館へと訪れた。外に武装したガードが立ち並ぶ、血と鉄の臭いが漂うエリクルの執務室は、鎖が天井から吊るされた薄暗い石造りの広間だ。中央の重厚な机には『地割りの戦斧』が無造作に置かれ、燭台の揺れる炎が不穏な影を映す。
エルクルは傷だらけの顔に冷酷な笑みを浮かべ、巨体に銀細工をあしらう黒い革の外套を纏う。ニーナたちを鋭い眼光で値踏みし、机の上の『地割りの戦斧』を叩きながら言う。
「コレが欲しいなら、俺の裏クエストを五つこなせ。悪い条件じゃないだろ?」賢治は震える声で答える。「も、もう一度、説明してください」
エルクルが呆れる。
「俺は、もう三度ほど説明したな?お前らは言葉がわからんのか?あと、後ろの猫娘、ゴソゴソとさっきから何をしとんじゃ!」
ニーナが『刺す』ボードを掲げてニヤリ。「見つけたニャ!」
「押して!」賢治が叫ぶ。ニーナがボードを押し、賢治がシステムのブーストによる異様な早さで、クラフトソードをエルクルの顔面にサクッと刺す。
「ひぃぃ~!」賢治が悲鳴をあげてソードから手を離す。
「け、賢治!?」グアニルもイノシンも驚愕の極みだ。
「落ち着くニャ!グアニルはドア押さえて、イノシンは補助魔法、今からガードがアホほど来るからニャ!」ニーナがワクワクで指示を出す。
『千年の縁』は高レベルイベントだが、ニーナと賢治は裏技で低レベルクリアを果たしてきた。エルクルに何度も話しかけ『刺す』選択肢を出し、押すと、執務室での戦闘禁止が解除されるのだ。
「入ってくるガードを1人ずつドアで挟み固めてニャ!2人入って来たら、ウチら全滅にゃ!」ニーナが『地割りの戦斧』を構え、嬉々として策を示す。
ニーナの勢いにつられて、グアニルとイノシンも士気が高い。
賢治は、へっぴり腰で震えてソードを構えている。
グアニルがドアを少し開けるとガードが飛び込んでくる。すかさずバンッとドアで挟み固める。ニーナ、賢治、イノシンがガツンガツンと攻撃。高レベルのガードは手強いが、連携が完璧なら倒せる。破城槌や複数での突入ならグアニルも押し止められないが、裏技のおかげか一人ずつ来てくれる。
ガードの死骸が部屋に溜まってきたので、戦う場所を確保する為に賢治は鎖を使って、ガードの死骸をテトリスのように積み上げる。ふと死骸の剣に目を留め、閃く。「この剣をガードの鎧の隙間に刺したらどうだろ?」
グアニルがドアでガードを挟み、ニーナが戦斧でブン殴り、イノシンが鎧の隙間に剣を差し込む。これでガードを倒す時間が短縮された。
「キリが無いな……」HPが全く減ってないグアニルが、耽美の薔薇(血)を口元から垂らしながら呟く。ニーナがまん丸黒目のウキウキのゾーン状態で叫ぶ。「半日はかかるから、気合入れるニャ!」
イノシンが楽しげに剣をガードにサクサク刺し、賢治は死骸を積みながら剣を運ぶ。「まるで部屋自体がガードを喰らう罠だな」とグアニルがニヤリ。低レベルで高レベルを倒すと経験値ボーナスが入る。レベルアップの音が部屋に響き続ける。やがて音が止み、ニーナたちはガードを全滅させた。
「4時間でキメたニャ!新記録にゃ!」ニーナが戦斧を振り回してドヤ顔。
賢治が目を輝かせ、満足げに頷く。
「ゲームと違って、まだまだ、やれることが有りそうだね!」
賢治は作業ゲーが好きだ。引き篭もりの不安を忘れて無心で没頭できる作業ゲーが大好きだ。自分で見つける作業が何より好きだ。『グローリー・ロール』は、そういう要素がいたる所に隠れているから、賢治は大好きなのだ。
ニーナたちは囚われた奴隷を解放する。奴隷たちはお礼もそこそこに逃げ出す。開け放たれた執務室に積まれたガードの死骸が恐ろしかったのだろう。
ニーナは『地割りの戦斧』を掲げ眺め、『凶悪な棍棒』と比べ何倍も強力で、
まるで自分のために作られたような相性の良さに心奪われていた。
「これはウチの運命の武器ニャ!手放したくないニャ!」と、猫らしい独占欲がむくむくと湧き上がる。
「今日中にイベント完了できるかも、次に行こう!」
賢治がニーナに言う。ニーナは目を伏せ、ギュッと戦斧を抱きしめた。
鉱山から風がビュウと吹き下ろし谷間に音を響かせる。陽が山稜に沈みかけ、空が燃える橙から深い紫へとゆるりと色を変えていく。黄昏がゴヴァルの鍛冶屋の石壁に柔らかく映え、煙突より立ち上る細い煙が風に揺れる。
鍛冶屋の前の木の椅子にデミゴッドのカルミュセアが腰かけ、遠くの山々を物憂げに眺めている。扉が軋みながら開く、革エプロンをまとうゴヴァルが、湯気の立つ粗末な茶碗を盆に乗せ、歩み来る。
カルミュセアがクワッと立ち上がり、前のめりにゴヴァルに語り出す。
「トマトは何故赤いのか?……照れてるから!ってね」
ゴヴァルは目を逸らし、立ち尽くしている。
「ご……ごめんなさい。明日には笑えるヤツを用意します」
カルミュセアが、ガックリと肩を落とし椅子に座り込む。
長い奴隷生活でカルミュセアの心は壊されていた。ゴヴァルは昔のカルミュセアに戻す方法は知っているが、それは、もう失われてしまった。
一連のやり取りをニーナたちは岩陰に隠れて見ていた。
「ニーナ、ゴヴァルに渡してきて」賢治がニーナに囁く。
ニーナはイカ耳でうつむき、ギュウと戦斧を抱きしめて動かない。
「えと……ニーナ?」賢治は気付く。
ニーナが「コレは、ウチのもんにゃんですが?」との思いだと。
風が吹き、灰色の小石が地を転がって行く。
ニーナはダサい『凶悪な棍棒』で頑張ってきた自分を想い、大粒の涙をポロポロとこぼし、声なく泣く。
賢治が簡単に戦斧を返すと言ったのが、どうにも許せにゃい。
「にゃんで、ウチの戦斧を渡さなきゃいけないのニャ……」と心の中で呟く。
賢治クン、イノシン……グアニル!ニーナは、グアニルなら、きっとウチの気持ちをわかってくれるはずニャと、猫の気まぐれでグアニルを見つめる。
猫は他責しがちである。例えば、カーペットや網戸に爪が引っかかって動けなくなった時に、助けようとすると、この惨劇の犯人はお前か!とばかりにキレ散らかすのだ。
「お、俺が戦斧を渡したくないのか?」
グアニルが口に手を当てて、慄然とし耽美に震えている。
イノシンが、ホク見っけ!な顔を隠しつつ、グアニルを詰める。
「そうだよ兄さん。全部、兄さんが悪いんだよ」
グアニルがガクリと膝から崩れ落ちる。ニーナが泣きながら叫ぶ。
「グアニルがぁ、渡してきでニャゴォ~(泣)」
だが、ニーナはグアニルに戦斧を渡さず、固く抱きしめ離さない。
「もうぅ、ウチからぁ、剥がして持って行ってニャアァ(号泣)」
イノシンがホクホクでニーナを剥がしにかかるが、噛まれて膠着状態に。
そこへ、賢治がニーナの首の皮をわし掴み、ニーナがダラリと戦斧を離す。
グアニルがゴヴァルに戦斧を渡す。ゴヴァルは深く頭を下げ受け取り、カルミュセアにむかって戦斧で空を切る。カルミュセアがまばゆく輝き始める。千年前に魔王デミウルゴスに滅ぼされた古代王国の王族がよみがえる。
黄昏の闇が山を覆う中、カルミュセアの周りだけが、淡い光に包まれていた。
「ゴヴァル、よくぞ私を見つけてくれました」
「お久しゅう、カルミュセア様」
賢治が抜け殻となった『地割りの戦斧』を拾い、クラフトソードを重ねてゴヴァルに鍛冶を依頼。「これらを合わせて『疾風の剣』にして下さい」
イベント『千年の縁』の褒賞は、武器の強化素材とゴヴァルとカルミュセア
との仲間交渉(成功率100%)だ。
賢治は、完成した『疾風の剣』(通常攻撃2回)を掲げてご機嫌だ。
ニーナが、イカ耳で口を尖らせ睨んでいる。賢治はハッとして、剣を鞘に収め言う。「さあ、ゴヴァルとカルミュセアを仲間にしよう!」
ニーナは黙って仏頂面で賢治を睨んでいる。賢治は1人で仲間交渉に行く。
「ワシらは、既にイズ・ネクの仲間になっておる」
ゴヴァルの言葉に賢治は、商人ネラルに聞いた謎の冒険者の話を思い出す。
「イズ・ネクは、闇ルートを辿っている転生者だ」
この2人をイベント前に仲間にするには闇ルートしか方法は無い。
賢治は、転生者の中に自分以上の巧者がいたことに驚きつつも、このイベントを残すイズ・ネクの余裕ぶりに、ゲームを操作してフィクサー気取りならば目に物見せてやると、柄にも無く密かに対抗心を燃やし始めていた。
すっかり夜となったジマハへの帰り道、賢治が皆に提案をする。
「レベルも稼げたし、そろそろ拠点をクエンガに変えるのはどうだろう?」
いつになく前向きな賢治に、ニーナは不満表明の仏頂面が綻びそうになる。
「ほう」グアニルが指でヒゲを弾きながら、頼もしさを見せる賢治に微笑む。
イノシンは皆の足元をロッドで照らしながら、退屈そうに欠伸をする。
オドオドしない賢治には興味がないようだ。
「クエンガまでの途中にある『付与の泉』で武器を強化しよう」
賢治は歩きながら、ゲーム知識を駆使して予定を組む。
「賢治クンは武器厳選、大好物だもんニャ」
もはやニーナは『地割りの戦斧』のことは忘れて、賢治と楽しそうに話す。
四者四様の帰り道は過ぎて、ニーナたちはジマハの街に着く。
その夜、眠るニーナの夢に猫神が出てくる。
「お主が戦斧を取り上げられるのを見ていたぞ。人間は残酷だのう」
ニーナは、忘れたことを蒸し返すなんて、猫神様は困ったもんだニャと思う。「うん、まあ、もうイイにゃ」
「ワシは、お主に武器を授けようと思う」
「にゃ、にゃんですと!!」ニーナの尻尾がピンと立つ。そう言う話なら、やぶさかではにゃいですぞと、ニーナは前のめりになる。
「人神には内緒で、武器の授受は巧妙に行うのでな、詳細は後々に告げるぞ」
猫神が囁くよう、悪戯っぽくニーナに告げる。
「嬉しいニャ!猫神様、ありがとうニャ!」
捨てる神あれば、拾う猫神あり。
ニーナの気まぐれな怒りも、賢治の秘めたる闘志も、
共に冒険を続ける限り新たな物語を生み出す。
猫と飼い主の冒険は、付与の泉と魔王の影へ続く。