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植物由来の臭にゃ

『ハイ・エルフのルーフラはマボロタケ1つで仲間にできるニャ。普段は透明化の魔法で姿を隠している。見えている瞬間は絶好のチャンスなのニャ!』


アルスピリの森は霧がたなびく幽玄の領域。曲がりくねった古木の苔むす幹に、薄光が霧と絡み幻想的な光を織りなす。鳥のさえずりと葉擦れの音が、静寂に命を吹き込む。


森の中をハイ・エルフのルーフラ・ルル・エフラがふわふわと進む。枝が刺さる麦わら帽子に葉っぱの装飾が施されたシャツとハーフパンツ、ヌボ~と前歯を見せニヤける彼女は、普段なら透明化の魔法で姿を隠している。


「透明化、忘れてるニャ」倒木の陰に身を潜めるニーナが、賢治に小声で囁く。

「マボロタケ、持ってきてないや……」賢治が悔しそうに呟く。


「グアニル、イノシン!宿にマボロタケを取りに行ってニャ!ウチらはここでルーフラを見張ってるニャ!」ニーナが素早く指示を出す。

「心得た!」グアニルはヒゲをピン!と弾き、イノシンと共に宿へ急ぐ。


「僕たちが『見えている』ってことを、ルーフラに気づかれちゃダメだよ」

賢治が緊張した声でニーナに告げた。

ルーフラがニーナと賢治に気づき、ノソノソとこちらに来る。


ニーナと賢治は倒木を背に座ったまま、必死に知らんふり。

ルーフラは葉っぱを口に当て、賢治の耳元でピーッと甲高い音を鳴らす。

「わぁ、なんかデッカイ音した(棒)」賢治が耳を押さえて涙目で言う。

「ルッフルフ~」身を揺すり笑うルーフラ。


次はお前だ!とばかりに、ルーフラはニーナの耳元に近づく。

だが、力みすぎたのか、ルーフラはプッと小さなオナラを漏らし「ルファファ~!」と己の放屁に大爆笑。

「にゃんだか、植物由来の臭……」ニーナは臭いにやられる。

「あかん時のフレーメンだ」賢治が、ニーナの顔を見て呟く。


ニーナと賢治がルーフラの狼藉に耐えてると、小柄な犬の顔をしたコボルトが1匹、2匹と騒ぎを聞きつけ集まり、群れをなして襲ってきた。コボコボ!


逃げるべきか知らんふり続けるか、ニーナと賢治が決めあぐねている間に、ルーフラが杖を片手に呪文を唱え出す。


ルーフラの周りに輝く魔法陣がひろがり、数多の棒っくいがニョキニョキ生えてくる。コボルトの群れに向かってルーフラが杖を振り向けると、棒っくいが一斉にコボルト達に飛んで行きバシバシとブン殴り出す。コボルト達は阿鼻叫喚。瞬く間にルーフラはコボルト達を制圧する。


「すごっ!全体攻撃のダメージディーラー」賢治が呟く。

「絶対、仲間にせにゃ!」目を輝かせニーナが応える。

これはもう、マボロタケが届くまで、ルーフラに『見えている』と絶対に気づかれてはならない!


ルーフラはニヤニヤと笑いながら、棒の先にコボルトのオヤツである虫の塊を刺し、からかうように近づいてくる。

ニーナと賢治は、それは無理と、同時に立ち上がろうとして頭をゴッツンコ!2人とも気絶してしまう。倒れた2人を見下ろす、にやけ顔のルーフラ。


てんやわんやの間に、遠くから軽やかな足音が近づいてきた。

三つ編みおさげの美少女、みっちゃんだ。

「ちょいとアンタ、何してんの?」


みっちゃんがルーフラを詰める。後ろには悟とみっちゃん配下のシグムントとグスタフが控える。「その虫で、何するの?」みっちゃん、美少女の圧。

ルーフラは自分が『見えている』と気づき、透明化の呪文を唱え出す。


スパァーン!美少女のビンタがルーフラのほっぺに飛ぶ。

「いきなり消えかけて、何?」みっちゃんが言う。

ルーフラは無視して、再び透明化の呪文を唱え出す。

スパァーン、スパァン!美少女の往復ビンタが炸裂。


「呪文やめよっか?」みっちゃんはルーフラの呪文を封じた。

ルーフラは、赤くなったほっぺを撫でながら少し考える。


ルーフラは素早く、虫の塊の棒を拾い上げ、みっちゃんにけしかける。

みっちゃんは素手で、虫ごと掴み止める。予想外の反応にルーフラが戸惑う。

「残念だったネ。この手は、虫よりヤバいもんを掴んできた手よ」

みっちゃんが顎で配下に指示して、ルーフラを取り押さえる。


悟が呟く「魅せてくれるぜ……」彼が、みっちゃんに従う理由だ。

みっちゃんは予想だにしないことを軽く成す。

悟はみっちゃんと居て退屈したことは無い。


気絶した賢治は、小さな虫が顔に触れる感覚で飛び起きた。「やめて!」

だが、そこには虫の塊もニーナもルーフラもいない。

辺りから鳥のさえずりに紛れて、みっちゃんの声が聞こえてきた。


みっちゃんが拘束されたルーフラに、虫の塊をけしかけている。

「ウェ〜イ、ウェ~イ」既にルーフラは白目むいて意識不明。


「ル、ルーフラは、マボロタケ1つで仲間になるって!」

賢治が駆け寄り、みっちゃんの狼藉を止めるためにゲーム知識を教える。


「賢ちゃんも、仲間にするからね!」みっちゃんが目を輝かせて言う。

賢治は、みっちゃんを知らない人が、こんな風に言われたら嬉しいだろうなと思いながら、虫の塊を見てブルブルと震え怯えた。


グアニルたちがようやく、マボロタケを持ってニーナに合流した。

「すまんね。コボルトどもに手こずって遅れちまった」

コボルトたちに剥ぎ取られたのか、グアニルは帽子、ロングブーツ、ベルトだけの半裸状態だ。イノシンは何だかホクホクだ。


ニーナがイシス兄弟に『伏せて』と手でジェスチャーし、木の陰から覗くよう促した。向こうに、賢治を仲間にしようと説得中のみっちゃんが見える。

「私のワガママかな?でも、賢ちゃんと一緒にやりたいの」

声だけ聞けば美少女の悲痛なお願いだが、手に掴まれた虫の塊が不穏すぎる。賢治は茫然自失で体育座りだ。


「むぅ……あのお嬢さんは危険だな」耽美を歪ませ、グアニルが言う。

「俺なら、もっと上手に賢治を説得する」イノシンが悔しそうに呟く。

イシス兄弟は、みっちゃん達を敵と見ているよう。


「マボロタケと賢治クンの交換を、持ちかけてみようかニャ?」

ニーナはそう言って、クンクンと風の匂いを嗅いだ。コボルトの匂いが濃い。この騒ぎとグアニルの半裸に釣られて集まってるのかもニャ……

「多分、交渉するにゃら今ニャ!」


木漏れ日に漂う霧が薄光を放つ、古木に囲まれた野原にて、ピンと張り詰めた空気の中、ニーナは手にしたマボロタケを掲げ、みっちゃんと交渉する。


「マボロタケと賢ちゃんを交換?……いいよ、猫!」

みっちゃんがハンカチで手を拭きながら言う。

みっちゃんが悟と配下の元へ戻り、囁く。

「交換の瞬間を狙って、むこう全員を制圧するからネ」


アルスピリの森がザワザワと騒がしい。

マボロタケを持ったニーナと、賢治を引き連れたみっちゃんが対面する。

「ねえ、これからは仲良く一緒にやろうよ……猫!」

みっちゃんは言い終わるや否や、桜ソードを抜きニーナへ切りかかる。


ニーナは猫ならではの身のこなしで桜ソードをスルリと避け、賢治の手を引っ張って駆け出す。だが、悟とみっちゃん配下たちが素早く動き、逃走を阻むようにじりじりと包囲網を狭めてくる。


その時、おびただしい数のコボルトが、木から藪から飛び出して来る。

コボコボー!「わぁ!何よコレ!?」みっちゃんが叫ぶ。


ニーナは風の匂いとグアニルの半裸から、コボルトが続々と集まって来ていると読んだ。みっちゃんが、どんな策を練ろうと、コボルトの大群が襲って来れば、ソレは成せぬとニーナは考えたのだ。


「コボルトは戦ってる相手に夢中になるニャ。戦わず通り抜けるニャ!」

ニーナは過去にゲームで見た賢治の逃げ方を思い出し、ニヤリと笑う。

ワクワクのニーナを先頭に賢治、イノシン、グアニルと列になり、コボルトの大群の隙間を縫って逃げる。


みっちゃん、悟、シグムント、グスタフはコボルトの大群に飲まれ乱戦する。ルーフラなら一掃できるだろう。しかし、ルーフラは白目むいて倒れている。


「も~、賢ちゃ~~ん!」みっちゃんが、コボルトの大群を抜けた遠くに見える賢治たちに向かって叫ぶ。

「中学生なって、勝手に離れて、いつの間にか引き篭ってて、今や仲間拒否!

なんで、そうなったか理由ぐらい言え~~!!!」


ニーナは、コボルトまみれのみっちゃんを眺める。天敵のみっちゃんだけど、そんな状況でそんな切実に叫ばれたら、ニーナは何だか少し寂しい気持ちになってしまうのだ。

「早よ行こ!行こ!」賢治は聞こえないふりでニーナを急かす。


黄昏の空が薄紫に染まる頃、ジマハの街へ続く埃っぽい小道をニーナたちはトボトボと歩く。収穫のない一日が終わり、疲れと失望が彼らの肩にのしかかる。ニーナの手には萎びかけたマボロタケが握られ、時折それをチラ見し小さなため息をつく。猫耳が夕暮れの風に軽く揺れる。ニーナが呟く。


「みっちゃん、ルーフラを仲間にできたんかニャ?」

「仲間にできてると、思う」賢治が言う。

「にゃんで?」ニーナが訝しげに聞く。

「シグムントとグスタフが言ってた。『洗脳』で仲間になったって」

賢治が可笑しそうに言う。ニーナは驚き、悔しそうだ。


「みっちゃん嫌ニャ!ゲームのルール無視ニャ!これじゃあ、ウチらが『グローリー・ロール』巧者でも、みっちゃんに勝てにゃいニャ!」

「そうでもないよ。匂いで、コボルトの大群の来襲を予測するなんて、みっちゃんや、モニターの前のゲーマーには無理だよ」


賢治は『我が賢きニャン』とばかりに、ニーナを見つめ言う。

ニーナは、ニャフンと鼻息吹いて誇らしげ。

「ゲームと違い転生では、やれること、まだまだ有りそニャ!」


ジマハの街に戻ったニーナと賢治は、常宿『たそがれトム』で後払いの宿代を請求される。弱小パーティーと見透かされ、早めに取り立てるつもりらしい。


残しておいたマボロタケは、高値で売れる闇の街ガレケへ持っていくつもりだったが、雑貨商人ネラルの「トムさん厳しいな!ガレケと同じ値で買い取るよ」との助け舟に、ニーナと賢治はこれ幸いと乗る。


ゲームでは名前も知らなかった雑貨商人に、こんなに助けてもらえて、ニーナと賢治はしみじみ感謝する。「ネラル、イイ奴にゃ!」


夜半のジマハの街にコボルトの大群を制したみっちゃんたちが、麻袋をレアドロップ一杯にして帰還した。ルーフラがトコトコと付いて行ってるのを見るに、どうやら仲間にできたようだ。


ニーナと賢治は、ネラルの雑貨屋に自分たちと入れ替わりに、みっちゃんたちが入って行くのを見る。店内からネラルの声が聞こえる。

「『白狼の牙』に『古の虫壺』、レアだらけ!流石はみっちゃん御一行様だよ」


ネラルの声が普段とは違う弾みようだ。ニーナはちらりと賢治を見て、眉間の微かな影に気づく。みっちゃんたちの華々しい活躍や、ネラルが彼女たちを褒める声が、賢治の胸にちくりと刺さったようだ。


「ウチらも頑張ろうニャ!」とニーナは明るく声をかけたが、内心では少し焦っていた。宿代を払った後、残りの金でダサい『凶悪な棍棒』をカッコいい『鋼の大斧』に買い替えようと目論んでいたのだ。でも、賢治のしょんぼりした様子を見て、ニーナは「今は機が悪いかにゃ?」と我慢することに決めた。


ニーナは賢治を励ますように笑顔を向けて言う。

「そろそろ『我が家のごとく亭』で惣菜の半額が始まるニャ!」

心なしか、よりしょんぼする賢治。

ニーナは「思春期って難しいにゃあ」と思うのだった。


ゲームとは違う、冒険だけでは無い転生の日々。

時折の勝利を楽しみ、敗北から学ぶ、ニーナと賢治なのだ。


猫と飼い主の冒険は、デミ・ゴッドとドワーフとの出会いに続く。

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