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とびっきりの幼馴染にゃ

『マボロタケを採りに、ダンジョン・ルマシュに来たニャ! このキノコ、めっちゃ高値で売れるから、低レベの金策にバッチリにゃ!』


ダンジョン・ルマシュは、薄暗い石造りの回廊に太古の木の根が無秩序に絡みつく、自然が侵食しているかのような神秘的な迷宮だ。湿った空気と腐葉の匂いの中、淡く光るマボロタケが根に生える。初心者冒険者には手頃だが油断ならない場所だ。


「無いなあ」賢治が呟く。

「我が薔薇の眼で、向こうも探そう」グアニルがヒゲをピン!と宣言。

天井近くの木の根に登り、キノコを探すニーナがイカ耳で呟く。

「にゃんだか、誰かに採られた後みたいニャ」


マボロタケを探すニーナと賢治に、同じ冒険者らしい少年が近付いて来る。

長身の引き締まった体、肩当てに般若面を装飾した黒と赤を基調とした軽鎧を纏い、腰には日本刀を提げる。髪は短く整えられ精悍な顔立ち、鋭い目元に笑みを浮かべて2人に声をかけてくる。


「賢治、やっぱ『グローリー・ロール』に転生してたな」

「悟クンにゃ!」少年は駆け来るニーナを危なげなく抱き止める。

「ニーナが人間なっとる」知らない猫娘に急襲されても、動じない落ち着きぶりは、スクールカースト上位の風格。賢治とは正反対だ。


「悟クン、久しぶりニャ!」賢治、悟、そしてもう1人の幼馴染。3人でモニターを囲んで『グローリー・ロール』をプレイしていた光景が、ニーナの頭にまざまざと蘇る。もう1人も居るのかニャ?とニーナは思った。


「みっちゃんも、いるよ」

悟は、ニーナと賢治をみっちゃんが居る部屋へ案内する。


たっぷりの髪を三つ編みで束ね、鼻筋通ったパッチリお目めの美少女が、ニーナの首の皮をつまみ上げて言う。

「わ!人間なってる……猫!」


ニーナはイカ耳で尻尾をお腹に丸め込み、されるがままの諦めの面持ち。

賢治が視線を逸らしつつ、おずおずと美少女に声をかける。

「みっちゃん、久しぶり」


みっちゃんは、桜が装飾された袴に鎧を纏い幅広の剣を背負う、その華やかな姿を大げさに振り向かせ、賢治に叫ぶ。

「賢ちゃん!出会えたね!」


部屋の隅でニーナが首を押さえ、不満気に尻尾を揺らし佇む。

それを、みっちゃん配下のゲームキャラ、シグムント(魔術師)とグスタフ(戦士)が心配そうに見ている。ニーナは現実でもみっちゃんが苦手だった。みっちゃんは床にこぼしたジュースをニーナで拭こうとしたり、鰹節を指で粉末状にしてニーナが咳き込むのを見て大笑いしたり、ラインぎりぎりを躊躇無しに

仕掛けて来るのがニーナは怖ろしくて、みっちゃんと一対一にならないように気をつけていた程であった。


そんなニーナに悟は目配せし、みっちゃんと賢治のやり取りを指差し、肩をすくまして困った顔をする。「悟クン、イイ奴ニャ!」とニーナはほっこりする。


みっちゃんは賢治が逃げぬよう、肩を掴みながら言う。

「あの大惨事の後、人神様の所で悟と会ってね」

みっちゃんは賢治を壁に詰め、目を輝かせて一択の選択を迫る。

「ほら!また3人で、幼馴染みでね。ほら!嬉しいね」


みっちゃんがスクールカースト上位の『花』とすれば、賢治は底辺の『土』だ。『花』が『土』にやりたい放題だ。別たれた環境に幼馴染というだけで、今も賢治に執着するみっちゃんに、ニーナは複雑な気持ちだった。


「賢治のお知り合いかな?」

戻って来たグアニルが傍らにイノシンを従え、通路から部屋を窺う。

耽美とアンニュイの『花』二つ。


「とびっきりの幼馴染ですが、何か?」

みっちゃんが『コイツらか……』とトゲを含めて返事をする。

「みっちゃん……」賢治が肩をさすりながら言う。「僕は、こっちでやるから」

みっちゃんは背中を向けて、素っ気なく賢治に応える。「そっか、残念」


「賢治、またな」去り際、悟が賢治に言う。

「うん」賢治が、少しはにかんで応える。


みっちゃん配下のシグムントとグスタフはニーナに手を振り、それに応えてニーナが両手をニャカニャカ振っている。みっちゃん以外は友好的のよう。

みっちゃんは部屋の向こうで、そっぽ向いて腕組みしてる


「あの子らも、マボロタケだよね?」

見送りが済んだ悟に、みっちゃんが言う。

「だろうね」悟が返す。

足元のマボロタケでパンパンの大袋を見つつ、みっちゃんがとぼけて言う。

「全部、採っちゃったのにナ……」


「あっちは、装備も仲間もガチガチに固めてたニャ。」

ニーナが木の根をピョンと飛び越しながら、賢治に再会の感想を告げる。装備を『桜セット』と『般若セット』で揃え、在野の魔法研究家シグムントと、元王国近衛兵グスタフを仲間にするのは最強ビルドの一角だ。また、みっちゃんたちは冒険者ギルドからの信任も厚いようで、賢治と比べると格差が甚だしい。


「そだね…覚えててくれたんだ」賢治が嬉しそうに笑みを浮かべる。

『桜セット』と『般若セット』でビルドを揃えるのは、みっちゃんと悟の好きなスタイルだったっけ……と懐かしむ。


「猫の賢者ニーナ。ココにはもうマボロタケは無いのでは?」

前を歩くグアニルがヒゲを指で弾きながら、ニーナに問う。

「いやいや、有るとこには有るニャ」ニーナが応え、賢治が後ろでニヤリ。

ニーナと賢治は『グローリー・ロール』を何百周もした、ゲーム知識だけはある巧者なのだ。


ニーナが木の根に覆われていない壁を見つける。「ココにゃ」

壁の石を上上下上と押すと、ガゴン!と抜け穴が開く。

「抜けた先に、ゴブリンのマボロタケ農場があるニャ!」

「流石は猫の賢者」感嘆するグアニル。

ニーナ、賢治、イノシンがスルリと抜け穴へ。

「つっかえた、先に行ってくれ」グアニルが上半身だけ穴から出し告げる。

「OKにゃ!」ニーナたちはグアニルを置いて先に進む。


木の根に生えるマボロタケが淡い光を放ち、部屋を幻想的な空間に変えていた。まだ収穫前のようで木の根にビッシリと生えている。


「見っけたニャ!」ニーナが叫び、次々採っていく。

「全部持って帰れば、金欠知らずニャ!」ニーナが目を輝かせて言う。

「全部は、やめとこ」賢治が呟く。「みっちゃんと悟の分も、残しておかない?」

ニーナは少し不満そうだったが「そだニャ、見つける楽しみも残しておくかニャ!」と笑った。


抜け穴に残されたグアニルは「薔薇の美を損なわぬよう、装備を外すか…」と呟き、ゴソゴソしだす。「鮮烈の耽美、薔薇のグアニルと言えども、今おそわれたら、ひとたまりもあるまいて……」

木の根の陰からゴブリンたちの怪しい影がチラリ。


「グアニル~大漁にゃー!」

口角が爆上がりのニーナたちが抜け穴へ戻り、その光景に仰天する。

ゴブリンたちが半裸のグアニルを鎖で縛り、羽ぼうきで執拗にくすぐっていた。慌ててニーナたちは、袋を放り出しゴブリン排除にとりかかる。


特にイノシンは「俺のいないとこで、俺がホクホクすることを兄さんにするな!」と怒髪天を衝き、ヒーラーなのにロッド殴打でゴブリンをのしていき、早々に戦闘をおさめた。


憔悴し切ったグアニルが臀部を突き出し、イノシンが死人のような顔で兄の患部に手を当て治癒している。「奴ら、俺のお菊を、ていねていねいに……」


グアニルの下半身側だった抜け穴の側に、すりこぎ、天狗のお面、なまず、一輪車、馬車……と整然に並べられている。


「ゆれたり、震えたり……ていねていねいに……」

「MP切れた……」イノシンが布で手をゴシゴシしながら言う。

「だが、この辛苦、無駄では無かった」


グアニルはロングソードを杖代わりに、マボロタケでパンパンの袋の山にヨロヨロと歩み寄る。「全部、奴らから奪えたのだから。」


賢治はグアニルを見て「みっちゃんらの分を残さずに、全部採ってきた方が良かったかも……」と思う。グアニルがマボロタケの袋を震えながら担ごうとする。賢治がグアニルに駆け寄る。「グアニルさん、僕が持つから!」


一方、風そよぐ小高い丘の上にて、みっちゃんは長〜い望遠鏡を覗き、ダンジョン・ルマシュへ続く街道を見下ろしている。望遠鏡の先端のレンズにみっちゃんのパチクリする目が映り込む。遠く蛇行するジマハ側の街道には、ぽつぽつと荷を積んだ商人の馬車や帰路に着く冒険者が見える。


「はてさて、賢ちゃん、どうなりましたやら?」みっちゃんが弾んだ声で言う。

隣で悟が岩に片足をかけ、顎に手を当て同じように街道を見てる。みっちゃんが誰とはなく声を張る。

「きっと、オケラで半べそかいてるよ。マボロタケ分けてあげないとネ」


みっちゃんが望遠鏡の視界に、賢治とニーナが身も隠れる程のマボロタケの袋を担いでいるのを見て取る。「何で?」みっちゃんが呟くやいなや、望遠鏡を両手で掲げ、跳ね上げた膝に叩きつけてブチ折った。既に、みっちゃん配下といえるグスタフとシグムントが、その様を見て後ろでブルブルと震えている。


「賢治め、やりおるな」悟が呟く。みっちゃんの苛立ちをよそに、悟は昔から賢治のことを何だか一目置いているのだ。


「何で幼馴染より、猫とゲームキャラなん?」

みっちゃんは折れた望遠鏡を握り潰しながら歯噛みする。

「賢ちゃんは、私たちと、幼馴染と一緒にいるべきよ……」


ジマハへの帰路の街道で、亡者の行進のようなニーナたちは、運良く商人の馬車に拾ってもらえた。商人はニーナたちのマボロタケが目当てだろう。街に入る前に買い取って、高値で売り捌くつもりのようだ。


グアニルは荷の隙間に寝転び、耽美ないびきをかいている。イノシンは商人からウェットティッシュを分けてもらい、手を拭いてご機嫌だ。ニーナと賢治は御者台に並んで座り、お喋り好きの商人の相手をしている。


「ジマハの冒険者ヲチ界隈は、美少女冒険者みっちゃんの話題で持ちきりさ」

商人の言葉にニーナと賢治は苦笑する。商人が続ける。

「その上、イズ・ネクがジマハに現れたようで、界隈はワクテカよ」

ゲームでは無かった名前が出て、ニーナと賢治は目を合わせ驚く。

「イズ・ネクって、誰ですか?」賢治が商人に聞く。

「新人ニキは知らないか?魔王討伐に1番近い謎の冒険者がイズ・ネクだよ」

賢治は「転生者だ」とニーナに囁く。ニーナはピンと尻尾を立て頷く。


夕日が街道を照らす。ニーナは馬車の揺れに合わせグルル鳴きつつ賢治にもたれ寝てしまう。賢治は商人と波長があったようで会話が弾み、ジマハまでの帰路は楽しいものとなった。商人はマボロタケの買取額を気持ち高めにしてくれた。「応援してるぜ、頑張れよ!」


ニーナは、久しぶりに猫以外と長く喋れて、満足気な賢治を見て言う。

「あの商人、いい奴だったニャ」

「ネラルさん。友達になれそうかも?」

賢治の思わぬ物言いにニーナは目を丸くして驚き笑う。賢治の変化にニーナは

「転生して良かったニャ、これからの冒険も楽しなりそニャ!」と思う。


禍福が混ざり合う出会いを巡る、ニーナと賢治。

追い縋る過去も、広がる未来を彩る一色となる。


猫と飼い主の冒険は、森に潜むハイ・エルフとの出会いに続く。

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