ウチは効率厨やにゃい!
「ダンジョン・ナービギは初心者の金策とレベル上げの場。
ボス『まつろわぬ大壺』を倒せば、装備や経験値がたんまりニャ!」
ゴブゴブー!ゴブリンの群れが賢治に襲いかかる。
「賢治、あぶなーい!」
グアニルが素早く割って入り、賢治をゴブリンから守る。
賢治はグアニルの背中と壁に挟まれ「うっ、圧……」と呻く。
ニーナは賢治に駆け寄り、『凶悪な棍棒』を構えてゴブリンを牽制。尻尾でツンツンと生存確認する。 「死んでるニャ……」
「すまない、守れなくて」
グアニルは回廊の真ん中で、耽美に謝罪と悔恨を表している。
死骸が散らばる石畳で、イノシンがホクホク顔で賢治を蘇生している。
これまで賢治が蘇生された回数は、もう数えるのも面倒なほど多い。
イノシンは片手で賢治の頭髪をぐいっと掴み上げ、もう片方の手でほっぺをぎゅっと挟み込み、賢治の口をタコのようにつぼめてご機嫌だ。あとはヒールをかけるだけ。
「ヒールはイイにゃん」横でイノシンの狼藉を見ていた、ニーナが言う。
「この先に『回復の泉』あるにゃ、MP消費ゼロで全快ニャ!」
ダンジョン・ナービギの深層、苔むす石壁に囲まれた広間にある回復の泉。古びた石像の口から透明な温泉が勢いよく流れ、大きな石造りの湯船を満たす。湯気と微かな硫黄の香りが漂う。
賢治は顔をバシャバシャ洗いHPを全快させる。
ニーナは泉の縁にしゃがみ、小さな手で水面をペチャペチャ叩く。
「転生した体なら、水もまあまあ平気ニャ」
グアニルは優雅に手鏡を取り出し、髪をかき上げ身だしなみを整える。
イノシンは手をゴシゴシ洗い、まるで神聖な儀式のように隅々まで丁寧にこすり続ける。それを見てニーナは「イノシンは潔癖にゃん?」と心で呟く。
グアニルが手鏡をしまいながら言う。
「だいぶ深層まで潜ったようだが?」
「もうすぐボスだニャ!」
「ほう」ニーナの即答に、グアニルが感心の「ほう」をもらす。
ボス部屋の禍々しい扉を抜けると、薄暗い広間に不気味な祭壇がそびえ、その上に脈打つ巨大な壺が鎮座する。祭壇の周囲には割れた石板が点在し、床には古びた紋様が刻まれている。広間の壁は高く天井は闇に溶け見えない。
「『まつろわぬ大壺』は近づくと無数の触手が襲ってくるニャ!
祭壇裏のひび割れを狙えば一撃で倒せるけど、触手に捕まると厄介にゃ!」
入口付近に陣取る一行。ニーナは、やんのかステップや猫パンチを交えて指示をする。「イシス兄弟は正面はって、ウチらは裏とるニャ」
「猫の賢者、ニーナ。頼もしい限りだ」
グアニルはボス部屋までの戦闘で、ニーナの神の目線じみた的確なIGLを浴びて、もはや「猫の賢者」と尊称する。イノシンも横で頷き同意している。
「ココは何百回と潜ってるニャ」ニーナはイシス兄弟の畏敬にも頓着せずで、ボス狩り楽しもうニャの心意気。「さあさ、ボスを屠ろうニャ!」
イシス兄弟が正面から向かい、湧き出す触手と戦闘開始。グアニルのタンクとイノシンのヒーラーのコンビは、相当な敵が相手でも勝てはしないが負けもしない状況を作る。
ニーナと賢治は、素早くボスの弱点へと駆け行く。賢治が触手のヌメヌメに足を滑らせ、転んでゴロリと死ぬ。「うわっ、ヌルッ!」が最後の言葉だった。
ニーナが賢治の死体を引きずりながら兄弟に呼びかける。
「賢治クン蘇生してにゃ~」
入口の陣へ撤退し、イノシンが賢治を蘇生する。
「さて、もっかいニャ!」ニーナは、まだまだ、やる気マンマンだ。
「兄さんがヌメヌメ」イノシンが顔をしかめる。イノシンは触手に粘液まみれにされたグアニルが気になるようだ。
「どうせまたヌメヌメにゃるって」ニーナがあっけらかんと返す。
「俺の手もヌメヌメ」イノシンが両手を広げ見せつける。イノシンは手を洗いたいのだ。自分の要望に兄を巻き込んだのだ。困惑するニーナに、賢治が囁く「回復の泉に戻ろ……」
一行は回復の泉まで撤退し、グアニルは湯船に浸かりヌメヌメを洗い流す。
イノシンは潔癖全開で手をゴシゴシ。ニーナは賢治とタライに湯を張り、グアニルの服を洗いながら「服のヌメヌメとれにゃい」とブーたれる。
賢治が誰となく呟く「効率だけではさ……メンバーのケアも大事」
賢治の『効率厨』発言に、ニーナの尻尾がピクンと震えた。
ニーナは「にゃにソレ?ウチは効率厨やにゃい!」と心で叫ぶ。
「せめて服はヌメヌメならんよう、半裸で行く!」
ボス部屋に戻ったグアニルはロングブーツとベルトと帽子のみ。
全裸より、よっぽど艶やか耽美な半裸でボスへ挑む。
少し離れた場所でニーナが、溜息混じりで賢治に告げる。
「賢治クンは即死厨だから、ココで待機にゃん」
「え?」驚く賢治にニーナがたたみ掛ける。
「効率厨と半裸厨と潔癖厨でボスいくニャ」
ニーナは「ウチ、らしくにゃいニャ……」とは思ってはいるが、ニーナにとって、さっきの賢治の言は「飼い主に手を噛まれる」なのだ。そうして、この
チクチク行為に至るのだ。ニーナは粋でいなせなニャンだけど、飼い主大好きのニャンでもあるからだ。
「猫の賢者、ニーナ」話を聞いていたグアニルがニーナと賢治に語りかける。
「男子三日会わずば刮目して見よ、とも言う」
グアニル、堂々たる姿で、ニーナと賢治の前で語る。
「賢治を、見たげてよ」堂々たるが、揺れ、語り、諭す。
「グアニルさん……」賢治が、潤んだ目でグアニルを見上げ呟く。
僕に仲間がいる、賢治は其れを噛み締めている。
「そこまで言うのにゃら……」
ニーナは両手で顔を覆い、指の隙間から目を輝かせつつ、視線を「堂々たる」に合わせて応えた。ニーナは、耽美な堂々、賢治クンの堂々、賢治クンのパパの堂々、いろんな堂々が有ってイイにゃ!多様性のための効率であって、それが目的になってはいけにゃいな!と思いなおすのだ。
そうしてニーナは病みを抜け、心新たに再びボスへと挑む。
ダンジョンボス『まつろわぬ大壺』に再び挑むニーナのパーティー。
「いくらでも死んでイイよ」イノシンが賢治に声をかける。
「いちピ……イノシン君、ありがと!」賢治は感じ入る。
でも、イノシンは無抵抗の賢治に狼藉したいだけだ。
半裸であろうとグアニルは陽動の前線を支える。
低レベルの戦闘では装備より固有のスキルが物を言う。グアニルのパッシブスキル「攻撃を受ける度に防御力上昇」とイノシンのバフスキル「自然回復力上昇、スキル使用クールダウン減少」を混ぜた戦術は「勝てないが負けもしない」状況を容易に作り出すのだ。
「ぐはっ!」グアニルが触手に腕をペチンと叩かれ吐血する。
鮮血が薔薇の花びらの様に舞う。グアニルはどんな傷も薔薇の花びらのように舞わせる。それが彼の「魅せるタンク」としての誇りなのだ。
賢治が、ヌメヌメを避けつつ走り、柱に気付かず激突死。「今回は、死なっ!」が最後の言葉だった。
早々に死んだ賢治の横に佇むニーナ。「まあ今回は、ボスをたおしてから蘇生するかニャ」ニーナは、賢治を置いてタスタスと弱点へと駆け行く。
はじめからそうしろよ!などの意見もあるやもですが、粋でいなせなニャンは、はじめからそうせず二回目でするのです。
「ぐはぅ!」戦闘もたけなわ、グアニルは鮮血の耽美三昧だ。
イノシンはホクホクだ。HP管理をするヒーラーの彼は、死ぬ事ないのに血塗れで兄流の耽美を発露する様は、全方向から弟の被虐心をつついてくる兄……と兄を感じているのだ。イノシンは呟く「兄さんの弟で幸せだ」
イノシンは、祭壇そばで死んでいる賢治に気づく。賢治はイノシンにとって、最近、手に入れた上モノだ。それが今、ココへ来たら?「どうにか、にゃりそニャ……」思わず賢者の言を真似るイノシン。イノシンはグアニルに告げる。
「兄さん、賢治死んでる」
「なんだとっ、グホッ!」
イノシンは、この饗宴に賢治を巻き込む魂胆でグアニルに報告したのだ。
「蘇生いけるか?」
「俺は兄さんをヒールしないと……」
イノシンはグアニルに何とかさせたいのだ。
イノシンは、触手が賢治の短パンの裾から中へヌメり入るのを見る。
「触手が裾から~(棒)」イノシンがグアニルに報告する。
「ぐぅぅ~、ド外道が!!!」グアニルが叫ぶ!
「あたら若い、お菊の花を、むざむざ散らせはせん!」
グアニルは血塗れ触手塗れで、ボスに背を向け賢治の方へにじり寄る。
すわ!触手一閃、グアニルの臀部に潜めるお菊の花を貫く。
「ぐばっゥ!」グアニルのバックに散り舞う、お菊の花を見る。
ニーナは触手の隙間を猫の身軽さで縫い、祭壇裏の壺のひび割れに狙いを定める。「これニャ!」凶悪な棍棒を振り上げ、渾身の一撃、にゃごおおん!
ペキパキベキ……ぐわっしゃーーーん!
壺が轟音と共に砕け散り、粉塵が舞う。触手が乾き萎み、干物になる。
ティンティロ~ン♪ドゥードゥドゥンディンドゥンディン♪
討伐成功のサウンドエフェクトが、粉塵舞うボスの大広間に鳴り響く。
「おつかれニャー」ニーナがタスタスと戻ってくる。激戦の後を物語る壺の欠片と触手の干物が散らばる中に、ホクホクの境地のイノシンが佇んでいる。
「どしたニャ?平気ニャ?」
ニーナがイノシンに声をかける。イノシンが震える手で指し示す方向に、死んでいる賢治に這いずり寄るグアニルがいる。
「散るお菊、残るお菊も、散るお菊……」
グアニルが死んでいる賢治に語りかける。
「なれば、その日まで、咲き誇れ賢治!」
グアニルのお菊にピチピチと触手の切れ端が刺さっている。
イノシンはフウフウ呼吸荒く、ホクホクの境地でソレを見ている。
ニーナは手で顔覆って指の隙間から、目キラキラでソレを見ている。
ボス戦に勝利した一行は、回復の泉にてしばしの休息をとる。
賢治はブリーフ一丁でデッキブラシ片手に湯船に足を浸し、グアニルを呼ぶ。「グアニルさん、ヌメヌメとるよ」
「ああ、少し待ってくれ」グアニルは全裸で、上半身を前に屈めて、臀部を後ろに突き出す。後ろで死人のような顔をしたイノシンが、手をグアニルのお菊に当てて治癒をしている。グアニルが賢治に言う。
「湯がしみると、いかんのでな」
湯船の中に胡座をかくグアニルの背中を、賢治がデッキブラシでゴシゴシ擦る。賢治が湯気で顔を火照らせ言う。
「でっかい背中だ」
「すまんね、手間かけさせて」
和気あいあいの2人から離れた湯船の端で、イノシンが一心不乱で手を洗っている。ニーナがテクテクと近づき、イノシンの肩に手を添え労う。
「よう、頑張ったニャ」
イノシンは目を潤ませニーナを見つめる。ニーナが言う。
「遠くから見るぶんニャいいけど、直は辛いニャ」
ニーナは「すぐ死ぬ賢治クン、半裸のグアニル、潔癖のイノシン、すっとこどっこいな仲間たち、ウチの宝物にゃ!」と思う。
回復の泉が冒険者たちを癒し、穏やかな時間が流れる。
ニーナたちは夜半にジマハの街に帰り着く。彼らは翌日も休まず、ダンジョン・ルマシュに金策するため、マボロタケ狩りに行く予定だ。
翌朝、ニーナは雑貨屋に麻の大袋を買いに行き、賢治は『我が家のごとく亭』にお弁当を貰いに行く。新人冒険者のお弁当はギルドが補助してくれるのだ。
ホールのテーブルにお弁当が並べられている。賢治は普通のとは別に、豪華なお弁当が置いているのに気づく。店の主人が厨房より顔を出し、賢治に言う。「それはギルド激推しの新人冒険者、みっちゃんたちの特製弁当だ。触らんでな」賢治は「みっちゃん」と聞き、ぶるぶると怯え震える。
「……まさか、あの、みっちゃん?」
初めてのダンジョン攻略で、仲間との絆を確認できたニーナと賢治。
おっかなびっくりの道行きでも、なんやかや成長していくものだ。
猫と飼い主の冒険は、転生者との出会いへと続く。