こんにゃ事に、なるにゃんて
「ウチは猫のニーナ。雌の三毛猫、満3歳。
飼い主の賢治クンは中2の引きこもり。
ゲームして、おやつ食べて、寝たり起きたり過ごす日々。
そんな平穏な日々が、こんな事に、なるにゃんて……」
ある日、ニーナの住む街に天空から煙を曳く軽トラックが突如落下してきた。どおおおおおーーーーん!!街は一瞬にして大混乱に。壊滅? いや滅亡!?
天界の白雲の回廊は普段の荘厳な静寂を失い未曾有の混沌に包まれた。地上の大惨事から一斉に押し寄せた大量の魂たちが、門前に列をなし大混雑だ。
猫エリアの巨大な寺院は竹林の葉ずれがささやく静かな聖域。だが今、数百匹の魂猫がニャーニャー鳴き合い、転がり、跳ね回る猫の海と化している。
謁見の間に鎮座する猫神は、フワフワ純白の長毛を風にそよがせ、その抜けた目は逆に不思議な威厳を湛えて、深い慈愛が滲む彼に数匹の魂猫が寄り添い、喉を鳴らして安心を求め、混沌の渦中に静かな平穏を醸す。
ニーナが長い行列に並び、ようやく自分の番と行儀良く猫神に詰め寄る。
「賢治クンは大丈夫にゃ?」
抜けた目をした、フワフワ毛並みの老猫が微笑む。
「まずは飼い主の心配とは、お主は徳が高いのう~」
猫神はボロボロのタブレットPCを危なっかしく爪で操作して、人神に連絡をとる。
ニーナは「ここ一年、賢治クンは猫としか話していにゃい。果たして人神さまと会話できているのかニャ?」と賢治を思う。
「大丈夫よお〜」FaceTimeにうな垂れた賢治が、柔和な女神の横に映る。
「ホッと一安心にゃ」ニーナが胸を撫で下ろす。
「猫神、軽トラの件は後で話すぞ!」柔和な人神が、語気荒く言う。
「フン、人間のせいで猫が苦しむんじゃ!」猫神がムッとしてFaceTimeを切り、うっかりタブレットを落とす。
「そら!早速、猫のタブレットPCが苦しんだ」
ニーナは持ち前の勘の良さで大惨事の原因は猫神様ではないかと気づく。
「猫神様はドジっ子にゃん?」
「宇宙の理がクラッシュしとる。復旧に時間がかかる。その間、異世界転生しといてもらえんか?」猫神がタブレットをいじりながら言う。
ゲームの世界に行く異世界転生。ゲーマー賢治の側にいて、ニーナも知らない訳ではなかった。「ゲームを選んでおくれ」猫神がモニターに映る、幾つものゲームのサムネイルをニーナに示す。
「ニャフ!最新FPSもいいけど、大作RPGも捨てがたいニャ!」
賢治の横でゲームを眺めてたニーナは、まるで自分がプレイしてる気分で、すっかりゲーマー気取りの猫なのだ。ニーナは無難な選択をした。
「賢治クンと同じので頼んますニャ!」
ーーー
山あいのチュートリアルゾーンに陽光が燦々と降り注ぐ。柔らかな緑の絨毯が広がり、野花の甘い香りと土の匂いが漂う。遠くの空にはドラゴンのシルエットが悠然と雲間を滑り、脅威というより神話の守護者のような穏やかさだ。
「ミャウ!たまさかの人間化ニャ!」
白いカボチャのオーバーオールに、肩の膨らんだ黒いシャツ、短い黄緑のネクタイ、鈴付きの赤いチョーカー。フワフワの猫耳にキュルンとした猫口、ピンピンのヒゲが愛らしいケモ娘に転生したニーナ。
猫の3歳は立派な成猫だが、多分これは猫神の趣味のよう。
あたりに、灰色の体に赤いグローブを付けた「拳闘ねずみ」、鋭い目に牙を剥く緑の体の「デス・バッタ」などの初期モンスターが湧いている。それを見てニーナは、ゲームのタイトルを察する。
「これは、かの名作『グローリー・ロール』にゃ!」
『グローリー・ロール』は仲間を作り魔王を倒す、マイナーだがファンの付いてるゲームである。ニーナは賢治が何周もするのを見ていた、大好きなゲームである。「賢治クン、流石のゲーム選択眼にゃ!」
ニーナ、おもむろに拳闘ねずみの足を掴み地面に叩きつける獣仕草。
拳闘ねずみを叩き屠ったニーナにシステム音が響く。
『チュートリアルクリア!猫神の加護:毒無効、敏捷+10』
「にゃんと、加護!?猫神様ありがとニャ!」
思わぬ猫神ブーストに上機嫌のニーナだ。
「さてさて!きっと賢治くんなら、もう街で仲間集めしてるニャ」
ニーナが始まりの街ジマハへと向かう道を、尻尾ピンピンでタスタス駆け行く。「チュートリアル修了報酬を門番に貰わニャ!」
ジマハの街は入口に苔むした石造りの門を構え、周辺には揺れる野草や色あせた看板が点在し、旅人を出迎える素朴な雰囲気を漂わせる。
[ようこそジマハへ] [冒険を始めるならジマハから!]
ニーナは、ゲームの俯瞰バードビューで見ていた景色も転生して見るとこんな感じなのニャと、後方腕組みゲームライター気取りでニコニコと見回す。
風がそよぎニーナの鋭い嗅覚が賢治の匂いをとらえる。門番から少し離れた所に、意気消沈の中2をニーナは見つけた。
「クンクン……門番に声をかけられにゃいんだ」猫は匂いで状況を推し量る。
賢治は、生きる力が弱そうな、青白い少年だ。長い前髪が目を隠し、ボサボサの髪を猫背で垂らし、ぶかぶかの革の初期鎧から細い手足が頼りなげに覗く。
パーカー風のフードは殻に閉じ篭もる時に被るのであろう。
ニーナは大好きな飼い主クンに人間化した姿を見せて驚かそうかと、初めての会話は何を話そうかと、期待でワクワクだったのに、覇気なく佇む賢治の姿に「これはアカンにゃ」と思いっきり興を削がれた。
それでもニーナは気を取り直し、賢治に声をかけようと近づく。しかし賢治は近づくニーナに一瞥もくれずトボトボと歩みを進め、門扉に額を押し付けて立ち尽くした。まるでこの新しい世界の活気から逃げるように……
「門を開けろってことかニャ?」
ニーナは持ち前の勘の良さで、門番に修了報酬を貰いに行く。
ギギイ~と開門するやいなや、賢治は街中へと飛び込んだ。
「ニャニャ!?」大急ぎで報酬をもらい、ニーナは賢治を追いかける。
賢治の謎行動に振り回されつつも、ニーナは瞳をキラキラさせてジマハの街の活気を感じる。『匂い』『風景』、そして行き交うモブたち――大惨事も、この世界を味わえたから、まぁ許すかニャ!とニーナは賢治を追いかけた。
『グローリー・ロール』を隅々まで楽しむならイシス兄弟こそ仲間にすべきで、その兄弟が正にニーナの横を通り過ぎる。
兄のグアニルは耽美な剣士、弟のイノシンはアンニュイな僧侶。
グアニルが言う「イノシン、仲間を探そう」
イノシンが応える「そうだね、兄さん」
ニーナが尻尾ピンピンで叫ぶ「賢治クン、仲間にせにゃ!」
されど賢治は、路地裏へと消えて行く。
狭い路地裏は湿った石畳と苔むした壁に囲まれ冷んやりとした空気が漂う。積み上げられた木樽や壊れた荷車が放り置かれ、街の喧騒は遠く聞こえる。
賢治は空の樽へと潜ろうとしていた。
「賢治クン!」ニーナが呼びかける。
賢治はビクリ!と反応したが、逃げ込むように樽へ滑り入った。
ニーナは猫の身軽さで樽の縁に飛び乗り、ツバメの体勢で覗き込む。
「賢治クン、ウチにゃ、ニーナにゃ!」
薄暗い樽の底で、賢治の目がわずかに揺れた。
「ニーナにゃ!転生で人間にゃった!」
賢治は声を震わせて応える。
「し……質問いいですか?」
この期にも、疑い深い賢治だが、ニーナは、この素敵な世界に来て初の飼い主クンとの会話に、ワクワクで尻尾ピンピンだ。
「……ニーナ、だよね?」賢治が震える声で確認する。
「そうにゃ、ウチ、ニーナにゃ」ニーナのヒゲは上げ上げだ。
「ほ、本当にニーナ? じゃあ……好きな、おやつは?」
「かっつおぶしにゃん!」
「網戸、破ったよね? 最近」
「うっ……そ、それはミュン……」
「どこで、チュパる?」
「耳たぶニャ!」
「ニーナなの?!」
賢治が樽から顔だけ出して驚く。
「そうにゃ!修了報酬を門番に貰いに行こニャ。賢治クン貰ってにゃい」
ニーナは賢治の手を引っ張って樽から出そうと、さあ行こうとの勢いだ。
「好きなゲームに転生なら、いけると思った」
賢治が言葉を絞り出すように言う。
路地の外の大通りから行き交うモブの声が聞こえる。
「でも、この世界の街やモブは、リアル過ぎて、怖くて……」
「どしたニャ?」ニーナには理解不能な賢治。
「……樽の中で僕は、やり過ごそうかなと」
何故そうなるの?との思いでニーナが言う。
「門番に報酬を貰いに行こニャ」
「……何で、そんな詳しいの?」
「にゃ??」
「猫が、そんなゲームに詳しい訳無いよ……」
樽の底に座り込んで、疑心暗鬼に震える賢治。「君……誰?」
ニーナはピョンと先と同じように樽の縁に手を置き、ツバメになって叫ぶ。
「一緒にゲームやったにゃんか!」
ニーナの言葉が賢治の心を温もりで包む。部屋の隅でいつもそばにいたニーナ。一緒にゲームをやってくれていたとは、この詳しそうな様子を見るになんだか本当そうだ。嗚呼、こっちの世界でも一緒にいてくれるの?
「一緒に……やってくれてたんだ」賢治が樽から顔を出す。
ニーナの言葉が、頑なな賢治の心を解し溶かした。
「早よ、門番行こニャ!」引っ張るニーナに賢治が言う。
「修了報酬貰わずに街に入ったら、ギルドで『クラフトソード』貰えるよ」
「にゃんですと!あの強化ルート間違わなければ至高武器になるクラフトソードですと!!」ニーナの詳しさを確信した賢治が呟く。「……いける!」
ニーナと賢治はギルド庁舎を訪ねる。ホールは木の梁と石壁が織りなす重厚な雰囲気に満ち、窓口のカウンターの傷やインクの染みが歴史を物語る。背後の棚には羊皮紙の巻物や書類が雑然と積まれ、カビ臭い空気を漂わせる。
夕刻も近く、多くの冒険者たちがクエスト褒賞などを受け取るためにベンチにひしめき合う。ニーナは整理券を貰い賢治と行儀良く座って待つ。標語や納税のポスターが所々に貼られている。
[こまめなセーブでクエスト成功][英雄も勇者もしてる確定申告]
ニーナは、転生はゲームと違い雑務が多そうだニャと思うのだ。
ニーナの整理券番号が受付から呼ばれる。カウンターにピョンと上半身を乗せてニーナが弾んだ声で言う。
「クラフトソードくださいニャン」
受付が怪訝そうに応える。
「受け取り人は何処に?」
「この手の者ですニャ」
ニーナの後ろで中腰で隠れている賢治が、ニューっと手だけを出している。
夕焼けの赤が射し込む薄暗い路地裏で、ニーナと賢治が目を輝かせて、ためつすがめつ『クラフトソード』を見ている。賢治が突然、樽に登り震える足で上に立ち、ブルブルとクラフトソードを掲げる。「ニーナとなら、いけるかも!」
その下で賢治を讃えるようにニーナが踊り出す。「賢治クン、いかちいニャ!」
うらぶれた路地裏に似合わぬ、ニコニコ笑顔のニーナと賢治。世界からあぶれた底辺の楽しみを知る2人には、相応しい冒険の始まりである。
ーーー
天界は大混乱の喧騒も落ち着き静寂を取り戻していた。猫エリアの寺院、竹林を臨む縁側にて、猫神がフワフワ長毛を風にそよがせ、タブレットPCのモニターに映る、踊るニーナを見て微笑む。
「飼い主に寄り添いつつも、しっかり楽しみおる。この子は徳の高い猫だのう」五本の尻尾ピンピンで笑顔の猫神を、柱の陰から睨む人神。
「また余計な事をして大惨事なんて、許しませんよ!」
賢治はニーナと一緒なら、やれるかもと一歩踏み出す。
先ずはイシス兄弟を仲間にするタスクだ。
『賢治クン、この世界、ウチらで楽しみつくそニャ!』
猫と飼い主の冒険が始まります。