フタバちゃん1
「同級生のフタバちゃんって覚えてる?」
え?
「同じマンションだったろ?」
なんか…聞き覚えある…えっと誰だっけ?
返事を寄越さない俺に向かって、ソージが呆れた様にため息を吐いた。
「自分のオカンから聞いてない?…フタバちゃんさ…お前の家族がマンションから引っ越す前迄の話、だけどさ…よくお前の家に夕飯食いに言ってただろ?」
まるで畳み掛けるかの様に、ソージは次々と言葉を紡ぎ出す。
その様子に…俺は不思議と悟った。
『あ、ソージが会いに来た目的ってこれからの話題が目的だ』と。
それと同時に、俺の独り暮らし用の部屋を掃除に来たお母様の会話が…記憶に蘇った。
『お兄ちゃんね、フタバちゃんと付き合う事になったの!』
あんな引きこもり男…どうやって彼女をGETしたんだ?
お母様が嬉々として語る声に、俺はそんな事位しか思えなかった。
当時は…俺の中で家族に対する反抗期MAXな事もあり……俺はその後のお母様の話を完全にスルーしてしまった。
つまりは、覚えてない。
だが、フタバちゃんとい名前に何か懐かしさを当時から覚えてはいたのだ。
相変わらず言葉を発しようとしない俺に対して、ソージは自分の眉根辺りを指でコリコリ掻くという…再び呆れた態度を表して言った。
「フタバちゃん…小学生の頃は、髪の毛をひとつ結びにしててさ…毎朝、学校の靴箱の扉が開く前からウンテイで遊んだりしてて…それを見つけた先生によく怒られてただろ?…低学年の頃はお前も偶に遊んでただろ?」
ソージの言葉に…俺の記憶から「ひとつ結びにした髪の毛の女の子」が少しづつリアルな形を得ていく。
「もしかして、冬場は、青いモコモコのフリースばっかり着て…白い手袋でウンテイで遊んでいた…?」
ソージがウンウンと頷いた。
それを皮切りに、フタバちゃんの記憶が次々と記憶の箱から飛び出して来た。
『ウチの親、仕事で朝早くからいないの。だからその後は…ふた、毎日冒険してるの!』
『二郎くんのところはいいなあ、毎日ママが来てくれて』
『二郎くん!今度おウチ、遊びに行くね!』
『二郎くんのおウチ、いつもジュースとお菓子くれるから楽しい!』
そうだ…そうだ。
思い出した。
ソージの言う通り、低学年の頃はそれなりに俺のウチにも遊びに来ていた。
『ママはお兄ちゃんの塾に付き添わなきゃいけないから…二郎くん、フタバちゃんと遊んでいてね。寂しく無いわよ、きっと。』
玄関で毎回お母様はそんなセリフを言ってから、兄貴と出掛ける。
フタバちゃんの両親は仕事で朝早くから家を空け、早く帰宅しても夜8時らしかった。
歯科医だった俺の親父の帰宅時間もフタバの両親と似た様な感じだ。
『俺は自分の店だから社長みたいなもんだが、あっちは雇われ社畜だろ?全然違うからな…二郎も、俺みたいになって、雇われの身になんかなるなよ』
親父が帰宅してもフタバちゃんと鉢合わせする事もよくあった。
フタバちゃんについて俺が親父に説明したら、親父からそんな言葉が返ってきた。
「フタバちゃんの事、そんな風に言わないで!」
自分でも珍しく親父に反抗した。
「お父様の言っている事は本当よ。二郎くんも、お兄ちゃんも二人で頑張ってお父様の病院継ぐのよ。だから頑張っていい学校入ろうね…フタバちゃんにはちゃんには、お菓子をあげておけばいいわよ…二郎くんが塾に行っている時は、お兄ちゃんがフタバちゃんと遊んでいれば寂しくないわ。」
お父様を援護射撃する様にお母様が言った時だ。
『嫌だ!塾も一緒に着いて来て!お母様!!』
兄貴の喚き声で…俺の反抗心は削がれた。
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