異常事態✖️出会い✖️おっさん
助けて…誰か…助けてっ!
何で…何でこんな事に…なんでっ! 俺は心の中で祈るように言いながら兄貴を半分引きずる様に運ぶ。
兄貴は重かった。 当然と言えば、当然かもしれない。
だって、引きこもりになってからは…ずっと動いてない…摂取カロリーの方が多ければ、当然デブ気味にはなる。
そんな重い兄貴をヒョイと持ち上げる事も出来ず…俺に引きずられる様に運ばれた兄貴は、あちこち痣だらけの傷だらけになった。
だけど、そんな事なんか、気にしてはいられない。
早く…早くっここから逃げなきゃ…っ !
弟である俺の目から見ても…兄貴の様子は明らかに変だった。
口をポカンと半開きにし、キョトンとした目で周囲を見ている事自体は…兄貴の平常運転だ。
しかし、キョトンとしたその目は、俺や、あれだけ来たがっていた『念願のいろは神社』を含む…周囲のモノを何も写しておらず…遠くの「何か」を見ていた。
そして何よりも、半開きになった口が何かの呪文を唱えてるかの如く、小刻みに動き…ブツブツ何かを言っていた。
「ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…」
俺は兄貴のその状態を見て怖くなった。
ここから早くはなれなきゃっ!
俺は慌てて、兄貴を傾斜の大きな丘から引きずり出した。
兄貴は俺に引きずられ…足をあちこちにぶつけ…痣や、擦り傷だらけになっても「その状態」だった。
「やめろよっ…やめろよっ…兄貴っ…ふざんけんのは…もうやめろよっっ!!」
俺がどんなに怒鳴っても、泣きべそをかいてお願いしても…兄貴はずっと…ずっと…生気の無い声で、こう言い続けていた。
「ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…ていっ…」
*****
なんとかレンタカー迄、兄貴を運んだ俺は…泣きべそをかきながら、兄貴を後部座席へ押し込む。
それから俺は、レンタカーを発車させた。
俺は、当てもなくむちゃくちゃに車を走らせた。
俺の行動は、何か考えが有っての行動じゃない。
とにかく、居ても立っても居られなかったのだ。
俺はレンタカーを走らせ、泣きべそをかきながら「どうしようっどうしよう!」と喚き続けた。
そして俺の「喚き声」の合間に…兄貴の放つ「てい…てい…てい」の声が『合の声』の様に車内へ響く。兄貴の異様な呪文を聞き続けた俺は…パニックの限界だった。
俺は、車を止める。
ふと、そこで車を止めた先に…古びた一軒家があった。
寂れた木の門扉に看板の様な木の札がある。
雨風にさらされた「それ」は、何か書かれていたけど、かなり廃れてしまって読めなかった。
いや…読む余裕が、その時の俺には無かった。
ふとその時…廃れた看板の向こうの木々や、藪の中に何かが見えた。
長い長い…木の札だった。 木の札に何かむにゅむにゅっという形状の何かが書かれている。
古い記憶の中のどこかで、見たことあるモノだった。
そして俺は藪の中に「明かり」を発見した。
その時の俺の喜びと言ったらっ!…もう、的確に表現できる言葉なんかっ…この世にないっ、と思った程だ。
俺は急いで車から降り、藪の中を分け入り…明かりを目指した。 明かりは木造の建物から漏れていた。
俺は、入り口の引き戸を思いっきり叩く。
「…助けてっ…お願いっ…誰かっ…お願い!!」
俺は半ベソ状態で叫び、引き戸を叩き続けた。 数分程その状態が続いた後で…中から人の気配を感じた。
俺は引き戸を叩く事を止め、後ろに後ずさる。
ふと…この瞬間、俺は怖くなった。
こんな真似していいのか?…とか、おばけが出てきたらどうしよう…とか、そんな事を懸念した。
そんな事を考えている内に…年季の入ったすりガラスの向こうに、明かりが灯る。
引き戸の鍵部分を、ガチャガチャする音が数秒辺りに響いた後…引き戸が開いた。
「…なんだ…新聞は要らねえつってんだろーがっ!」
中から出て来たのは、青年と呼ぶには老け気味だが…おっさんと呼ぶにも…若さの名残が顔のあちこちに散見されるような感じの男だった。
「…俺は、ディジタル新聞を取ってんだ!…ここの付き合いなんかで、ダブルに不要な紙新聞なんざ…ぜってえっ…要らんからな!」
デジタルを「ディジタル」とこだわり表現する辺りに…DVDを「デーブイデー」と表現する「田舎のおっさん臭さ」を初対面の男に対して、俺は感じた。
「…なんだ…納得して黙ってんのか?…なら、とっとと帰れ!」
男は睨みをきかせて、そういうと引き戸をガラガラと数センチ閉め始めた。
「…あ…待って…待ってっ!…違うっ!」
俺は慌てて、閉じかけられた引き戸を…こじ開けにかかった。
「なんだっ…おいっ…てめえっ…この小僧っ!!」
「…お願い…待って…待って…見捨てないでっ!…」
「…知るかっ!…てめえっ…いい加減にしろっ!」
「…お願い…話だけでもっ…いいからっ!」
「…警察呼ぶぞ…って…いや…もう、そっちも嫌だな…」
おっさんは、俺との不毛なやり取りを数回繰り返した後、何故かは不明だが…トーンダウンした。
「交番の連中も…面倒臭いキャラばっかだし…ん、小僧と警官…どっちがマシだ?」
おっさんは、引き戸を閉じる手を止めて…思案に暮れる様子を見せた。
俺もおっさんのその態度に釣られる様に、引き戸を開ける手を止めた。
次の瞬間、
ガチャンっ!
「いってえええええええっ!!!」
俺の隙をついたおっさんが、力づくで引き戸を閉めた。
当然、引き戸に手をかけていた俺の手は挟まれ…俺は悲鳴を上げて手を引っ込めざるを得なかった。
「っくそっ…いってえええええええっ…くっそジジイっ!!」
「…おいおい、それは人にモノを頼む態度じゃね…な」
「…はああ?…アンタが急に閉めるから…」
「…やり直しだ!」
「は?…」
「人にモノを頼む態度について考えてから出直せ!…てめえの事情なんざ、俺には毛程も関係ねえっ!…それなのにっ急にドンドンした上に人様の玄関口を家主の許可無しにこじ開けようなんざ…躾なってねえ、クソガキがっ…ほらっ…やり直しだっつてんだろっ…」
な、何いってんだ…このおっさん…なんかよく分からないけど…。
「面倒臭せえ…」
俺の掛け値なしの本音が一言が素直に…俺の口から飛び出していたらしい。
はっ…や、やべえ…と思った時には遅かった。
おっさんは片方の眉だけ吊り上げ…無表情な顔で俺を睨んで言った。
「…俺は、鍵を閉めて家の中に戻る…お前がどんなに助けを乞うても…全力で無視する事にするわ…お前は、助けを得られない事を悟り…すごすご帰れ。ほらほら、やり直しっつてんだろ!…テメエは…餌が貰えないと悟った犬みてえに、尻尾を地面に擦り付けながら…しょんぼりと帰りやがれ!」
おっさんの片方の手をシッシと…犬を追っ払うみたいに俺を追い出しに掛かった。
一瞬、俺の中で計算が働いた。
おっさんの言う通りに今からすごすご帰るか?
それとも…他に助けを求めるか?
だがおっさんは…俺が2択のアンサーを出す前に…二度目の引き戸を閉じ始めた。
「ああああああっ…ごめんなさいっ俺が悪かったですっ!…見捨てないでっ!!」
60センチ…50センチ…30センチ…
次第に閉じられる引き戸の隙間が、カウントダウンに見え…俺を焦らせた。
状況に飲み込まれ、俺は咄嗟に前者を選んだ。




