ファミレスにて
「だからっ、白羽の矢を私に対して立てたって訳?」
テーブルを挟んだ向こう側のソファで…フタバちゃんが、攻撃的な顔で俺を睨みつける。
「しかも『壊れたテープレコーダー』を間に挟んで…あんたと旅行?…意味がわからない…」
公園でのやり取りの続きと言わんばかりに…フタバちゃんが、険を含んだ声で俺に対して抗議してきた。
そして、その怒れるフタバちゃんの隣には…俺にとっては初対面である『フタバちゃんの親友』が、心配そうにフタバちゃんを見つめている。
にぎやかで、楽しいランチタイムのファミレスの店内で、俺達のテーブルだけがギクシャクしている様に…俺は慌てて言った。
「…ま、ま、待って…お願いだからさ…話を最後まで聞いて!」
俺の言葉を聞くや否や…フタバちゃんが、腕を組んで自分の腰掛けているソファの背もたれに持たれた。
それから、ドスの効いた声でフタバちゃんは…俺に話の続きを促すように言った。
「で?」
俺は、フタバちゃんのその様子を恐る恐る上目遣いで見ながら言った。
「フタバちゃんさ、一応は…一時だけど兄貴の公式恋人だったんだろ?…ちょっとは心配しないの?」
俺の質問に…フタバちゃんが、大きく目を見開き…次にテーブルを軽く叩いた。
「あ、あの…お兄さん以外の…ご家族の方は、何といってるんですか?」
ナナちゃんが俺に向かって、少しばかり恐縮しながらも…だけども、落ち着いた口調で尋ねてきた。
「ナナには…例の警察沙汰になった『しゃもじ山姥事件』の事から遡って小学生の頃の事まで…私は全部ありのままを話しているよ」
『山姥』…お母様に対するその言葉を耳にし、俺は不快なモノを感じながらも…俺は頑張ってそれを表に出さない様にした。
しかしそんな俺の気持ちを知ってか知らないでかは分からないが、フタバちゃんは言葉を続けた。
「もちろん、あんたや、あんたの家族の事を含めて、ね。当然、小学生時代の事や、周りの子達の噂話も含めて…ナナは知っている」
それだけ、言うとフタバちゃんは俺の向かいで腕を組みながら、ツンっとあご上げスタイルで俺を睨みつけて来た。
その様子はとても好戦的で…フタバちゃんが俺や俺の家族を「許してない」のは明らかだった 。
恨みの籠ったフタバちゃんの眼光や、息子である俺に向かってお母様の事を平気で『山姥』呼ばわりする態度に…俺の怒りが静かに再燃する。
「…なんだよ…っ!…一方的にこっちが全部悪いのかよっ…大体なっ」
俺が声を荒げ、フタバちゃんに対して、そこまで抗議仕掛かった時だ。
「落ち着いてっ!…ふたりともっ!!」
ナナちゃんが、静かに俺とフタバちゃんを諫めた。
落ち着いたナナちゃんの声色に対して、俺はナナちゃんの事を『大人っぽい子』だな、と俺は思った。
ナナちゃんって…俺と同い年なのに…そんな事を思っていたら、幾分か俺の怒りはトーンダウンしていた。
ナナちゃんのやたら落ち着いた態度に、俺はナナちゃんに向かって尋ねずにはいられなくなった。
「ナナちゃん、だっけ?…あの…もしかして…俺とフタバちゃんだけだと…喧嘩になると思ったから… 今日は仲裁役で来てくれたんですか?」
俺の質問を受け、俺とフタバちゃんを静かに交互に見つめていたナナちゃんの視線が俺に固定される 。
「いいえ。うまく言えないけど、私はフタバから話を聞いて、何だか妙だと思ったの…こんなに険悪な間柄の人物相手に…普通は旅行に誘わないでしょ?」
「…りょっ…旅行??!」
俺は自分でも驚く程、素っ頓狂な声を出していた。
俺の素っ頓狂な声を聞いて、フタバちゃんが静かに応えた。
「忘れたの?「兄貴の為に…一緒に北陸まで来てくれ!交通費と宿泊代はもつから』って、熱心に誘って来たじゃない?…バイト帰りの私をわざわざ待ち伏せしてさ。」
呆れた調子でフタバちゃんが話す。
フタバちゃんが話終わると、ナナちゃんが再度…静かに俺を見つめた。
ナナちゃんの目が俺に尋ねている…『事実だよね?』と。
俺は、北陸にフタバちゃんを誘った時のシチュエーションを一生懸命、頭の奥から記憶を引っ張り出そうと試みる。
旅行?…そんな言葉俺言ったか?…誤解させるような事…俺は、言ったっけ? 俺があんまり黙っている状況に対して、フタバちゃんは相当イラついたのだろう。
「あんたとアンタの兄貴と私の三人でとある目的の為に来てほしいって…それを、旅行と呼ばず、何と呼ぶの?」
聞き覚えのあるセリフがトリガーとなり…俺は頭の引き出しから該当する記憶を引っ張り出した。
「思い出したっ!俺、思い出したよ!フタバちゃん、あの時も同じセリフ言っていた…で、俺と言い合いになったんだよっ!そうだ、思い出した!!」
あの時は夕暮れ時だった。
俺とフタバちゃんは、店の入り口のすぐ脇にある…勝手口?というのだろうか? そこで話し合い、いや言い争いを繰り広げていた。
>『だからっ…旅行とかっそんなんじゃくって…』
>『旅行じゃなかったらっ何?…なんて呼ぶのよ、それ?!なんで…あたしがっ!!』
フタバちゃんがそこまで、俺に向かって怒りをぶつけてきた時だ。
『うるさいぞっ!営業妨害だっ!!彼氏との痴話喧嘩なら他所でやれっ!!フタバっ!!』
店の入り口から、店長らしき人に俺とフタバちゃんは怒鳴られ、旅行の話は棚上げになったのだ。
いやいや、違う。 旅行ではなく、困った事件が起こったのだ。
「二郎くん、もうさ…時系列でいいから、事件の経緯を話してくれない?」
ナナちゃんが畳み掛ける様に、俺に促す。
「そうそう。アンタって、話の要点を纏めて話そうとすると…誤解ばかりを招くよね?」
フタバちゃんが、嫌みを上乗せする形でナナちゃんに賛同する。
「まあまあ、落ち着いて二郎くんの話を聞こうよ、フタバ。」
自信を持って俺は断言出来る…フタバちゃんを諫めるナナちゃんの姿が無ければ…俺は再度、フタバちゃんと喧嘩を繰り広げていただろう。
俺は怒りを心頭滅却しながら、ナナちゃんから勧められた通り、「事件」を時系列で語り始めた。
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無視すればいい。 どうせ、ロクな話じゃない。
自分の部屋から一歩も出ようとしない『引きこもり野郎』に何が起こるっていうんだ。
俺は、酔いの回った頭で…自分自身に言い聞かせる。
『引きこもり』の兄貴が現状起こす問題なんて…どうせ『家事手伝いの業者さんに抱きついた』程度のものだ。
酔った俺の頭の中にお父様が出現する。
>『また、業者さんに抱き着いたんだ…全く。若い人じゃなくて、中年か、おばあちゃんぐらいの年齢の人でお願いしますって頼んでも…この顛末。 男のお手伝いさんでお願いしますって、条件つけるしかないな…手がかかる』
過去の記憶の中で、お父様がほやきながら、俺にそう話している。
俺に?…いや、俺だけじゃない。 お父様の隣に誰かいた。
長い髪を揺らして艶やかにほほ笑む…化粧の濃い…細身の女性だった…確か。
そこまで思い出した時だ。
強烈な眠気に襲われる。
ああ、やっぱり…明日、兄貴を訪ねよう…
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「動くんだ…動くんだ!…二郎っ!…ねねちゃんがっう、動くのっ!!」
久々に会いに来てやったと言うのに…開口一番に兄貴の口から放たれた言葉は「それ」だった。
上手く言えないが…なんかザンネンだ…ザンネン過ぎる…暫く顔を見ない内に…兄貴は何だか、ザンネンな別の生き物に進化…いや変化している様に見えた。 髪を洗っていないのは一目瞭然で、くしゃくしゃな上、一部ゴミが絡んでいる。
おまけに、鼻の穴から鼻くそが覗いているのが見えた。
それを発見した俺は…不快な何かが自分の心をヌルヌルっと浸食される感覚に陥る、
俺は兄貴を気にして、兄貴の元を訪れた自分を呪った。
酔いが回って、思考が混濁している状態の俺を…時を遡ってぶん殴ってやりたい。
俺は20行程前の俺自身を、妄想の中でフルボッコにしながら、努めて兄貴に言った。
「…あのさ…せめて…付いている鼻くそを取ってから…話しをしねえ?」
「……うっ…いっ…ああ……」
兄貴はそれだけ言うと、右手の人差し指で鼻をほじり始めた。
俺は向かい合う形で兄貴の前に立っていた。
だから、鼻の下を少し伸ばしながら、伏し目がちに「鼻ほじり」をする兄貴の姿は…ダイレクトに俺の視界に入り込む。
それだけでもかなり不快なのに…兄貴は、弟の俺の心情を一切顧みることなく…一心不乱に鼻をほじっている。
伏し目がちな兄貴の目を見ていると…お母様を思い出してしまった。
兄貴の容姿は、お母様に結構似ていたのだ。
俺はなんだか、複雑な気持ちになって兄貴に怒鳴った。
「せめて…あっちをを向いてやれよっ!」
俺のイラついた声に兄貴がびくっとなる。
「…わ、わかった」
そういうと、兄貴は俺に背を向けて鼻ほじりを再開した。
俺は思わず、舌打ちをした。
なんで、俺はこんな汚いモノを見せられなきゃならないんだ…。
俺がなんで、兄貴に対処しなきゃなんないんだ。
いつもいつも…我慢するのは俺ばかり。
家族の中で、我慢を強いられるのは、いつも俺ばかりだ。




