フタバちゃん7
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「おかわり?…いいよ。その前に、さっきの物理の問題解けたらね。」
家庭教師でもあるフタバちゃんは、真面目に兄貴に問題を出した。
しかし、予想通りではあるが…兄貴はそれを解けなかった。
しかし、ルールを破ったのはフタバちゃんの方だった。
フタバちゃんは、兄貴の要求通り…ご飯のおかわりを装った。
代わりに、問題を解けなかった罰として…しゃもじで兄貴の頭を叩いたのだ。
「アンタの兄貴の黒い髪の毛にさ…白い米粒が付いて…で、私が「付いたやつも全部食べな!」って言ったら、嬉しいそうに食べたんだよね…兄貴。」
問題はここからだ。
電話中の為、席を外していたお母様が戻って来たのだ。
俺は察しがついた。
「お母様、怒っただろ?」
「さすが、分かるんだ。」
「兄貴は?俺の兄貴はどうしたのさ…その時?」
フタバちゃんは大きなため息を吐いて、空を見上げながら俺の質問に答えた。
「笑ってた。」
「わ、笑って…た?」
「そ。爆笑じゃ無くて…こう…「うわ…面白くて珍しいもの、見たわ」…見たいな?口角を上げて笑う、感じ?」
それを聞いて俺は思わず絶句した。
お母様は、フタバちゃんのひとつ結びにした髪を掴んで…しゃもじでフタバちゃんを追いかけ回したらしい。
フタバちゃんは、家から逃げ出して…エレベーターホールに出た。
それからエレベーターのボタンを押したらしいが…俺の居住階は高層階だ。
だから、来るのに少し時間がかかる。
その間、フタバちゃんはマンションの回廊をぐるぐる走りながら逃げたらしい…お母様に髪の毛を掴まれながら…。
その時、エレベーターの扉が開いて、中から同じ居住階の住人が降りてきた。
おんぶ紐で赤ん坊を抱く母親と、その夫。
そしてどちらかの祖父母という組み合わせだった。
彼等は、一瞬呆気に取られた様子で、フタバちゃんとお母様の「鬼ごっこ」を見ていた。
それから、祖父の方がお母様を取り押さえたらしい。
「それでも、アンタのママさ…私から離れようとしないの。で、堪らなくなった私は…その子連れの旦那さんに向かって言ったの『ハサミ!ハサミ!…これ切って!』」
「…まさか、刃傷沙汰…?」
俺はつぶやいた。
事件後、何度か俺の独り暮らし用マンションを掃除に来たお母様も、今目の前にいるフタバちゃんにも、変な傷跡は見えない。
「服で…見えないところに…傷を負った…とか?」
「ちっげえーよ!…ばーか!」
心底バカにした様な罵声を、フタバちゃんは俺に浴びせると、続きを話し出した。
パニックになるフタバちゃんに大丈夫!大丈夫だから!と、旦那らしき人が声をかけながら…お母様が強く握り締めるひとつ結びを…大きなハサミでジョキっと切ったのだ。
それからお母様は旦那らしき人に取り押さえられ、赤ん坊連れの奥さんが通報した警官によって…お母様は警察署へ連行されたらしい。
フタバちゃんは、連絡を受け…飛んで帰ってきた自分のお母さんに抱きついて泣きじゃくりながら…祖父らしい人が警察にこう話しているのを聞いたらしい。
『え、あのしゃもじ持ってた人、お母さんじゃないの?…なんか…エレベーター降りたら、お母さんらしき人が…娘さんの髪を掴んで追いかけ回してて…倅がハサミを持って来ても…頑としてお母さん、離れようとしない。提灯アンコウのオス見たいに…ずっと引っ付いてんで…倅が致し方無く髪を切って離したんです…『切って、切って!』って娘さん叫んでんですから…倅は、助けたんですが、罪に問われるんですか?』
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