フタバちゃん6
「今更言うまでもなく…わかっているとは思うけど、アンタの兄貴は唯の添え物。家族公認の彼女になる前から、私は嗅覚でそれをわかっていたんだよね。」
そんな滑り出しで、フタバちゃんが事の詳細を語ってくれた。
フタバちゃん曰く、結局は彼女とは言っても…紐解くと「お母様とフタバちゃんの付き合い」なのだそうだ。
お母様とフタバちゃんで、兄貴をヨイショして可愛がっていれば…フタバちゃんは報酬としてお母様の手料理が食べられるという簡単な構図、だと思っていた。
そして、フタバちゃんの予想通り、三人の輪は当初は上手く回っていたらしい。
上手く回っていた頃の話を聞いて俺は妙に納得してしまった。
俺の兄貴が一番好きなのは、お母様だ。
情けない話ではあるが…兄貴は俺同様、好きな子に「キモい」と言われて傷心を負った過去がある。
その出来事が、兄貴の引き篭もりのキッカケになった。
『世界中の女の子が、一郎くんをキライと言っても…お母様は、一郎くんが世界で一番大好きよ!』
お母様はそう言って兄貴を絶望の淵から救い上げた。
以来、兄貴とお母様に間には…他人の入る余地の無い何かが横たわっていた。
そう言う意味でも…フタバちゃんの嗅覚はドンピシャだったんだろう、最初だけの話だけど。
「でもね、迷惑な事に…アンタの兄貴がさ、自分のママを蔑ろみして私に擦り寄る素ぶりを見せて来る様になったの。」
フタバちゃんの話してくれた例は…次の通りだった。
*食事中に兄貴の汚れた口元をお母様が拭こうとすると、兄貴が拒絶し、その役目をフタバちゃんに回した。
*フタバちゃんが兄貴へ勉強を教えている時にフタバちゃんの手を握ろうとする→「お母様がみてるよ」と言ってフタバちゃんが振り解くと、兄貴がお母様を部屋から追い出そうとした。
「どの出来事もさ…アンタの兄貴がさ…余計な我を出さずに、添え物としての役目を全うしてくれればいいのに…全く…その時のアンタのママの顔ときたらさ…」
忌々しそうな口調でフタバちゃんが呟く。
が、その口調と違い、フタバちゃんの表情は笑いが浮かんでいた。
俺は、その矛盾が怖くなり…思わずベンチの端まで後退りした。
フタバちゃんは、俺のその様子を今度は冷たい表情で横目で眺めていた。
それから、唐突に「ニヤリ」とした笑いを浮かべた。
俺はそれを見て、もっと怖くなり、軽く震えて出す。
「今のアンタの様子…『お母様』に見せてやりたいよ…何て言うかな?」
そのセリフを吐いた時のフタバちゃんの血走った目…。
狂ってる。
狂ってる。
ああ…だけど…俺はこの『狂った目』を知っている。
お母様だ。
思えば…兄貴がお母様の行動の指針だった。
指針に沿ってお母様の感情も動く。
指針の邪魔になるモノは、全て「敵」だ。
「敵」をみつめる時のお母様の目…今のフタバちゃんと同じだった。
狂ってる。
怖い。
女って…怖い…!
…それでも。
それでも、いくらか冷静な俺自身も頭の中にいた。
ソイツが俺の恐怖を自分の背後に庇う様にしながら、勇気を振り絞り…フタバちゃんに尋ねた。
「…なんで…しゃもじで叩かれながら…追いかけられたのさ…?」
俺の質問を聞いて…フタバちゃんが不気味な笑いを引っ込めた。
「アンタの兄貴がおかわりを要求してきたの。」
そんな出だしでフタバちゃんが詳細を語り始めた。




