表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/30

第八章:湯気と、心をほどく時間


「風呂じゃと……? あの“湯に浸かる”という贅沢か?」


長老が目を丸くして俺に問いただしてきた。


「贅沢、じゃないですよ。身体を清潔に保ち、筋肉の疲れを癒やし、心もほどける……“生きる力”そのものです」


「ほう……それほどまでに?」


俺はうなずいた。


「試してみませんか? 簡単な五右衛門風呂なら、材料は村にあるもので作れます」


村の古井戸を浄化してから、水の使用量は増えた。ならば、次は「使う」だけでなく「癒す」水の使い方を伝えようと思ったのだ。


**


まずは材料集め。


錆びた鉄釜が納屋の奥から見つかった。底は少し抜けていたが、土を盛って補強すれば使えそうだ。


薪は、今まで教えてきた「正しい薪割り」の成果で山ほどある。

風呂小屋も、村人たちが即席で竹と板を組み上げ、あっという間に建ててしまった。


「こりゃあ、“村の革命”じゃな」


「うむ、次はなんじゃ。“空を飛ぶ技”でも教えてくれるんか?」


笑い声が上がる中、トモとミーナが興味津々でのぞき込む。


「ねえ、ほんとにお湯になるん?」


「焚き火で沸かすの、時間かかるんじゃない?」


「ちゃんとした焚き方をすれば、1時間で入れるよ。湯加減を見るには、ひじを入れるのがコツ」


「へえええ……!」


子どもたちは、どこか祭りの準備のような高揚感に包まれていた。


**


そして夕暮れ。

木立に囲まれた小屋のなか、ふわりと湯気が立ちのぼった。


「……あったけぇ……」


第一号で風呂に浸かったのは、長年腰痛に悩んでいた木こりのハチじいだった。


「これ……これじゃ! わしの腰が、ゆるむぅ……!」


その声に、他の村人たちもぞくぞくと小屋の外で順番待ちを始める。


「まるで、湯治場じゃな!」


「からだが軽くなった気がするわ!」


「なんか、嫌なことも流れていくような……」


**


ミーナも、そっと風呂の縁に座った。


「こんなに……気持ちいいもんなんじゃな、湯って」


湯けむり越しに見る彼女の表情は、いつもより穏やかだった。


「うちの父ちゃんもな、村を出る前に言っとった。“湯に浸かるのは、心が人間に戻る時間だ”って」


「……いい言葉だね」


「うん。そんときはよう分からんかったけど、今は少しだけ、分かる気がする」


**


湯からあがった子どもたちは、肌をほんのり赤らめながら、薪の残り火で焼いた芋を食べていた。


「ぽかぽかの上に、ほくほくって、最高すぎる!」


「また入りたい! 明日も!」


俺は小さくうなずいた。


「明日から、“毎週土曜は村の風呂の日”にしよう。体と心のための、特別な時間だ」


**


風呂は、ただの清潔習慣じゃない。

湯気に包まれながら、人と人の距離が近づいていく。


老いも若きも、身分も立場もなく、湯の中では“ただのひとり”になる。

この村が、もっと生きやすくなるための、きっと大切な一歩だ。


**


その晩。星空の下、ミーナがぽつりとつぶやいた。


「なんだか、うち……もう一回、生まれ直した気分やわ」


風呂に浸かって、心もほどけて、

暮らしの中に“自分を取り戻す”時間が生まれる。


それが、村を変えていく原動力になるのだと――この夜、俺は確信した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ