第七章:豆と、未来を寝かせる壺
「今度は、豆ですか?」
ミーナが首をかしげながら、大きな麻袋を覗き込んだ。中には、村で少しずつ育てていた大豆がぎっしり詰まっている。
「そう。この大豆で“味噌”を作ります」
「みそ……?」
「うん。塩と麹と大豆を使って、寝かせて、育てていく“発酵食品”。うま味と栄養がぎゅっと詰まった、保存もきく最高の調味料なんだ」
この説明に、また村人たちの目がまんまるになる。
けれど、そんな反応にも慣れてきた。むしろ、この「なにそれ!?」の瞬間が、一番楽しい。
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まずは、大豆を一晩水に浸す。
朝にはふっくらと膨らんで、見るからに生命力をたたえていた。
「でっかくなったのう!」
「もう豆じゃなくて、赤ちゃんみたいじゃ!」
村の子どもたちが笑いながら、指でつんつんしていた。
次に、大鍋でコトコトじっくり煮る。
炎の熱が豆の芯まで届くよう、弱火で時間をかけて――村の空に、大豆の甘い香りが漂っていく。
「匂いだけで、ごはん食べられそう……」
「味噌って、こんなに手間ひまがかかるんじゃなあ……」
ミーナが呟いたその言葉に、誰もがうなずいた。
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煮あがった豆を、みんなで手で潰す。
木鉢に入れて、杵でごんごん叩く。小さな子どもたちは裸足で踏んだ。
「やわらか~い! ぬるぬるして楽しい!」
「ほらほら、ちゃんとつぶさないと舌に残るぞー」
豆の香りが村いっぱいに広がり、笑い声が響く。
ここに、前もって育てておいた米麹と塩を混ぜ込む。
そして、よく混ぜたそれを丸めて、壺に向かって――
「投げます!」
「おおおぉっ!?」
「えいっ!」
ぽすっ。空気を抜くために味噌玉を勢いよく投げ込むたび、みんなの表情がいきいきとしていく。
「なんか……これ、楽しいな!」
「この壺の中に、未来が詰まっとる気がする」
「そう。味噌は、“未来のごちそう”なんです」
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仕込みが終わると、壺の口をきっちり封じて、日陰で寝かせる。
「半年くらい経ったら、きっと美味しい味噌になるはずです」
「……半年も!?」
「うん。でも、それだけの価値がある」
静かな時間が、味を深めていく。
発酵は、手をかけずに待つことで命が育つ、不思議な魔法だ。
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その夜、ミーナが俺のそばに座って、ぽつりと呟いた。
「味噌を寝かせる壺を見てたら、なんだか不思議な気分になってな」
「不思議?」
「わたしも、この村も……少しずつ変わっとるんよ。あんたと出会ってから」
焚き火の火が、ミーナの頬をふわりと赤く染める。
「味噌みたいに、時間をかけて育っていくんかもしれん。わたしたちの暮らしも、心も」
「……うん、そうかもしれない」
俺たちは、まだほんの入口に立ったばかり。
だけどその一歩が、村の未来を変えていく。
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次の日、壺の前に子どもたちが集まって言った。
「“おいしくなあれ”って、毎日言ったら、本当に美味しくなるかな?」
「なるよ、きっと」
俺は笑って答えた。
そして心の中で、願った。
――どうかこの味噌が、みんなの食卓を照らしますように。
――どうかこの暮らしが、未来の希望になりますように。