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第七章:豆と、未来を寝かせる壺

「今度は、豆ですか?」


ミーナが首をかしげながら、大きな麻袋を覗き込んだ。中には、村で少しずつ育てていた大豆がぎっしり詰まっている。


「そう。この大豆で“味噌”を作ります」


「みそ……?」


「うん。塩と麹と大豆を使って、寝かせて、育てていく“発酵食品”。うま味と栄養がぎゅっと詰まった、保存もきく最高の調味料なんだ」


この説明に、また村人たちの目がまんまるになる。


けれど、そんな反応にも慣れてきた。むしろ、この「なにそれ!?」の瞬間が、一番楽しい。


**


まずは、大豆を一晩水に浸す。

朝にはふっくらと膨らんで、見るからに生命力をたたえていた。


「でっかくなったのう!」


「もう豆じゃなくて、赤ちゃんみたいじゃ!」


村の子どもたちが笑いながら、指でつんつんしていた。


次に、大鍋でコトコトじっくり煮る。

炎の熱が豆の芯まで届くよう、弱火で時間をかけて――村の空に、大豆の甘い香りが漂っていく。


「匂いだけで、ごはん食べられそう……」


「味噌って、こんなに手間ひまがかかるんじゃなあ……」


ミーナが呟いたその言葉に、誰もがうなずいた。


**


煮あがった豆を、みんなで手で潰す。

木鉢に入れて、杵でごんごん叩く。小さな子どもたちは裸足で踏んだ。


「やわらか~い! ぬるぬるして楽しい!」


「ほらほら、ちゃんとつぶさないと舌に残るぞー」


豆の香りが村いっぱいに広がり、笑い声が響く。


ここに、前もって育てておいた米麹と塩を混ぜ込む。

そして、よく混ぜたそれを丸めて、壺に向かって――


「投げます!」


「おおおぉっ!?」


「えいっ!」


ぽすっ。空気を抜くために味噌玉を勢いよく投げ込むたび、みんなの表情がいきいきとしていく。


「なんか……これ、楽しいな!」


「この壺の中に、未来が詰まっとる気がする」


「そう。味噌は、“未来のごちそう”なんです」


**


仕込みが終わると、壺の口をきっちり封じて、日陰で寝かせる。


「半年くらい経ったら、きっと美味しい味噌になるはずです」


「……半年も!?」


「うん。でも、それだけの価値がある」


静かな時間が、味を深めていく。

発酵は、手をかけずに待つことで命が育つ、不思議な魔法だ。


**


その夜、ミーナが俺のそばに座って、ぽつりと呟いた。


「味噌を寝かせる壺を見てたら、なんだか不思議な気分になってな」


「不思議?」


「わたしも、この村も……少しずつ変わっとるんよ。あんたと出会ってから」


焚き火の火が、ミーナの頬をふわりと赤く染める。


「味噌みたいに、時間をかけて育っていくんかもしれん。わたしたちの暮らしも、心も」


「……うん、そうかもしれない」


俺たちは、まだほんの入口に立ったばかり。

だけどその一歩が、村の未来を変えていく。


**


次の日、壺の前に子どもたちが集まって言った。


「“おいしくなあれ”って、毎日言ったら、本当に美味しくなるかな?」


「なるよ、きっと」


俺は笑って答えた。


そして心の中で、願った。


――どうかこの味噌が、みんなの食卓を照らしますように。

――どうかこの暮らしが、未来の希望になりますように。


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