第六章:ヤギと、白い黄金
「村に……ヤギがいたんですね」
「おう、昔っからな。けど最近は子どもも産まんし、ただの厄介者みたいに思われとる」
俺は村のはずれ、小屋の中でのんびり反芻しているヤギを見つめながら、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
「この子たちのミルクで、チーズとバターを作ります」
「ちーず……? ばたー……?」
今日もまた、村人の目がまるくなる。
だが、これができれば、村の食卓はさらに豊かになる。
栄養面でも、保存食としても、乳製品は革命的だった。
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まずは搾乳から。
「落ち着いてね……びっくりさせないように」
俺はそっとヤギの腹の下に手を入れ、乳房に指を添える。
「上からやさしく握って、下へ絞る感じで……」
ピュッ。
白いミルクが木の桶に飛び込む。
「おおおっ!」
「出たっ!」
子どもたちが目を輝かせる。
トモとミーナも、おそるおそる俺の横で手を伸ばす。
「すご……あったかい」
「これが……命の恵みなんじゃな」
この“あたたかさ”が、食べ物の尊さを教えてくれる。
スーパーの棚にはない、生きた食育だ。
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絞ったミルクを布でこして、鍋に入れてゆっくり火にかける。
表面に脂肪分が浮いてきたら、すくって冷水で練る。
「これが……バターか?」
「そう。練って、水気を出して……最後にちょっと塩を加えると、ぐっと美味しくなるよ」
白から淡い黄色に変わっていくバターは、見た目も香りも豊かだった。
子どもたちは鼻をくんくんさせて、思わず指ですくいそうになっていた。
「ちょっとだけ、味見してごらん?」
「えっ……いいの?」
「うまっ!! パンに塗ったら絶対最強!!」
「これ、村の宝じゃろ……」
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続いてチーズ作り。
「このレモンの果汁でミルクを分離させます」
「酸っぱさで固まるんだな!」
分離した白いかたまりを布でこして、ぎゅっと重しをかける。
一晩寝かせて、翌朝には簡易チーズの完成だ。
村人たちは、焼きたてのパンにこのバターとチーズを塗って――しばし言葉を失った。
「……うまい……」
「村で、こんなもんが作れるなんて」
「お前……本当に勇者じゃないのか……?」
いや、俺は“暮らし指導官”だってば。
でも、こうして笑顔が広がっていくのを見ると、
世界を救う勇者なんてのも、案外こんな小さな日常から始まるんじゃないか――そう思えてくる。
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その夜、焚き火のそばでミーナがぽつりと言った。
「この村に……あんたが来てくれて、ほんまによかった」
「そんなことないよ。俺はただ、知ってることを教えてるだけで……」
「でもな、知っとっても、教えてくれる人はおらんかった。あんたは、惜しまず分けてくれる」
ミーナはそう言って、そっと笑った。
「明日、村の子どもたちにも、“感謝”を教えたいんじゃ。命の恵みに、きちんとありがとうって」
その言葉が、胸の奥にじんと沁みた。
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次は、村の子どもたちと一緒に「いただきます」と「ごちそうさま」の意味を教える授業をしようか。
あるいは、季節の保存食――干し野菜や味噌作りにも挑戦してみたい。
暮らしを整えることは、命を大切にすること。
この村での毎日が、それを教えてくれる。