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第六章:ヤギと、白い黄金

「村に……ヤギがいたんですね」


「おう、昔っからな。けど最近は子どもも産まんし、ただの厄介者みたいに思われとる」


俺は村のはずれ、小屋の中でのんびり反芻しているヤギを見つめながら、ゆっくりとしゃがみ込んだ。


「この子たちのミルクで、チーズとバターを作ります」


「ちーず……? ばたー……?」


今日もまた、村人の目がまるくなる。


だが、これができれば、村の食卓はさらに豊かになる。

栄養面でも、保存食としても、乳製品は革命的だった。


**


まずは搾乳から。


「落ち着いてね……びっくりさせないように」


俺はそっとヤギの腹の下に手を入れ、乳房に指を添える。


「上からやさしく握って、下へ絞る感じで……」


ピュッ。


白いミルクが木の桶に飛び込む。


「おおおっ!」


「出たっ!」


子どもたちが目を輝かせる。

トモとミーナも、おそるおそる俺の横で手を伸ばす。


「すご……あったかい」


「これが……命の恵みなんじゃな」


この“あたたかさ”が、食べ物の尊さを教えてくれる。

スーパーの棚にはない、生きた食育だ。


**


絞ったミルクを布でこして、鍋に入れてゆっくり火にかける。

表面に脂肪分が浮いてきたら、すくって冷水で練る。


「これが……バターか?」


「そう。練って、水気を出して……最後にちょっと塩を加えると、ぐっと美味しくなるよ」


白から淡い黄色に変わっていくバターは、見た目も香りも豊かだった。

子どもたちは鼻をくんくんさせて、思わず指ですくいそうになっていた。


「ちょっとだけ、味見してごらん?」


「えっ……いいの?」


「うまっ!! パンに塗ったら絶対最強!!」


「これ、村の宝じゃろ……」


**


続いてチーズ作り。


「このレモンの果汁でミルクを分離させます」


「酸っぱさで固まるんだな!」


分離した白いかたまりを布でこして、ぎゅっと重しをかける。

一晩寝かせて、翌朝には簡易チーズの完成だ。


村人たちは、焼きたてのパンにこのバターとチーズを塗って――しばし言葉を失った。


「……うまい……」


「村で、こんなもんが作れるなんて」


「お前……本当に勇者じゃないのか……?」


いや、俺は“暮らし指導官”だってば。


でも、こうして笑顔が広がっていくのを見ると、

世界を救う勇者なんてのも、案外こんな小さな日常から始まるんじゃないか――そう思えてくる。


**


その夜、焚き火のそばでミーナがぽつりと言った。


「この村に……あんたが来てくれて、ほんまによかった」


「そんなことないよ。俺はただ、知ってることを教えてるだけで……」


「でもな、知っとっても、教えてくれる人はおらんかった。あんたは、惜しまず分けてくれる」


ミーナはそう言って、そっと笑った。


「明日、村の子どもたちにも、“感謝”を教えたいんじゃ。命の恵みに、きちんとありがとうって」


その言葉が、胸の奥にじんと沁みた。


**


次は、村の子どもたちと一緒に「いただきます」と「ごちそうさま」の意味を教える授業をしようか。

あるいは、季節の保存食――干し野菜や味噌作りにも挑戦してみたい。


暮らしを整えることは、命を大切にすること。

この村での毎日が、それを教えてくれる。


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