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第十九章:ナナ先生、村で暮らす

「これは井戸の汲み方。バケツは急に落とすと水が濁るから、ゆっくり、こう──」


「そ、そんなに丁寧に!? でも確かに、水がきれい……!」


ナナが村に来て三日。

王都から来た“教師”という肩書きを脱ぎ捨て、彼女はまず“暮らし”を学び始めていた。


慣れない土の匂いに戸惑い、薪の束に足を取られながらも、ナナは一つひとつ、素直に、必死に向き合っていた。


「これは……かまど炊き!? 見たことはあっても、やったことは──」


「まずは火の神さまに挨拶してからな」


そう言って笑うのは、トヨばあちゃん。

火を育て、灰を捨て、炊きあがったご飯の甘さに、ナナは目を潤ませた。


「……わたし、王都で“教えること”はずっと学んできたけど、“生きること”は知らなかったのかもしれません」


**


学舎でも、ナナの姿勢は子どもたちに受け入れられていた。


「ナナ先生、一緒に土器作る?」


「私も作っていいの? やった、じゃあこの前の形を真似して──」


教える立場でありながら、一緒に泥まみれになって笑う“先生”。

それが子どもたちにとっては、ごく自然で嬉しい存在だった。


**


ある日の放課後。

ロクは焚き火を囲んでナナに問うた。


「正直、王都に帰りたくなった?」


ナナは少し黙って、空を見た。


「最初はね、“視察”のつもりだったんです。でも……今はもう、帰る理由が見つからないんです」


風が揺らす髪の下で、彼女の瞳はしっかりと村の未来を見ていた。


「ここには、“学びの原点”がある。生活と、知識が、切り離されていない。……それって、すごく豊かで、幸せなこと」


ロクは静かに頷いた。


「それを“教える”ってことに、名前をつけられるなら……」


ナナは笑った。


「うん。“暮らしの教室”ですかね」


**


その日、ナナは自分のノートにこう書きつけた。


「学び」は教室だけじゃない。

鍬を握る手の中に、火を起こす指先に、食卓の笑い声に、全部ある。

わたしは、ここで“先生”を始めよう。


夜の空に、炭の煙が細く伸びていく。

そしてその下で、小さな革命がまた一つ、静かに芽吹いていた。


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