第十八章:王都からの手紙
それは、見学者たちが去ってから十日後のことだった。
ねっこ学舎の入り口に、一羽の伝書鷹が舞い降りた。
「……これは、王都の封蝋だな」
レイナが目を細める。ロクが封を割り、慎重に中身を広げると、整った筆致の書簡が現れた。
《ねっこ学舎御中
このたびの見学、深く感謝申し上げます。
当研究会では“暮らしと学び”の在り方を再考すべく、貴学舎の取組を「特例実験村」として正式に認定し、引き続き観察と支援を行うことを決定しました──》
「……実験村?」と、オーリンが渋い顔をする。
「聞こえは悪いが、実質的には“認可”ってことだよ。村の学びが、王都の教育制度の一部として認められる……」
ロクは呟いた。
だが、問題はその後に続いていた。
《つきましては、王都より教育行政官および若き修練教師を一名派遣し、学舎の運営に参画させていただきたく──》
「来るってことか。外から、新しい教師が」
オーリンの言葉に、場がしんと静まり返る。
村の暮らしは、村の中で育ててきたものだ。
そこに“王都のやり方”が持ち込まれれば、良い方向にも、悪い方向にも変わってしまうかもしれない。
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翌日、村の集会所で話し合いが開かれた。
若者たちは「刺激になる」と期待を口にし、年配者たちは「暮らしを壊されたくない」と懸念をにじませた。
その中で、レイナが手を挙げた。
「……正直、わたしも怖い。けど、学ぶって“閉じる”ことじゃなくて、“開く”ことだと思う」
彼女の声は少し震えていたが、はっきりしていた。
「来る人を、客人として迎えよう。追い返すんじゃなくて、“一緒に暮らしてもらう”。それが、この村のやり方じゃない?」
村人たちは静かに頷いた。
「ならば、迎える用意をせんとのう。……炊き出しでもするかい」
トヨばあちゃんの一言に、場が和んだ。
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数日後──春の風がまだ冷たい朝、
一台の荷車が村の坂道をゆっくり登ってきた。
ロクは深呼吸を一つして、門の前に立つ。
やがて、荷車からひょっこりと顔を出したのは、まだあどけなさの残る少女だった。
赤いマントに、王都の教育機関の徽章。
だがその瞳は、どこか田舎の匂いを求めるような色をしていた。
「初めまして。わたし、ナナと申します。学びを教えるつもりで来ましたが……学ぶ覚悟もしてきました」
その言葉に、ロクは微笑んだ。
「ようこそ、暮らしの村へ」
風が、焚き火の匂いを運んでくる。
村の暮らしに、また一つ、新しい命が加わった。