第十七章:見学者がやってきた
ある晴れた朝、村に珍しい来客があった。
「お忙しいところ、失礼します。私たちは“シオン王都教育研究会”から参りました──」
馬車から降りてきたのは、きっちりとした服装の男女三人。
手には分厚い書類、腰には巻物、背中には重たそうな本を背負っている。
「なんでも、こちらの村では“暮らしを教える学び舎”があると聞きまして。ぜひ見学を、と──」
ロクは面食らいながらも、ねっこ学舎へ案内した。
学舎ではちょうど、子どもたちが畑の畝立てを習っていた。
土に手を突っ込み、鍬をふるい、額に汗を浮かべながら笑っている。
「……これは、“農作業の時間”でしょうか?」
女性の研究員が控えめに尋ねる。
「いえ、“理科”と“家庭科”と“体育”ですね。土の中の虫や、土質を見て、実際に体を動かしてます」
ロクがそう答えると、三人の眉がぴくりと動いた。
「失礼ながら、それは“授業”として成立していますか? 教育指針や、単元計画は──」
その言葉に、オーリンが口を挟んだ。
「ほう、それがないと子は育たんのか? ここでは、春に種まいて、夏に虫と戦い、秋に収穫しながら育つんじゃ」
研究員たちは互いに顔を見合わせる。
さらに校舎の壁に並ぶ“暮らしの記録”──染め物の布、干し野菜の束、子どもたちの筆文字──を見て、静かに息をのんだ。
「……教室で“話を聞く”だけが学びではないと?」
「ええ、ここでは“手と身体で学ぶ”のが基本です」
ロクは笑って答えた。
都会から来た彼らには、それが一番伝えたいことだった。
**
その日の午後、見学者たちは炭焼き小屋も訪れた。
ゴンじいが小さな炭のかけらを渡す。
「これ、さっきワシらが焼いた“白炭”や。折ってみぃ、ピシッと音がするじゃろ?」
研究員の一人が折った瞬間、まるで陶器のように鋭い音が響いた。
「……炭にも、こんな違いがあるんですね」
「こいつぁ、山の湿気をとったり、水の濾過にも使える。学びっちゅうのは、暮らしの役に立ってナンボよ」
そう言って笑ったゴンじいに、研究員たちは目を伏せたまま何度も頷いた。
**
見学が終わった頃、女性の研究員がぽつりと漏らした。
「私たち、すごく大事なことを忘れていたのかもしれません。……“生きるために学ぶ”って、当たり前なのに」
ロクは答えず、ただ子どもたちが焚き火を囲んで笑う姿を見ていた。
学ぶとは、知ること。
知るとは、暮らしとつながること。
この村は、それをまっすぐに育てていた。
やがて馬車が遠ざかり、夕暮れの静けさが戻ってきた。
レイナがぽつりと呟いた。
「変わり始めてるね、この村だけじゃなくて、外も」
ロクは、うん、と小さく頷いた。
「でも変えるんじゃなくて、思い出させてるんだ。人が“生きる”って、どういうことか」
焚き火の中でパチン、と炭が弾けた。
その音が、村の深い夜に溶けていった。