第十六章:村の先生たち
「今日は“村の先生の日”だってさ!」
子どもたちが、ねっこ学舎の土間に集まってくる。
この日は村の大人たちが“先生”になり、自分の得意分野を教える日だった。
今日の講師は、染め物名人のウメばあちゃん。
「みんな、これ見てみ。これは“藍”ちゅう草の葉っぱや」
ウメは、手ぬぐいに藍で描いた模様を見せながら、昔の暮らしの話を始めた。
「むかしはな、色を買うんやなくて、育てるもんやった。草を育てて、葉を摘んで、染めて、ようやく“青”ができるんよ」
藍の葉を水に浸して発酵させる「すくも作り」や、灰汁での媒染など、まるで錬金術のような工程に、子どもたちは目を丸くした。
「藍は虫も寄りつかんし、布を強うする。色だけやない、知恵のかたまりなんよ」
最後に子どもたちは、小さな布に絞り染めを試し、初めて自分の手で“色”を生んだ。
目を輝かせた少女がつぶやいた。
「わたしもこの草、育ててみたいな」
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次の週、“先生”として前に立ったのは、村の保存食の名人、トヨばあちゃんだった。
「今日は干し芋をつくるよ。けどな、それだけやあらへん」
彼女が並べたのは、切り干し大根、干し椎茸、干し柿、干しぜんまい──乾いた食材の山だった。
「冬はな、なーんも取れへん。せやから“干す”んや。干すってことは、食べもんに“時間”を入れることや」
トヨの手は迷いなく包丁を動かし、大根を均一に切っていく。切ったものを縄に吊るすと、寒風の中でカラカラと音を立てた。
「干して、水ぬいて、甘さと旨さだけ残す。そんで、いざってときの“命綱”になるんや」
その言葉に、子どもたちは静かに頷いた。
「ほら、食べてみぃ。去年の秋に干した椎茸。煮含めたら、春でもうまい」
ひとくち口に入れた少年が、驚いたように目を見開いた。
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こうして、村の“暮らしの知恵”がひとつずつ授業になっていく。
文字のない学び。手の感覚と、声の調子と、匂いの記憶。
それが、子どもたちに「生きるってなんだろう」と問いかけていた。
学ぶのは子どもだけじゃない。若い大人たちも、その横で静かに学んでいた。
「あんた、こんなこと都会じゃ習えんやろ」
そう笑ったトヨに、大学を辞めてきたレイナが深く頷いた。
「……はい。なんか、ようやく“学校”って感じがしてきました」
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この村では、誰もが先生になれる。
そして、どんな知識も、命を支える“道具”になる。
やがて、この“村の学び”が、村の外からも注目されるようになるのは、もう少し先の話だった。