第十五章:学び舎のはじまり
「学校を、作りたいんです」
そう言ったのは、中央学府から来た若い女性だった。
名はレイナ。都市では一流の学問を学びながら、なぜか大学を辞めて村にやって来た異色の存在だ。
「この村の子どもたち、ものすごく賢いんですよ。薪割りの手順とか、煮炊きの火加減とか、感覚で覚えてる。でも、それだけじゃもったいないと思ってて……」
レイナの目は真剣だった。
「『暮らし』を土台にした教育ができたら、村の未来は、もっと強くなると思うんです」
俺は黙って頷いた。
都会では、教室で習う知識が先にあり、暮らしが後回しになる。
けれどこの村では、その逆だ。
「生きること」が先にあり、「知ること」がそこに溶け込んでいる。
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場所はすぐに決まった。
黒雨のとき、物資倉庫として使っていた小屋。
陽当たりがよく、風通しもいい。
大工のオーリンが、建物の補強と内装を引き受けてくれた。
「ここに薪ストーブを入れて、冬も授業できるようにしよう。あと棚を低くして、子どもでも道具を片付けやすくな」
設計士の夫婦は、収納の設計を申し出てくれた。
「黒板の代わりに、壁に石灰塗ってもいいですね。書いて消せるようになります」
「椅子と机は、全部、村の間伐材で作りましょう」
少しずつ、“村の学校”の姿が形になっていった。
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最初の授業は、外で行われた。
テーマは「種の観察と絵日記」。
畑で蒔いたトウモロコシの成長を、子どもたちに記録させる。
「“種が芽を出す”ってことは、“今の暮らしが未来に残る”ってことや」
俺は子どもたちにそう伝えた。
「どんなふうに伸びたか、葉っぱの色や背の高さ。見て、描いて、覚えて、書いてみてな」
ノートの代わりに使ったのは、古布を綴じた手作りの冊子だった。
表紙には、それぞれの子が自分で色を塗り、名前を書いた。
「ノートって、家みたいなもんや。自分の思いをしまって、また何度も見に行けるんやで」
子どもたちは、真剣にペンを走らせていた。
時には葉をこすって色をつけたり、土の匂いをしみ込ませたりする子もいた。
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午後は、大人向けの「暮らしの知識講座」。
今日のテーマは「井戸の浄化と水質の見分け方」。
王都のフリーランスエンジニア・カズマが講師を務めた。
「水は、匂いと濁りを見るだけじゃ足りません。ときどき簡易試薬でpHと鉄分を調べましょう。井戸の“老化”は、暮らしの見えない老化でもあります」
彼の話は難しい部分もあったが、村人たちは目を輝かせて聞いていた。
今や、外から来た者たちも“村の先生”になりつつあった。
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夕暮れ、レイナがぽつりと言った。
「学校って、建物じゃないんですね。こうして、教えたり学んだりしてる時間そのものが、もう“学び舎”なんだって思いました」
俺は笑った。
「せやな。村全体が、でっかい教室みたいやな」
ふと見上げた空に、雲の隙間から金色の光が射していた。
それはまるで、新しい季節の始まりを告げる合図のようだった。
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やがて、教室の前に立つ小さな看板には、子どもたちの手でこう刻まれることになる。
《くらしのがっこう ねっこ学舎》
種が根を張るように、知恵とつながりが、村の土に深く根づきはじめていた。