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第十五章:学び舎のはじまり

「学校を、作りたいんです」


そう言ったのは、中央学府から来た若い女性だった。

名はレイナ。都市では一流の学問を学びながら、なぜか大学を辞めて村にやって来た異色の存在だ。


「この村の子どもたち、ものすごく賢いんですよ。薪割りの手順とか、煮炊きの火加減とか、感覚で覚えてる。でも、それだけじゃもったいないと思ってて……」


レイナの目は真剣だった。


「『暮らし』を土台にした教育ができたら、村の未来は、もっと強くなると思うんです」


俺は黙って頷いた。


都会では、教室で習う知識が先にあり、暮らしが後回しになる。

けれどこの村では、その逆だ。

「生きること」が先にあり、「知ること」がそこに溶け込んでいる。


**


場所はすぐに決まった。

黒雨のとき、物資倉庫として使っていた小屋。

陽当たりがよく、風通しもいい。

大工のオーリンが、建物の補強と内装を引き受けてくれた。


「ここに薪ストーブを入れて、冬も授業できるようにしよう。あと棚を低くして、子どもでも道具を片付けやすくな」


設計士の夫婦は、収納の設計を申し出てくれた。


「黒板の代わりに、壁に石灰塗ってもいいですね。書いて消せるようになります」


「椅子と机は、全部、村の間伐材で作りましょう」


少しずつ、“村の学校”の姿が形になっていった。


**


最初の授業は、外で行われた。

テーマは「種の観察と絵日記」。

畑で蒔いたトウモロコシの成長を、子どもたちに記録させる。


「“種が芽を出す”ってことは、“今の暮らしが未来に残る”ってことや」


俺は子どもたちにそう伝えた。


「どんなふうに伸びたか、葉っぱの色や背の高さ。見て、描いて、覚えて、書いてみてな」


ノートの代わりに使ったのは、古布を綴じた手作りの冊子だった。

表紙には、それぞれの子が自分で色を塗り、名前を書いた。


「ノートって、家みたいなもんや。自分の思いをしまって、また何度も見に行けるんやで」


子どもたちは、真剣にペンを走らせていた。

時には葉をこすって色をつけたり、土の匂いをしみ込ませたりする子もいた。


**


午後は、大人向けの「暮らしの知識講座」。


今日のテーマは「井戸の浄化と水質の見分け方」。

王都のフリーランスエンジニア・カズマが講師を務めた。


「水は、匂いと濁りを見るだけじゃ足りません。ときどき簡易試薬でpHと鉄分を調べましょう。井戸の“老化”は、暮らしの見えない老化でもあります」


彼の話は難しい部分もあったが、村人たちは目を輝かせて聞いていた。

今や、外から来た者たちも“村の先生”になりつつあった。


**


夕暮れ、レイナがぽつりと言った。


「学校って、建物じゃないんですね。こうして、教えたり学んだりしてる時間そのものが、もう“学び舎”なんだって思いました」


俺は笑った。


「せやな。村全体が、でっかい教室みたいやな」


ふと見上げた空に、雲の隙間から金色の光が射していた。


それはまるで、新しい季節の始まりを告げる合図のようだった。


**


やがて、教室の前に立つ小さな看板には、子どもたちの手でこう刻まれることになる。


《くらしのがっこう ねっこ学舎》


種が根を張るように、知恵とつながりが、村の土に深く根づきはじめていた。


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