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第十四章:種を蒔く日

黒雨が過ぎ去った朝、村は静かだった。

空気はひんやりして、土の匂いが重く鼻に残る。雨粒が屋根の端にまだ残っている。


俺は長靴を履き、畑に出た。


水浸しの土、少し黄色く変色した葉、そして倒れた支柱。

被害は予想よりも軽かったが、それでも放っておけない。


「支柱、また立て直さなな」


ミーナが隣で言った。

彼女の手には、布で包んだ種の袋があった。


「今日、蒔くんか?」


「せやで。こんなときやからこそ、種を蒔くんや」


**


村の広場では、すでに何人もの村人が集まっていた。


「うちの畑も、少し崩れてもうた」


「貯蔵庫の藁、乾かし直さなあかんな」


でも誰も、諦めた顔はしていなかった。

むしろその目は、どこか晴れやかだった。

黒雨に耐えた安心と、また日々を築いていける手応えとが、心を支えているのだ。


「このタイミングで、次の作物を決めよう」


俺は広場の中央に木の板を置き、そこに“畑の区画案”を描いた。

王都から来た設計士の夫婦も、そこに加わる。


「この斜面、排水が弱かったですね。傾斜に沿って溝を掘れば、次回はかなり違うと思います」


「せやな。うちの藍畑も、それで流れへんようにしたい」


皆が話し合いながら、次に向かって歩き出していた。


**


その日の午後、「こども暮らし教室」が開かれた。


黒雨のあいだ家にこもっていた子どもたちが、一斉に広場に集まってくる。

案内役はミーナ。

今日のテーマは、「種を蒔くとはどういうことか」。


「この種はな、すぐには芽、出えへん。でもな、水や土が優しかったら、ちょっとずつ、ちょっとずつ伸びていくんや」


ミーナの手のひらの上、丸くて小さな赤豆の種。


「種は未来や。でも、投げつけるんやのうて、手でそっと置くんやで」


子どもたちは真剣な顔で頷いていた。


「それ、暮らしも一緒やな」


ぽつりと口にしたのは、中央学府から来た若い女性研究者だった。


「急に変えようとしても、誰もついてこれへん。でも、ゆっくり手をかければ、ちゃんと根が張って育つ……」


ミーナが笑った。


「ええこと言うやん。だいぶ“村人”になってきたな」


**


夕方、畑にて。


俺たちは、新しいうねを立て、種を一粒ずつ埋めていった。

手にするのは、村の在来種――祖母の代から伝わるというトウモロコシ。

小ぶりだが風味が強く、病気に強いという。


「王都の品種もあるけどな、これが一番しぶとい」


セナじいが笑いながら言った。


技術があっても、便利さがあっても、

暮らしに必要なのは、「しぶとく残っていけるもの」なのかもしれない。


**


日が落ちかけ、畑の向こうに陽が沈みはじめた。


ミーナが蒔いた種の列に、小さな立札が立てられていた。


《2025年黒雨のあと。再生のトウモロコシ》


誰かの記録のためでも、他所に見せるためでもない。

けれど、その小さな札が、村の誰かの心を静かに支えていた。


「また、暮らしが始まるな」


俺はそう言った。


するとミーナが小さく笑って答えた。


「うん。生きるって、毎日“種まき”やもんな」


それは、誰の目にも見えない営みかもしれない。

けれど、そうして紡がれていく日々こそが、この村を強くしていくのだった。


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