第十章:季節をまとう手仕事
「次は、衣です」
俺がそう言うと、村人たちは首をかしげた。
「衣? 服はもう着てるじゃろ」
「そりゃまあ、穴もあるが……」
「“着る”ことに意味なんて、あるんかい?」
そう、今の村では服はただ“身を隠す布”に過ぎなかった。
補修されたシャツ、日焼けで色褪せた上着。誰もが最小限の“布”を身にまとい、それを“当たり前”としていた。
でも俺は知っている。
衣は、暮らしのリズムを彩るもの。
寒さをしのぐだけじゃない。季節を感じ、誇りを身にまとう文化だということを。
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「まずは、糸をつくるところから始めよう」
そう言って取り出したのは、綿花と羊毛。どちらも近隣の村から手に入れたものだ。
村の広場に、糸車を据えた。
くるくると回る車輪、指先で撚られていく繊細な糸。
村人たちは最初、戸惑いながらも、すぐに夢中になっていった。
「……糸が、つながっていく……」
「不思議やなぁ。まるで、命みたいや」
ミーナは、器用に糸を撚りながらぽつりと言った。
「最初は綿やったのに、こうして形になると、“誰かのもの”になるんやね」
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糸ができたら、次は草木染め。
「この花の汁で、こんなに綺麗な色になるん!?」
「うちの畑のビーツでも……あ、すごい深い赤!」
「この葉っぱ、意外と青が出るんやな……」
季節ごとの植物が、衣に色を添えていく。
それはまるで、大地から生まれた“詩”のようだった。
「色を着るって、楽しいな」
子どもたちが笑う。指先は泥と染料にまみれながらも、目はきらきらと輝いていた。
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そして、いよいよ織り機の出番だ。
一本一本の糸を丁寧に通し、交差させて布を織っていく。
カタン……カタン……
単調な音が、心を落ち着ける。
「織るって……生きてる音やな」
ミーナのひと言に、年配の女性がそっと頷いた。
「昔は、嫁入り前に一反織ったもんじゃ。けど、戦と飢えが続いてな。今では誰も……」
「でも、こうしてまた織れるなら」
「うん……また、始めようか」
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数日後、広場には小さな展示会が開かれた。
子どもが染めた赤いスカーフ、ミーナが織った藍のマフラー、年配の女性たちが仕立てた布の袋や前掛け――どれも世界にひとつだけの“衣”だった。
「これ、うちが染めたんやで!」
「この色な、山でとった実から出たんや!」
自分で作ったものをまとい、誇らしげに歩く子どもたちの背筋は、いつもより少しだけ伸びていた。
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ミーナが、そっと新しいマフラーを首に巻いた。
「……あったかいなぁ」
「見た目?」
「それもあるけど……気持ちが、あったかい。うちが織って、うちが染めた布やから。なんか……“自分をまとう”みたいや」
俺は頷いた。
「それが“衣”の本当の意味だよ。体を包み、心を守るものなんだ」
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その夜、村ではちょっとした“お披露目会”が開かれた。
小さな手仕事の服を身に着けた村人たちが、焚き火の周りで笑い合う。
“着る”という行為が、ただの作業から、自己表現へと変わった瞬間だった。
衣も、また暮らしを変える。
村の色が、少しずつ増えていく。
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季節をまとうということ。
自分の手で、暮らしを紡ぐということ。
村の布には、もう「誰かの想い」が織り込まれている。
それが、未来への贈り物になることを、俺は信じている。