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第十章:季節をまとう手仕事

「次は、衣です」


俺がそう言うと、村人たちは首をかしげた。


「衣? 服はもう着てるじゃろ」


「そりゃまあ、穴もあるが……」


「“着る”ことに意味なんて、あるんかい?」


そう、今の村では服はただ“身を隠す布”に過ぎなかった。

補修されたシャツ、日焼けで色褪せた上着。誰もが最小限の“布”を身にまとい、それを“当たり前”としていた。


でも俺は知っている。

衣は、暮らしのリズムを彩るもの。

寒さをしのぐだけじゃない。季節を感じ、誇りを身にまとう文化だということを。


**


「まずは、糸をつくるところから始めよう」


そう言って取り出したのは、綿花と羊毛。どちらも近隣の村から手に入れたものだ。


村の広場に、糸車を据えた。


くるくると回る車輪、指先で撚られていく繊細な糸。

村人たちは最初、戸惑いながらも、すぐに夢中になっていった。


「……糸が、つながっていく……」


「不思議やなぁ。まるで、命みたいや」


ミーナは、器用に糸を撚りながらぽつりと言った。


「最初は綿やったのに、こうして形になると、“誰かのもの”になるんやね」


**


糸ができたら、次は草木染め。


「この花の汁で、こんなに綺麗な色になるん!?」


「うちの畑のビーツでも……あ、すごい深い赤!」


「この葉っぱ、意外と青が出るんやな……」


季節ごとの植物が、衣に色を添えていく。

それはまるで、大地から生まれた“詩”のようだった。


「色を着るって、楽しいな」


子どもたちが笑う。指先は泥と染料にまみれながらも、目はきらきらと輝いていた。


**


そして、いよいよ織り機の出番だ。


一本一本の糸を丁寧に通し、交差させて布を織っていく。


カタン……カタン……


単調な音が、心を落ち着ける。


「織るって……生きてる音やな」


ミーナのひと言に、年配の女性がそっと頷いた。


「昔は、嫁入り前に一反織ったもんじゃ。けど、戦と飢えが続いてな。今では誰も……」


「でも、こうしてまた織れるなら」


「うん……また、始めようか」


**


数日後、広場には小さな展示会が開かれた。

子どもが染めた赤いスカーフ、ミーナが織った藍のマフラー、年配の女性たちが仕立てた布の袋や前掛け――どれも世界にひとつだけの“衣”だった。


「これ、うちが染めたんやで!」


「この色な、山でとった実から出たんや!」


自分で作ったものをまとい、誇らしげに歩く子どもたちの背筋は、いつもより少しだけ伸びていた。


**


ミーナが、そっと新しいマフラーを首に巻いた。


「……あったかいなぁ」


「見た目?」


「それもあるけど……気持ちが、あったかい。うちが織って、うちが染めた布やから。なんか……“自分をまとう”みたいや」


俺は頷いた。


「それが“衣”の本当の意味だよ。体を包み、心を守るものなんだ」


**


その夜、村ではちょっとした“お披露目会”が開かれた。

小さな手仕事の服を身に着けた村人たちが、焚き火の周りで笑い合う。


“着る”という行為が、ただの作業から、自己表現へと変わった瞬間だった。


衣も、また暮らしを変える。

村の色が、少しずつ増えていく。


**


季節をまとうということ。

自分の手で、暮らしを紡ぐということ。


村の布には、もう「誰かの想い」が織り込まれている。

それが、未来への贈り物になることを、俺は信じている。


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