第九章:いただきます、の教室
「今日は、特別授業をやります」
俺がそう言うと、子どもたちは一斉に目を輝かせた。
「授業?」
「お勉強なんて聞いてないよー」
「まあまあ。堅苦しい話じゃないから」
薪小屋のそばに、大きな木のテーブルを用意した。そこに干し野菜や塩漬けの魚、味噌玉、そして一羽の鶏を並べる。
「今日のテーマは“食べるって、なんだろう?”です」
「食べる……?」
ミーナも、やや緊張した面持ちで子どもたちの後ろに立った。
俺は、一羽の鶏の前で手を合わせた。
「この子は、今日の食事になります」
しん……と静まり返る空気。
「かわいそうって思うかもしれない。けど、僕たちは毎日、たくさんの命を食べて生きてる」
子どもたちの顔に、戸惑いと興味が交錯する。
「野菜だって、魚だって、卵だって、生き物の命の一部。だから、食べるっていうのは“いただくこと”なんだ」
俺は、子どもたちにナイフを見せた。
「これから、みんなと一緒に鶏をさばいて、焼いて、食べます。怖い子は見ているだけでもいい。でも、“命ってなんだろう”って、一緒に考えてほしい」
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最初に手を挙げたのは、小さな男の子だった。
「ぼく、やる。おじいちゃんも昔、ニワトリしめてたって言ってた」
そっと鶏に手を添えた彼の指先は震えていた。でも、目はまっすぐだった。
ゆっくりと、鶏の首を切り、血を抜き、羽をむしる。
命が、食材へと変わっていく過程。
子どもたちは一言もしゃべらず、ただ真剣に見つめていた。
「……あったかかった」
ぽつりと誰かがつぶやいた。
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内臓を取り、串に刺し、囲炉裏で焼く。
炭火の香ばしい匂いが広がっていく。
焼き上がるまでの間、俺は味噌と野菜を使って、即席のスープを作った。
「うちの畑でとれた大根、入ってる!」
「これ、ぼくが干した椎茸じゃ!」
「じゃあ、これは村みんなのスープだね」
いつの間にか、子どもたちの表情が和らいでいく。
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やがて、鶏の串が焼き上がった。皮がぱりっと音を立て、肉汁がしたたる。
俺は、両手を合わせた。
「じゃあ……みんなで言おう。“いただきます”」
「「「いただきます」」」
全員の声が重なる。その声が、木々に、空に、風に、すっと染み込んでいくようだった。
一口、肉をかじった子が涙を流した。
「……おいしい」
「うん……あったかい……」
「命って……すごいね……」
ミーナがそっと肩を抱いてやった。
「命は、食べてなくならない。ちゃんと、君たちの体の中で、生き続けるんよ」
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夕暮れ時、子どもたちは焚き火の前で口々に語った。
「明日も鶏しめるの?」
「いや、毎日やらなくていい。それが“特別”ってことなんだ」
俺の言葉に、子どもたちはコクリとうなずいた。
食べることは、生きること。
命と向き合い、感謝し、丁寧に暮らすこと。
それは、未来の大人たちにとって、何よりの「教科書」になる。
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その晩、ミーナが言った。
「“食べる”ことが、“教える”ことになるなんて思わんかった」
「うん。暮らしが先生なんだよ、ここでは」
そうしてまた、村は一つ、豊かになった。
命と食卓の距離が、ほんの少し、近くなった日だった。