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第九章:いただきます、の教室

「今日は、特別授業をやります」


俺がそう言うと、子どもたちは一斉に目を輝かせた。


「授業?」


「お勉強なんて聞いてないよー」


「まあまあ。堅苦しい話じゃないから」


薪小屋のそばに、大きな木のテーブルを用意した。そこに干し野菜や塩漬けの魚、味噌玉、そして一羽の鶏を並べる。


「今日のテーマは“食べるって、なんだろう?”です」


「食べる……?」


ミーナも、やや緊張した面持ちで子どもたちの後ろに立った。


俺は、一羽の鶏の前で手を合わせた。


「この子は、今日の食事になります」


しん……と静まり返る空気。


「かわいそうって思うかもしれない。けど、僕たちは毎日、たくさんの命を食べて生きてる」


子どもたちの顔に、戸惑いと興味が交錯する。


「野菜だって、魚だって、卵だって、生き物の命の一部。だから、食べるっていうのは“いただくこと”なんだ」


俺は、子どもたちにナイフを見せた。


「これから、みんなと一緒に鶏をさばいて、焼いて、食べます。怖い子は見ているだけでもいい。でも、“命ってなんだろう”って、一緒に考えてほしい」


**


最初に手を挙げたのは、小さな男の子だった。


「ぼく、やる。おじいちゃんも昔、ニワトリしめてたって言ってた」


そっと鶏に手を添えた彼の指先は震えていた。でも、目はまっすぐだった。


ゆっくりと、鶏の首を切り、血を抜き、羽をむしる。

命が、食材へと変わっていく過程。


子どもたちは一言もしゃべらず、ただ真剣に見つめていた。


「……あったかかった」


ぽつりと誰かがつぶやいた。


**


内臓を取り、串に刺し、囲炉裏で焼く。

炭火の香ばしい匂いが広がっていく。


焼き上がるまでの間、俺は味噌と野菜を使って、即席のスープを作った。


「うちの畑でとれた大根、入ってる!」


「これ、ぼくが干した椎茸じゃ!」


「じゃあ、これは村みんなのスープだね」


いつの間にか、子どもたちの表情が和らいでいく。


**


やがて、鶏の串が焼き上がった。皮がぱりっと音を立て、肉汁がしたたる。


俺は、両手を合わせた。


「じゃあ……みんなで言おう。“いただきます”」


「「「いただきます」」」


全員の声が重なる。その声が、木々に、空に、風に、すっと染み込んでいくようだった。


一口、肉をかじった子が涙を流した。


「……おいしい」


「うん……あったかい……」


「命って……すごいね……」


ミーナがそっと肩を抱いてやった。


「命は、食べてなくならない。ちゃんと、君たちの体の中で、生き続けるんよ」


**


夕暮れ時、子どもたちは焚き火の前で口々に語った。


「明日も鶏しめるの?」


「いや、毎日やらなくていい。それが“特別”ってことなんだ」


俺の言葉に、子どもたちはコクリとうなずいた。


食べることは、生きること。

命と向き合い、感謝し、丁寧に暮らすこと。


それは、未来の大人たちにとって、何よりの「教科書」になる。


**


その晩、ミーナが言った。


「“食べる”ことが、“教える”ことになるなんて思わんかった」


「うん。暮らしが先生なんだよ、ここでは」


そうしてまた、村は一つ、豊かになった。


命と食卓の距離が、ほんの少し、近くなった日だった。


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