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3-1.

 まだ薄暗い時間に、ノアは目を覚ました。

 染みついた生活リズムは、多少の夜更かし程度で変わることはないが、さすがに少し体がだるい。

 昨日はずいぶんと大騒ぎをしてしまった。あんな体験をするのはほとんど初めてだった。

 シーヴのギルドでも、昨日のような宴が催されることはもちろんあった。しかし、輪の中にノアが入っていた記憶は数えるほどしかない。

 その数少ない記憶にしても、片付けをやっていたり、飲み物の補充に駆け回ったり、そんなものばかりだ。

 ノアは、そんな自分の立ち位置に疑問を抱いてこなかった。夢と希望を抱いて加入したギルドではあったが、実力不足は自分の責任だと思っていたからだ。

 仲間に比べて劣っている自分が、何の活躍もしていない自分が、輪の中心でいっしょに笑う資格なんてないと思っていた。

「昨日は楽しかったな」

 ぽつりとつぶやいてみる。

 あれやこれやと質問ぜめにはされたが、それらは悪意のあるものではなく、これから共に過ごす仲間として歓迎するものであったし、即答できないものを無理強いされることもなかった。

 飲み物がなくなっても、補充に駆け回る必要がなかったばかりか、主役なのだからと輪の中心に押し戻され、笑顔に囲まれて過ごすことができた。

「できる限りがんばってみよう」

 ふわふわした温かい何かを、自身を鼓舞する言葉に変えて、ノアはうんと伸びをして起き上がった。

 服を着替えて廊下に出る。しんとした廊下に人の起きている気配はなく、ギルド全体がまだ眠っているようだった。

 昨晩、何度か往復したのでギルドの構造はおおむね頭に入っていた。

 外に出て、共同の手洗い場で顔を洗う。

 ひんやりした風が濡れた肌を撫でていく。

 見上げた空には雲ひとつなく、夜明け前の濃紺が広がっている。

「ずいぶん早いんだね、おはよ」

「おはよう、エミリー。なんとなくこの時間に起きる癖がついてるだけだよ。いつもこの時間に起きるの?」

「普段はもう少し遅いかな。昨日はギルドで部屋を借りて寝たから、なんとなく早くに目が覚めちゃった」

「いつもは家から通ってるんだ?」

 うなずいて、エミリーも顔を洗う。

「酒場の仕事、今日は夕方の仕込みからだよね?」

「うん。大図書館は夜には閉まっちゃうからって、パイクが調整してくれた」

「そっか。そしたら、早速行ってみる?」

「うん、行ってみたい」

「じゃあ朝ご飯食べて一息ついたら、ギルドの前に集合しよっか」

「エミリー、忙しいんじゃないの? 昨日も案内してもらったし、一人でも大丈夫だよ」

「すごい。ノアが私に気を遣えるようになってる! 大人になったんだね!」

「さすがにあの頃と比べたら、そりゃあそうだよ」

 そっか、とくすくす笑って、エミリーは「大丈夫、私も調べ物があるからそのついでだし」と続けた。

「そうだ。図書館に行く前に、商店街に寄ってもいい?」

「もちろんいいよ、家に顔を出しておく?」

「家にも戻りたいけど、魔道具の工房に連れていきたくて。魔物の討伐にも出るなら、あのロッド、そのままじゃ困るでしょ?」

「……そうだね」

 ノアは、部屋の隅にそっと立てかけてある折れたロッドを思い浮かべた。

 父の形見として大切にしてきたものだ。できれば修理したい。

 もしそのまま使うのが無理でも、先端の石だとか、一部だけでも残せる方法があればそうしたい。

「修理の前にちょっと頼みたい事もあるんだけど、大丈夫?」

「もちろんいいよ」

 ノアは中身も聞かず、ふたつ返事でうなずいた。

 それを見たエミリーが、目をじっと細めて口をとがらせた。

「ノアっていつでも誰にでもそうなの?」

「いつでも誰にでも?」

「どんな頼み事かもわからないのに、ノールックで返事しちゃっていいのかってこと。ちょっとどころか、ものすごく大変な頼み事かもしれないよ?」

「誰にでもっていうわけじゃないけど。エミリーにはお世話になりっぱなしだし、僕にできることならなんでも手伝うよ。本当はものすごく大変な話なの?」

「うーん、多分ノアなら大丈夫、だと思う」

 多分。だと思う。ずいぶんと含みのある言い方だ。

 怪訝な顔をしたノアに、エミリーが苦笑いを返す。

「昨日でなんとなく気づいてるとは思うし、きっと色んな噂も耳に入ってると思うけど、うちってあんまり上手くいってなくてさ」

「昔はもっと活気があったって言ってたよね」

「うん。ノアは魔力炉って見たことある?」

 魔力炉は、大陸中で発掘される、古代の遺物のひとつだ。ゼロから作り出せはしないが、破損が軽微であれば修理もできる。発掘され、まだ動くことがわかった魔力炉は、主に魔道具の工房や魔法灯のエネルギーとして利用されている。

 仕組みは単純なもので、球体の炉本体と、地面に突き刺すための脚から出来ていて、脚を突き立てるだけで、自動的に地面の下を流れる魔力流から、必要な魔力を吸い上げてくれる。

 そう珍しいものではないので、ノアもギルドの依頼で発掘を手伝ったことがあった。

「レイリアにある魔力炉、ほとんど動かなくなっちゃってるんだよね」

「どういうこと?」

「真下を流れてる魔力流が、すごい勢いでよどんでるんだって」

 魔力のよどみは魔物を生み出し、生み出された魔物は人や動物を襲う。この大陸に暮らす者なら誰でも知っていることだ。

 そして、魔力のよどみによる影響はそれだけではない。

 ほとんどの魔力炉は、よどんでいない魔力でなければ、吸い上げても使うことができない。

 また、人間にとってもよどんだ魔力はいいものではない。抵抗力が弱ければ、長時間そこにいるだけで体調を崩すことすらある。

「でも、都市の真下でなんて……そんなことってありえるの?」

 魔力のよどみが発生するのは、死の谷のような特殊な地形や、都市から離れた場所であることがほとんどだ。

 そもそも、大昔に主要な都市が作られたときから、そういうことが起きにくい地形や場所が選ばれているのだと、何かの本に書かれていたのをノアは思い出す。

「実際に起きてるんだから、なんとかしていくしかないよ。それでね、ギルドに依頼がきてるんだよね」

「原因を突き止めて、レイリアを元に戻すってこと?」

「それもあるけど、今回のは工房から。魔力炉に魔力を補給してほしいって。残念ながら、今のところ未達成。成功報酬だから報酬はもらえないわ、総出であたったうちの魔術師たちは自信をなくすわ、ギルドの評判も急降下中だわ……残念の連鎖ってわけ」

 エミリーが肩を思いきり落として、首を横に振る。いっそわざとらしい仕草だと思ったら、ぱっと顔を上げてにっこり笑顔を見せた。

「というわけで、ノアの出番じゃない? 成功報酬をきっちりいただいて、ギルドの汚名も返上して、クライアントも大喜び! どう?」

「どうって、そりゃあ頑張ってみるけど……ギルドの魔術師総出で駄目だったって聞くと不安かも」

「何言ってんの! いい? ノアはお金をもってない!」

 びしっと人差し指を突き出され、ノアは後ずさる。

「形見のロッドを修理するにしても、かわりを探すにしても、当たり前だけどお金はかかるでしょ?」

「……そうだね」

「ここで期待以上の成果を見せて、恩を売ってさ」

「ええ……」

「感動にむせび泣くクライアントさんにお願いすれば、ロッドの一本や二本、新しいローブ付きで作ってくれるかもしれないよ?」

「むせび泣くって……そんなことにはならないんじゃない?」

「いいからいいから! ノアは思いっきりやっちゃえばいいんだって。ほら、行くよ。明るくなったらみんな起きてくるから、とりあえず戻ってご飯にしよ!」

 白み始めた空を背にして、エミリーが駆け出す。冗談のような言い方をしてはいたが、目の奥は本気だった。一抹どころではない不安を抱えつつ、ノアもひとまず駆け出した。

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