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9-2.

「よお、ノア。ずいぶんご立派で、さぞいい気分だろうな」

 大広間を抜け、城門まで続く広い道の途中で、ノアは後ろから声をかけられた。

 尊大な物言いと人を上から見下したような口ぶりを、忘れるはずもない。声の主はジャックだった。

 とっさに、エミリーとパイクがノアの前に出る。ジェマもノアの隣に立って、冷たい目でジャックたちをにらみつけた。

 三人は、ノアがシーヴでどんな扱いを受けてきたかを聞いている。そのうえ、今回の魔物討伐での身勝手なふるまいを見せられて、腹に据えかねているのだろう。

「大丈夫だよ。ありがとう」

 ノアは三人に礼をいい、ジャックの正面に立つ。

「ジャック……皆も、身体は大丈夫だったんだね。何か用?」

 地竜によって壊滅寸前まで追い込まれたシーヴギルドの面々は、地竜の反撃を受けたあとはさすがに撤退し、十分な治癒を受けたらしい。

 後ろに控えるバーバラや数人のシーヴギルドメンバーも、服装こそぼろぼろだが、致命的な傷は治癒されているように見えた。

 大広間で注目を浴びたノアと、問題視されていたシーヴが話している。

 他の五大都市や各ギルドのメンバーも、思わず足を止めた。

「お前、シーヴに戻ってきていいぞ」

「はあ!? どの口がそんなこと言うわけ!?」

「待って、エミリー。戻ってきていいって、どういうこと?」

 即座に拒否反応を見せるエミリーを制して、ノアは問い返す。

「レイリアのやつらごときがあんなに動けるわけねえと思ってたが、聞いてりゃ、要はお前が何かしてたってことだよな?」

「何かしてたのはそうだけど、皆の力があってこそだよ」

「お前は俺たちにもそれをやっていた。何が気に入らなかったのかしらねえが、そいつを隠して追放されたフリなんかしやがって」

「知ってたら追放も、あんなこともしなかった……ってこと?」

「そりゃあそうだ。つまり俺たちの間には誤解があった。わかるよな?」

 エミリーが剣の柄に手をやるのがわかった。

 だめですよ、とジェマがそれをなだめる。

「……隠してたわけじゃなくて、本当に自分でもわかってなかったんだ」

「あのときは知らなかった、今は違うってわけか。そんな都合のいい話がとおると思うのか?」

「ノアを知ろうともしなかったくせに」

「エミリー……ありがとう、でも本当に大丈夫だから」

 振り向いて、エミリーに小さく笑顔を返す。

「とにかくだ。その力の権利はシーヴにあるってわけだ」

「そうよ、ありがたく戻ってきなさいよ」

 ジャックがにやりと笑い、バーバラが援護にならない援護射撃を飛ばす。

 この言いように、各五大都市のギルドメンバーもそれぞれに顔をしかめ、嫌悪感を示して見ていた。

 今までは、実力が伴っていたからこそ、シーヴの横暴な態度は許されてきた。

 しかし今は、防衛戦で皆を危機にさらした上に、大活躍だったレイリアの中心メンバーを無茶苦茶な理由で引き抜こうとしている。そんな連中に、好意的な目を向けられるはずもない。

「あんときのことをまだ根に持ってんのか? 誤解があったって言ったろ。バーバラ、返してやれ」

 うつむいてしまったノアを見て、ジャックが声色を変えてバーバラを促す。

「はい。あんたの首飾り。大事に保管しといてあげたのよ」

 バーバラの言い分は嘘だ。

 あわや売り払うところだったのをジャックに見つかり、腐っても英雄の遺品だからと念のため取っておいただけだった。

 それは確かに、色を失ってはいるものの、ノアの首飾りだった。

「そっか、ちゃんと保管しておいてくれたんだ」

「な? これでチャラだろ? お前はシーヴにいるべきなんだよ」

 首飾りを握りしめて、ノアは大きく息を吐く。

 割り切ったつもりだった。ロッドだけでも手元にあればと思っていた。それでも、再び母の形見を手にできたことに、喜びの気持ちがわきあがってくる。

「ノア……まさか、出ていっちゃったりしないよね?」

 黙って首飾りを握りしめるノアを見て、エミリーが不安そうな声を出す。

「出ていくいかないじゃねえんだよ。ノアはもともとうちのもんなんだ」

「そうよ。あんたたちは、その力を借りていい気になってただけ。残念ね」

 勝ち誇ったようなジャックとバーバラの声に、不穏な気配が漂う。

「返してくれてありがとう。でもごめん、僕はレイリアの皆といくよ」

「ああ? 形見も返して、追放は誤解だっつってんだろうが」

 ジャックが、露骨に不快感の混じった声を出す。

「シーヴにいた頃の僕は、自分の能力もわかってないくらい駄目だったと思う。だから、追放とかのことはもういいよ」

「なら、何が気にいらねえ」

「レイリアの皆が好きだし、何もわかってなかった僕のことも、信じてくれた。追放のことは仕方なかったって思えるようになったけど、ジャックたちと同じ関係を築けるとは思えないから。今回の戦いでそれがよくわかった。シーヴは一度、連携とか戦い方とかそもそもの考え方とか、ちゃんと話し合った方がいいと思う」

 きっぱりと、ジャックから視線を外さずにノアは言った。

 口調こそやわらかいが、背中は預けられない、ギルドのあり方を見直せと宣言したのと同じだ。

「だから、てめえが黙って前みたいに力をよこせば、うちの方が……!」

「さっきから力のことばっかり。そんな風にしか考えられないから、無謀な突撃しかできないんじゃない?」

 さらりとエミリーが口を出し、ジャックとバーバラが顔を真っ赤にする。五大都市の面々も苦笑いしていた。

「そうかよ。てめえら……覚えとけよ」

 レイリアの四人にしか聞こえない声で悪態をつくと、ジャックたちは肩をいからせて去っていった。

 不穏な気配が去り、場の空気が和らぐと、五大都市の面々もそれぞれに、ノアたちにお礼と別れの挨拶をして去っていく。

 残ったレイリアの四人は、しばらく立ち止まって、それを見送った。

「よかった。一瞬だけ、ノアがいっちゃうんじゃないかって心配になっちゃった」

「あはは、ごめん。母さんの首飾りが戻ってきたのが意外すぎて、いろいろ思い出してたんだ」

「ひやひやさせんな、あぶないとこだったぞ」

「え、パイクにも心配かけちゃってた?」

「お前さんがびしっと言ってやらなかったら、俺がぶちキレてたとこだ」

 ノアは目を丸くした。

 エミリーが怒っているのは伝わってきていたが、パイクはどちらかというと、いつもどおり飄々としていて、両者の言い分をじっくり聞いているように見えていたからだ。

「この人、いつも笑ってますけど沸点は低いんですよ。特に大好きな仲間のことになると、居ても立ってもいられなくなっちゃうんですよね。しかも、バレバレなのに隠そうとするんだから……かわいいでしょ?」

 ジェマ、このやろう。

 パイクが顔を真っ赤にして、そそくさと逃げるジェマを追いかけていく。

 それをぼんやりと眺めて、ノアは自分の口元が緩んでいることに気が付いた。

「よかった」

 ぽつりとつぶやいたノアの顔を、エミリーが覗き込む。

「皆に会えてよかったなって」

「……パイクに影響されちゃった?」

「あはは、そうかも。でも本当に、あそこで皆に会えたのが、僕の一番の幸運だったなって思ってるよ」

 レイリアの皆に出会えなかったら、今も自分の力に気付かず、燻っていたかもしれない。

 それどころか、一人でシーヴの外に出て、何もできず魔物にやられていたかもしれない。

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、まだこれからだよ。とりあえず、すぐレイリアに戻らなくちゃ」

 死の谷に槍を突き刺したのは何者なのか。

 それを取り除いたとはいえ、レイリアは本当に復興へ向かうのか。

 シーヴが落ち込み、レイリアが台頭したことで、ギルド間のパワーバランスも変わるだろう。

 問題は山積みで、解決するにはあまりにも、情報も人手も足りていない。

 ノアは、「そうだね」とエミリーに小さく笑みを返す。

 それでも、きっと大丈夫だ。

 今のノアには、信頼できる大切な友人が何人もできた。

 積み重なる問題を軽く飛び越えてしまうくらい、前向きな好奇心が溢れている。

「ノア」

「うん?」

「ありがとう」

「え、何が?」

「私も……私たちも、ノアにすごく感謝してるんだからね。だからありがとう」

 真剣な顔でいわれて、顔が熱くなる。

「さすがにノアも疲れてるだろうし、帰りは馬車の手配とかしなきゃだよね。ジェマさんに聞いてこなきゃ」

 エミリーがそそくさと走っていき、ノアは一人になる。

 空は快晴。

 世界が抱えるあまり気前のよろしくない事情はともかく、絶好の旅立ち日和だ。


ひとまずの区切りということで、了とさせていただきます。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


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