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1-3.

 ノアの手のひらに、深紅の球体が生み出される。

 揺らぎのない、つるりとした球体だ。

 それを、そっと組み上げられた薪の中心へ落とす。

 深紅の球体はなめらかな炎に姿を変え、よく乾いた薪に絡みつく。ぱちぱちと小気味よい音を立て、種火はあっというまに焚き火へと成長した。

 魔物の襲撃を受けた時点で、日が沈みかけていた。無理をして進めば、ここ数年で魔物が増え続けているレイリア近くで、夜を迎えてしまう。一行は、倒した魔物からある程度離れたところで野宿することにした。

 炎魔法を使える者はパイクの仲間にもいるらしいのだが、運悪く今回の旅には同行できず、手作業で火起こしをするかという話になったところで、ノアが炎魔法を披露する流れになったのだ。

「なんか、ノアってやっぱりすごいよね」

「ええ、こんなに美しい炎魔法は初めて見ました。まるでお手本のようです」

 次々と賛辞を口にするエミリーたちに、ノアは恐縮しきりで首を振る。

 魔法の造形や仕上がりを褒めてもらえたことなど初めてで、くすぐったい気持ちだった。

「お手本は言い過ぎですけど、ありがとうございます。でも、焚き火の火種とか、水場がないときの間に合わせの飲み水とか、そういうことには使えても、いざ戦いになると駄目なんです」

「そりゃ欲張りってもんだろ。あんだけの魔力をぶん投げながら、魔法も使いたいってのはよ」

「っていうか使ってたけどね。パイクもノアの向上心とか、見習った方がいいんじゃない? とりあえず禁酒から」

「待て待て、酒は関係ねえだろ! ちゃんと仕事して、一日の終わりの嗜みとしてだな」

「確かに、明け方まで嗜むのは、回数を減らしてもいいかもしれませんね」

 さらりとジェマが加わり、パイクが苦い顔になる。

 エミリーとパイクたちの関係性をノアはまだよく知らないが、軽口を言い合える関係は、信頼しあっている証拠なのだろう。

 ノアが追放された都市、シーヴで出会った頃の、そして別れる直前のうつむいたエミリーの顔をふと思い出す。隣で屈託なく笑う彼女を見て、ノアは少し嬉しくなった。

「僕の場合は向上心を持って、とかじゃなくて自分の能力に気づけてなかったので……正直、今でも実感がないですし」

 三人が顔を見合わせて、真面目な顔を作り直した。

「あれだけのことができるのに、あやうく処刑、形見も取られて家に火までつけられて……なんて普通じゃないよね。何があったの?」

 エミリーが心配そうに覗き込んでくる。

 パイクが火の加減を確かめて夕食の準備を始め、ジェマは他の護衛メンバーにやんわりと指示を出して遠ざけた。

 ノアはどう話すべきかを整理しながらそれをぼんやりと眺めていたが、話す負荷を下げようとしてくれているのだとわかり、思わず口元が緩む。

 この人たちは優しい。今まで出会ってきた人たちの中で、だんとつに。

「シーヴギルドが受けた依頼で、大規模な魔物の討伐をする仕事があったんだ」

 ぱちぱちと小気味よく燃える焚き火を見つめて、ノアは目を細める。

「シーヴで大規模ってことは、例の死の谷?」

「そう。知ってたんだね」

 シーヴの南西、レイリアから見れば北東に位置する死の谷は、よどんだ魔力の吹き溜まりになっている。

 魔力がどうしてよどんでしまうのかは諸説あるが、よどんだ魔力の溜まる場所には魔物が生まれ、魔物は人や動物を襲う。

 各都市ギルドの最も重要な仕事は、溢れた魔物を討伐し、都市の安全を守ることだ。

 だから、どれだけ他の仕事を上手くこなせても、魔物の討伐に力を発揮できないギルドやギルドメンバーは、軽く見られる傾向にある。

 人を笑わせたり感動させたりする芸を披露してくれるよりも、身の安全を守ってくれる方が優先されるのは、魔物のはびこるこの大陸では当然の流れだった。

「いつもなら、そういう大規模な討伐では後ろの方に配置されるんだけど、今回はそれこそ、最後のチャンスだって言われて……最前列のアタッカーとして配置されたんだ。それで、結局ほとんど何もできなくて」

 寂しそうに笑うノアは、ギルドを追放されることについては、この時点である程度の覚悟ができていた。

 いつかはそういう日がくると思っていたし、それがそう遠くないことも予想していた。同じ時期に加入した他のメンバーについていけなくなっていることを、ずいぶん前から気にしていたからだ。

「最後のチャンスを、その、あんまり上手くできなかったから、追放ってこと?」

「そうだね。でも、問題はその後かな。最前線にいたのにわざと魔法を使わないで、仲間を危険に晒しただろうって言われて」

「わざと!? ノアはそんなことしないのに!」

「もちろん違うよ。違うけど、ギルド全体がそういう空気になっちゃって」

 怒りをあらわにするエミリーとは反対に、パイクはくつくつと笑い始める。

「なるほど、読めてきた。本来は処刑もののところを、命は助けてやるから身ぐるみ置いてどっか行けって、そういうことだろ?」

「……落ち着いて考えてみると、そうかもしれません」

「お前さんの親の形見とやら、なかなかイイモノだったんじゃねえのか? シーヴギルドのやつらは、最初からそいつが狙いだったのかもしれねえな」

「そんな、最初からなんて」

 そんな、最初からなんてっ!

 数倍に誇張した形で、パイクがノアの真似をしてから、「お人好しすぎたんだよ、お前さんは」と笑い転げる。

「落ち着いて、パイク。すごく辛いことを無理に話してもらってるのに。それ以上ノアを馬鹿にしたら、鍋の中身が偶然あなたの頭に全部かかっちゃうかも。焚き火つきで」

「ごめんなさい、エミリーさん」

 ぴたりと動きを止めて、すごすごと座りなおしたパイクを無視して、ジェマがため息をついた。

「命を助ける寛大さも見せて株を上げ、ノアくんの形見のレアアイテムを懐に入れたと。火を放ったのはついでの腹いせというところですか。私、シーヴが大嫌いになりました」

「そ、そこまでひどい人たちではなかったですよ? 役に立てない僕に何度もチャンスをくれて、何年もギルドに置いてくれましたし」

 シーヴのフォローに回ったノアを、パイクがぎろりとにらみつける。

「お前さんが抱えてるそのロッドはなんだよ」

 ノアの荷物は、着ているローブとブーツ、そしてパイクが指摘した、折れてひびの入ったロッドだけだ。

「これは……父の形見です。母の形見は渡さざるを得ませんでしたけど、こっちは折れて、石も割れてしまったので」

「シーヴのやつらに折られたんじゃねえのか? 石もそうだろ、割られちまったって感じに見えるがな」

 今度はエミリーも、パイクをたしなめることなく、無言のまま焚き火を見つめている。

 ノアは何も言い返せなかった。

 パイクの言うとおりだった。ロッドがこうなったのは、あやうく処刑かという問答の中で、激昂したシーヴギルドの主力メンバーによるものだったからだ。

「お前さんはそれでいいのか。不幸の特盛だっつって昼間は大笑いしたけどな、そいつを自分で引きよせちまってるんじゃ本当に世話ねえぞ」

 いい訳はない。ないが、これまでのノアにはどうしようもなかった。

 ノアに身寄りはなく、頼れるつてもない。唯一の拠り所であったギルドで、いくらか厳しい扱いを受けたからといって、そこを離れる勇気は出せなかった。

「でも本当にひどいよね。シーヴの人たちは何考えてたんだろ。ノアがすごすぎて嫉妬しちゃったのかな?」

 空気を変えようと、エミリーがわざと明るい声を出す。

「いや、多分違うな。ノアの話からしても、能力自体に気づいてなかったのさ」

「ええ……そんなことある? 普段の自分とまったく別の何かになれる勢いだよ? ちょっとした英雄気分だよ?」

「まあそうなんだけどな。なあノア、シーヴのギルドでいっしょに戦ってたやつらってのは、同じ時期に入ったやつらばっかりだったんじゃねえか?」

「そうです、よくわかりますね。同じ時期に入ったのに、みんなどんどん強くなっていきました。僕だけ伸び悩んでしまって」

「な? そういうことだよ」

 したり顔でエミリーを振り返るパイクに、「わかんないんだけど、どういうこと?」とエミリーが頬を膨らませる。

 ジェマも、不思議そうにパイクを見ている。

 当事者であるはずのノアも、思わずパイクを覗き込んでしまう。

「最初っからあれが普通な状態でやってきたらよ、自分たちが特別なんだって勘違いするに決まってる。なにしろ俺ですら、今日はずいぶん調子がいいぜ、なんて考えちまってたくらい、違和感なかったからな。他人様の魔力だってのによ」

「あ、なるほど」

「一人でむちゃくちゃに成長しまくってたのは、多分お前さんの方だな。こりゃあ楽しみになってきた」

 悪役にしか見えない、にんまりとした笑みを浮かべて、パイクは満足そうにうんと伸びをした。

「なあノア、変わりたいか? それとも、もうギルドはこりごりか?」

 問われて、ノアは考える。

 変われるのなら、もちろん変わりたい。小さな頃から、ギルドで活躍し、人の役に立つことを夢見てきた。

 追放される直前までそれを信じて努力を続けてきたつもりだし、追放された今も、その炎は心の中で熱を帯びている。

「変われるのなら、変わりたいです」

 ノアは、まっすぐにパイクを見つめ返して答えた。

「いいだろ、そんならレイリアのギルドに案内してやる。俺はこう見えて顔がきくからな」

「……いいんですか!」

「いいんですか、どころじゃありません。ノアくんなら大歓迎だと思いますよ。超強力なサポート役ですもの」

「うんうん! それがいいよ!」

 ジェマとエミリーも賛成し、ノアは大きくうなずく。

「ぜひお願いします!」

「おう、引き受けた。そんなら難しい話はここまでだ。飯も煮えた頃合いだろ。がつんと食って、明日に備えて寝ちまおうぜ」

 追放、処刑未遂、昔馴染みとの再会、自らの隠れた能力の自覚……整理しきれないほど濃厚なノアの一日は、ようやく終わりを迎えようとしていた。

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